日本の発酵食 -食卓を飾る“菌未来”-

第二回:こうじ屋ウーマンに聞く、日本の食文化の未来。

2013/07/12

こうじは味噌やしょう油、酒などの発酵食品を作る時に欠かせないカビの一種。最近は注目されるようになったが、それまでは一般家庭では忘れ去られていた存在だった。

浅利妙峰さんはこうじブームの火付け役。「塩糀(塩+糀+水)」を古い江戸の文献から見つけ出し、日本全国に万能調味料としての魅力を知らしめている。浅利さんはどんな思いで糀の普及に努めているのだろうか。日本の食文化の未来はどうなるのだろう。

東京で開催されたイベントのために上京した浅利さんにお話を伺った。

ミッションは日本の伝統調味料の源であるこうじを
台所に復活普及させて次世代に伝えること。

--浅利さんは"こうじ屋ウーマン"として2007年から日本全国を駆け回るようになったきっかけをお聞かせください。

「このままでは発酵調味料を家庭で作るこうじの文化が廃れてしまうという危機感です。昔はどの家庭でもこうじを使ってみそやしょう油を手作りし、それが各家庭の味であり、おふくろの味でした。

私は手作りの食文化を皆さんの台所に復活させたかったのです。今はお父さん、お母さん、子どもたちもそれぞれに忙しく、一緒に食卓を囲む機会が減っています。家族が揃って楽しい会話を弾ませ、おいしいねと笑い合いながら食べる、その瞬間が幸せを実感する時だと思います。どんなに忙しくても、さっと料理して、グッと美味しい食卓を準備する。糀を使って身も心も元気になり、家庭の食卓に溢れる笑顔を呼び戻したい!その一念で活動をはじめました」

--そして、江戸時代の書物『本朝食鑑』にあった塩こうじの漬け床をヒントに「塩糀」が生まれました。

「私が開発したわけではありません。昔から使われていた糀の使い方をすこし変えただけです。古いものの中に眠る真理に気付いて、新しいアイディアを加えて楽しむ事をこうじの神様に教えてもらいました」

--発酵の力によって食材のうまみが引き立ち、減塩効果(塩の4分の1程度の分量で同等の塩気)にもつながる。塩糀はまさに21世紀の万能調味料と言えるかもしれません。

「塩糀を使うだけで料理の達人気分になれるでしょ。材料に塗れば食材の保存も効くし、忙しいお母さんや働く女性にとってはたのもしい助っ人、ありがたい調味料です。仕事で疲れて帰っても、ほんのひと手間と愛情をかけるだけで子どもたちの『おいしいっ!』の声が聞ける。この一言で疲れも吹っ飛びます。そして減塩は、日本だけでなく世界中でも大きな課題です。できあがるまで半年から1年かかる、味噌やしょう油に比べて塩糀は1週間から10日間でできる。多くの人に受け入れられたのは、この手軽さが現代人のライフサイクルに合ったのでしょう。半年は待てないけれど、1週間なら待てる」

--塩糀をあえて商標登録しませんでした。また、書籍や糀屋本店のホームページで塩糀の作り方や料理レシピを惜しげもなく公開されています。その意図は何だったのでしょうか。

「塩糀を商標登録して守る方法も選択肢にありましたが、私の望みはこうじの力を広く知って使ってもらうことでした。日本全国のこうじ屋さんが元気になる起死回生の商品となって欲しかった。私は塩糀を発明したのではなく、昔からある塩糀漬を今風にアレンジして使い方を伝えただけです。私のレシピは、キャンプ料理が基本だからシンプルなものが多いので、海や山にキャンプに行くときに、塩糀ひとつ持っていけば大丈夫です。塩糀レシピを発展、応用させて、もっと自分風な塩糀の使い方を発見してほしい。『これ、塩糀入れるとどうなのかしら』『こんな使い方いいかな?』と料理を工夫して楽しんでほしい。うまくいったらすごい自信になるし、自己肯定感につながると思います」

世界の人々をお腹の中から幸せにしたい!

--日本のみならず、昨年からはイタリア、アメリカ、パラグアイ、ドイツ、ベルギー、今年はフランス、メキシコ……と、世界に活動の場を広げていますね。

「塩は世界中どこでも料理に使われている調味料です。塩を塩糀に変えるだけで減塩につながるし、どんな食材とも相性がよくて、うまみが増します。ドイツで塩糀ソーセージを作ったときは皆さんに大好評でした。『どうしてこんなにおいしくなるの。魔法の調味料だ』って。生きることは食べることです。旬のもの、その土地で採れたものを美味しくいただければ誰だって嬉しくなる。私は世界中の人のお腹を元気に、幸せにしたいと願っています。持つべきものは、武器ではなくて糀。テーブルを囲んで仲良く食べれば自然と笑顔が出て和んできます。微笑みあい、相手を理解し合えば、言い争いするのは馬鹿らしく思えてきます。糀のチカラで世界中の食卓を元気にし、お互いを認め合い、尊重し合えば、戦争はなくなると信じています。こうじでノーべル平和賞を目指します(笑)」

--こうじの可能性はそれほどまでに大きいんですね。

「こうじの素晴らしさを伝えることはとても難しいし、言葉では糀の魅力はなかなか伝わりません。でも、ひと口食べたらみんな納得してくれます。糀を使った料理を初めて食べた人のびっくりする表情を見れる瞬間が大好きです。『ほら、やっぱりおいしいでしょ』と、共感して、お互いの心の中に歓びを湧かせるためにあちこちに出かけています。私は与えられた仕事を死ぬ気で頑張るというよりは、仕事をおおいに楽しんでいます。初めての人と会うのも大好きで、私の一生の目標は、日本のみならず海外のたくさんの方々と心を通わせ友人になることです。こうじのおかげで、友だちの数はどんどん増えています(笑)。こうじの可能性はまだまだ無限に広がっています。たとえば、大豆とこうじと塩でできる味噌。江戸時代には『味噌屋がもうかれば、医者が蒼くなる』という諺があるように大豆には体にいい大切な栄養素がたくさん詰まっている上に、発酵によって栄養素がもっと増えます。これからも糀と発酵調味料の素晴らしさを皆さんに伝え、日本食だけでなく様々な国の料理に使って、お腹を元気にして幸せな暮らしを作るお手伝いを続けてゆきます」

浅利妙峰(あさりみょうほう)さん

浅利妙峰(あさりみょうほう)さん

あさり・みょうほう 1952年、大分県佐伯市生まれ。元禄2年(1689年)に創業したこうじ専門店『糀屋本店』の長女として生まれ育つ。
東京の短大卒業後に学習塾の経営などに携わった後に、2007年から"こうじ屋ウーマン"を名乗り、こうじ文化の普及と伝承に心血を注ぐ。3男2女の母。著書に『温故知新の糀レシピ』『糀屋本店の塩糀レシピ』など。

http://www.saikikoujiya.com/