日本の朝ごはん

日本の理想的な朝食のかたちが老舗ホテルにあった

2013/03/15

東京の神田駿河台といえば都内有数の学生街で、1960年代には「日本のカルチェラタン」と呼ばれていた地域。隣町には古本屋や出版社が集まる神田神保町があって、周辺はある種ハイカラで知的な雰囲気が漂っている。

山の上ホテルは、この一帯を見下ろす丘の上にぽつんと建っている。創業は1954年。現在まで約60年の間、多くの文豪が定宿として利用してきた名物ホテルだが、ここにひとりのある文豪が提案した日本ならではの朝食があった。

絢爛豪華からかけ離れた文化人のホテル

川端康成、檀一雄、吉田健一、田村隆一、吉行淳之介、三島由紀夫、山口瞳、常盤新平……。書き写すだけでもめまいを覚えるような顔ぶれ。山の上ホテルを愛した作家たちだけでも日本の文学史について語れそうだが、彼らは客室数70あまりのこぢんまりしたホテルのどこを気に入ったのだろうか?

答えは、創業者吉田俊男が自ら考えて月刊誌『文藝春秋』などで使った広告コピーに集約されている気がする。

「幾分古びた、くすんだ、ホテルです。静けさと、味のお求めに応じる文化人のホテルです」。

豪華な設備や華美な装飾はないけれど、謙虚で質実、どこか品のある都会的な風情が山の上ホテルの魅力だろう。

和の繊細な食感が11回も味わえる

山の上ホテルを定宿とする作家のひとりに、池波正太郎(1923~90)がいた。

『剣客商売』や『鬼平犯科帳』などを生みだした日本を代表する時代小説の大家で美食家としても有名。その池波がある日提案したのが、ご覧の和朝食。

「80年代後半のこと、池波さんが当時の料理長に『いろいろなものを少しずつ食べたい』とおっしゃったのがきっかけだと聞いています」と語るのは、20年前から働いている現料理長の島貫茂さん。

洒落た小鉢と皿には、ひと口かふた口ほどで食べられる量のおかずが11品そっと盛られている。まるでミニチュアのおもちゃのようだけど、どの料理も手間ひまかけて作られたもので、毎朝七時にはその日の朝食の準備が整うという。

今日の11品は、シャケの焼き物、玉子焼き、水菜のお浸し、ワカサギの南蛮漬け、博多明太子、杏の甘露煮、ちりめん山椒煮、もずく、野菜の煮物、おしんこう、海苔。そして、赤だしとご飯。

「多くの品数を食べるので味付けは全体的に薄めです。甘露煮など甘い総菜や酢の物も必ず入ります」

見た目の色どりや口あたり、栄養のバランスまで気が配られた献立。仕込むのが大変そうだが、このいたれりつくせりの和朝食セットこそ、山の上ホテルならではのホスピタリティの表れだろう。同時に、海のものから山のものまで揃った11品目の和朝食セットは日本が長い時間をかけて育んできた食文化の賜物のひとつではなかろうか。

「連泊する方に同じ献立をお出しするわけにはいかないので、魚やお浸し、煮物などは日替わりです。つまみとしてルームサービスでご利用いただく方も多いようです」

ご飯と赤だしは〆に取っておいて、まずはビール。11品のおかずは、ときに「つまみ」に早変わりする。朝からなんともぜいたくなことで、心底うらやましい。

ちなみに和朝食を提供しているのは『てんぷらと和食 山の上』で、天ぷらの名店として名高い。氷で冷やす木製冷蔵庫内には新鮮な魚介類と野菜がいっぱい。2種類の胡麻油を混ぜた油で揚げて素材を軽めの衣で包むのが特徴。ぜひとも、江戸前天ぷらの真髄を確かめてほしい。