世界を旅する料理人
美食大国「ジョージア」ってどんな国?
独自の食文化と発酵食品のこと
2021/09/16
世界を旅する料理人
2021/09/16
ヨーロッパとアジアの境、黒海とカスピ海のあいだに位置する小国「ジョージア」(日本では2015年までグルジアと呼称)。日本人旅行者が少ないこの国の食文化に魅せられたのが、ジョージア美食研究家の小手森亜紀(おてもりあき)さんです。ふとしたきっかけで訪れたジョージアの食文化を通して、国の魅力を伝える活動をしています。
そんな小手森さんに、チーズやワインをはじめとする発酵食品が常に身近な存在という、ジョージアの家庭料理について教えていただきました。
小手森さんが初めてジョージアを訪れたのは、2019年のこと。娘さんの大学卒業に合わせて、大好きな餃子を食べ歩くシルクロードの旅を計画したのがきっかけでした。
当時、小手森さんは金融系の会社に勤めるキャリアウーマン。「娘とゆっくり旅ができるチャンスは今だけ」と長期休暇を申請したものの通らず、思い切って会社を辞めて二人旅へ出たといいます。
「世界の餃子について調べていたら、ジョージアのヒンカリが『King of 餃子』だという記事を見つけたんです。せっかくだから食べてみようと、ジョージアについてほとんど知らぬまま、旅行の最終目的地に設定したんです。中国の西安から新疆ウイグル自治区のウルムチを通り、現地の食を楽しみながらジョージアへと向かいました」
ジョージアに着いた小手森さんは、首都トビリシで料理スタジオを営む現地の方との縁ができ、ジョージア人シェフのプライベートレッスンを受けることに。ハーブやスパイスをたっぷり使った料理の数々と、「クヴェヴリ」と呼ばれる独特の壺を使って作られるワイン、さらには街と人の温かさにふれるうちに、ジョージアにすっかり魅了されたといいます。
「旧ソ連時代から、ロシアでご馳走といえばジョージアの料理だったそうです。飾り気のない見た目に反して、繊細で複雑な味わいがジョージア料理の魅力です。食を起点に、どんどんジョージア愛が深まっていきました」
ジョージア料理の特徴は、素材を活かしたシンプルな味つけにあります。基本的には塩とまれにお酢が登場するだけで、味の深みはスパイスやハーブで引き出します。
代表的なスパイスは、キンジ(コリアンダー)、ウツホスネリ(薬草であるブルーフェヌグリーク)や、コンダリ(サマーセイボリー)など。
首都トビリシのスーパーでは、これらがひとまとめにミックスされたスパイスがパッケージで売られているほか、市場にはクミン、ナツメグ、キャラウェイ、クヴィテリ・クヴァヴィリ(マリーゴールド)など、多種多様なスパイスや、ハーブ類が豊富にそろいます。
「例えば、春のハーブであるタラゴンは、パンやチーズといっしょにそのままお皿に盛られて出てきたり、レモネードやパンナコッタのソースになったりもします。お米とタラゴンを入れて焼いたパンもあって、ジョージア料理のハーブの使い方の多彩さには驚きますね」
スパイスやハーブ、野菜を煮込んで作る調味料も、ジョージア料理に欠かせない物のひとつです。中でも、赤唐辛子ベースの「レッドアジカ」、青唐辛子ベースの「グリーンアジカ」は、どんな料理にも合う万能ソース。
各家庭では、季節のハーブや果物でこうしたソースや保存食を作って納屋に置いておくのだそう。季節を大事にするその仕事ぶりには、日本の梅仕事に通じるものを感じます。
ジョージアの代表的な発酵食品といえば、ワインとチーズ。ジョージアでは各家庭でワインを作ることができ、またそれを個人で販売するのも自由とあって、国内では非常に多くのワインが消費されています。
ワインと相性抜群のチーズも、食卓に登場する頻度が非常に高く、種類も豊富。地方に行くと、街道沿いで手作りのチーズを販売している光景も珍しくないそうです。
「ジョージアの国民食といわれるハチャプリには、たっぷりチーズが使われています。キュウリとトマトのサラダ、パンなどに、日本では考えられないほどの大きさのチーズを大胆に厚切りにした物を添えて、朝ごはんに食べることも多いですね。カッテージチーズに自家製のジャムやハチミツをつけて食べるのも一般的です」
ハチョはチーズ、プリはパンのこと。いろいろな形があるが、チーズを中に入れて窯で焼くのは共通。内陸の国・ジョージアで唯一夕日が沈む海を眺めることができるというアジャラ地方では、ボートの形のパンの中にチーズとバターを入れ、夕日を思わせる卵をのせたハチャプリが観光客に人気。
ちなみに、日本の大手牛丼チェーン店やコンビニがメニュー化して話題になったジョージアの日常食「シュクメルリ」にはチーズが使われていましたが、本場ジョージアではチーズを使わないそう。
「丸鶏を焼いて、大量のニンニクと塩、水で煮込みます。スパイスを加えることもありますが、基本的にはそれだけ。素焼きの器で出してくれるのですが、手作りのこの器も素朴さがとても素敵ですよね」
「味つけはほとんどスパイスとハーブ、塩だけなのに、素材の旨みがぎゅっと濃縮された一品になるのがジョージアの食のおもしろさ」と話す小手森さんに、ジョージアの料理を3品作っていただきました。
「オーストリ」 は、伝統的な郷土料理のひとつで、日本でいうビーフシチューのような料理。トマトやニンニク、玉ねぎなどの材料と、唐辛子やコリアンダーなどのスパイスから作った調味料「アジカ」を入れて、牛肉をやわらかくなるまで煮込んでいます。
ハーブが味に深みを与えていて、日本人の口にぴったり!パンにつけてもおいしくいただけます。
「マッツォーニスープ」 のマッツォーニとは、ジョージアのヨーグルトのこと。チーズと同様、ヨーグルトも自家製する家が多いジョージアでは、そのまま食べるだけでなく、料理にも頻繁にヨーグルトを使います。冷たいヨーグルトのスープは、日本でいう味噌汁に近い感覚で日常的に飲まれているスープ。
材料は、マッツォーニ、水、塩、きゅうり、青唐辛子にディルやミントなどのハーブ類。さっぱりとしていて酸味が少なく、いくらでも飲めてしまいます。
ジョージア料理には、ハーブをはじめとした野菜、スパイス、果物のほか、クルミもよく登場します。クルミにキンジ(コリアンダー)やウツホスネリ(ブルーフェネグリーク)、水、塩などを加えてペースト状にし、7~8mm程度の厚さに切って焼いたナスに包んだこちらの料理も、広く食べられている一品。
一口噛むと、クルミとスパイスの風味が口の中で広がって、ソテーされた茄子に引けをとらないペーストのジューシーさに驚きます。茄子に挽き肉を挟んで焼く日本の料理に似ていますが、個性的な香りと深みのある味は、ジョージア料理ならではでしょう。
帰国後のことは何も決めずに旅に出て、ジョージアにどっぷりハマった小手森さん。そんな彼女を日本で待っていたのは、ジョージア滞在の日々を投稿したSNSを見た人たちからの、「ジョージア料理を習いたい」とのメッセージでした。
「料理教室や料理イベントを開催してジョージアの食文化を伝えたり、これまでのジョージア旅行の様子を写真とともに語るお話会をオンラインで開催したりしています。活動を通じて、観光客にも喜んで料理をふるまってくれるホスピタリティ豊かな国民性や、地方の豊かな自然、美しい街並みなどにも興味を持っていただき、ジョージア愛をたくさんの人に広げていきたいと思っています」
ジョージア美食研究家。旅行で立ち寄ったジョージアの食文化に魅せられて料理家に。ジョージア料理教室や料理イベントの開催をはじめ、ジョージア大使館と協力し、現地レシピを展開するレストラン監修なども務める。
Garden George ジョージア美食研究家あき