料理の匠、産地の匠
日本料理レストラン「風花」の料理長
稲葉正信(いなばまさのぶ)氏 ×
加賀れんこん生産者 本誠一(もとせいいち)氏【前編】
2013/01/29
料理の匠、産地の匠
2013/01/29
「加賀れんこんは、一節が短く、丸く、肉厚で、もっちりとした粘り気が特徴です。8月下旬から翌年の5月まで収穫できますが、8月―9月の新ものなら、生をスライスして、わさび醤油やドレッシングで食べるとおいしい。それだけ“えぐみ”が少ないんです」と本さん。一方、冬から春にかけては、密度が上がりもっちりとしたおいしさが増すのだとか。それにはこの土地の気候風土が大きく影響している。夏は暑く、冬は雪が降る寒さ。この環境こそが加賀野菜特有のおいしさに繋がっている。
そこで、さっそくれんこんの収穫の様子を見せていただこうと作業場から一歩出る。―――寒い。気温だけでなく、日本海から吹き付ける風が寒さを何倍にも感じさせ、
あっという間に手先、足先の感覚がなくな
っていく。
そんななか、本さんは自ら改造を施した厚手のウェットスーツに身を包み、れんこん田の中に足を折り畳み、腰までつかって作業に取りかかる。この寒さの中、見ているだけでも震え上がる過酷な作業だ。れんこん田に植わった1メートルほどのれんこんを、ポンプで汲み上げた水の圧力を利用し、巧みに泥をよけながら、手探りで収穫していく。いとも容易くやっているように見えるが、収穫体験などで初めて体験する人は、必ず後ろにひっくり返ってしまうという。それだけ水の勢いが強いのだ。本さんはそんな様子も見せず、次から次へと立派なれんこんを積み上げていく。「冬はとにかく寒いし、夏はウェットスーツの中に足首まで汗が溜まる。それでも朝早くから収穫を始めて、午後出荷するよう努めています。なるべく新鮮なものを届けたい一心ですね」。
豊かな収穫量を誇る本さんの田だが、22年前、本さんのお父さんとともに、この地に入植してきた当時、もうここでれんこんを育てるのはやめようと考えたこともあったのだとか。「腐敗病という病気が広がってしまい、いろいろな助言を聞いて対策をしても食い止めることができず、3年目には全体の1/3くらいしか、まともなれんこんが取れなくなってしまったんです。金沢市内にも昔からのれんこん田はあるし、もうここでは……と考えていました」。 しかしそんなとき、知り合いになった有機肥料の会社の人から、だまされたと思って使ってみろと言われ、もうやめるのであれば最後に……と、本当にだまされた気で土壌を改良する有機肥料を使ってみた。「その結果、1年目で98%の腐敗病を止めることができたんです。そうなったら信者ですよね(笑)」。2年目も使ってみたところ、お客さんから「これまでのものよりおいしい」との声をもらい、3年目にはすべての田に有機肥料を使うように。コストはこれまでの3倍。それでも有機肥料にこだわり、毎年毎年、少しずつ様々な取り組みを続けているという。「手抜きをして、品質を落とすのは簡単。実際、2カ月、3カ月に一回撒けば、後は水管理だけすればいいっていう化学肥料もあります。でも研究して、こだわって、を続けて22年。今では“あんたのものでないと”と言ってくれる人、何度も買ってくれる人が増えている。こんなにうれしいことはないですよ。コストばかりかけてバカだと思っている人もいるでしょう。でも、おいしかったよと言ってもらえたら、よぉし、もっといいものをつくろうって思うものですよ」と本さん。「不作の年というのもあるのですか?」という稲葉料理長の問いに、「ありましたねぇ。でも年々“地力”をつけてやることで、味のノリが良くなり、長梅雨など自然の影響を簡単に受けないようになっていますね」。
れんこんの収穫には2つの方法がある。昔ながらの伝統的な収穫法で、田の水を抜き一つ一つ鍬で掘りあげる「鍬堀り」と、田の水を抜かず、ポンプで汲み上げた水の水圧を利用して泥をよけながら収穫する「水堀り」だ。 本さんは、金沢市内の小坂地区にある田では鍬堀り、河北潟では水堀りによる収穫を行っている。一般に加賀れんこんの鍬堀りは有名で、水堀りよりも高値で取り引きされている。しかし、「やはり味が違うのでしょうか?」という稲葉料理長の問いに、「私は鍬堀りも水堀りも味は変わらないと思ってるんですよ。それよりも大切なのは、土壌。怠ることなく地力をつけた土地からは、もっちりとしたおいしいれんこんが取れる。どんな土をつくっているか、どんな管理をしているかのほうが大切だと思っています」と本さん。その表情には、これまで土地を育て、おいしいれんこんづくりのために手をかけることを惜しまずにやってきたという自信がみなぎっている。
▶後編はこちら
日本料理レストラン「風花」の料理長 稲葉正信(いなばまさのぶ)氏 × 加賀れんこん生産者本誠一(もとせいいち)氏【後編】