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今日がうれしくなる器
道具と器の間という美しさ
2015/02/12
道具と器の間という美しさ
今日がうれしくなる器
2015/02/12
日本には全国に個性豊かな器が存在し、さまざまな文化やつくり手の思いを伝えています。またそうした品々の存在は日常に華やぎを与えてくれるものです。そこで器ギャラリーオーナーに、日々の暮らしや季節の移ろいを彩る器をご紹介いただきました。
今回、ギャラリー夏椿の店主 恵藤 文さんと向かったのは、群馬県 みなかみ町。ちらちらと雪が舞い、山々によって入り組んだ地形をつくり出すこの町に工房を構える成田理俊さんを訪ねた。
「あそこですよ」。成田理俊さんの声の前方に、雪の中に佇む青い建物が現れた。
扉を開けると意外に広い空間が広がる。さまざまなパーツと、いくつかの道具に目がいくが、鉄の工房と聞いて想像するよりもずっとシンプルですっきりとした印象を持つ。
成田さんの作品でよく知られているのは、鉄のフライパンだ。シンプルだけど、考え抜かれた美しい形状で、軽くて使いやすい。一つ購入すると、二つ目、三つ目と、大きさ違い、形違いを注文されるお客様も多いと恵藤さんは言う。鉄の作品としては、フライパンのほかにも、両手パンやトレイ、お皿、フライ返し、スプーンなどがあり、どれも人気を集めているのだとか。
「成田さんの作品は、火にかけて調理をし、そのままアツアツを食卓に出すことができるのが魅力です。形が美しいから器としても食卓にも馴染むんですね」と恵藤さん。
「作業の様子を少し見せていただけますか」とお願いすると、まず成田さんは炉にコークスをくべ、火を入れた。しばらくするとコークスが赤々とし始める。そこに、異形丸棒と呼ばれる、鉄筋コンクリートの骨組みなどに使われる鋼材を置き、熱していく。そうして赤めて軟らかくなった棒を、今度はエアハンマーという機械で何度も何度もたたいていく。瞬く間に、丸い棒は平たく形を変えていく。それをまたコークス炉の中に戻し、また赤めて、たたくを繰り返す。
赤々とした鉄の様子と、カンカンという音の力強さとは裏腹に、形状を定めていく作業は繊細で緻密だ。何度も様子を見ながらようやく、フライパンの持ち手の部分が出来上がっていく。
「僕のフライパンは、パーツごとに素材が違うんです。フライパンの器の部分は、1.6ミリの鉄板を使い、持ち手は硬くて強度のある異形丸棒を素材にします。器部分と同素材の棒状の鉄を溶接で取り付けるのではなく、異形丸棒を平たく伸ばしたものを丸めて、器に留めて持ち手にする。異形丸棒は、器部分に使っている鉄(軟鋼板)よりも硬く、薄く叩き伸ばしても強度が保てるし、パイプ状に成形することで熱が伝わりにくく、調理のときも熱くなりにくいのです。また、この持ち手の形状によって、デザイン的にも僕らしいものになっているのかなと思います」と成田さん。
「どんなものをつくる時でも、大切にしているのは、使いやすさです。ですから、つくりながら手に持って確認し、微調整を繰り返して、ようやく納得のいく形状に仕上がります。一つずつ時間がかかりますね」
成田さんは、東京の美大で絵を学んだ後、田舎暮らしを求めてみなかみの地に移る。「何か、ものづくりをしながら、田舎暮らしをしたい。そう思って選んだのが鉄だったんです」と、成田さん。はじめは鉄工所に職を得て、そこで鉄の扱いを徹底的に学ぶことになる。
「鉄って不自由な素材なんです」と成田さんは小さく笑う。熱いうちしか形を整えることができず、頭に描く作りたいアイデアがあったとしても、実際にできるかどうかは、やってみなくてはわからない。図面をひくわけではないので、思うような形にならないことも多いという。「たとえば、ふちを90度に立ち上げたいと思っても、粘度のようにそう簡単にはいかないんです。歪みが出るし、銅のように軟らかく伸びたりもしないですからね。だから、新しいデザインのものをつくろうと思っても、手が止まってしまうこともあります。でも、長く鉄に携わってきたからこそできることもあって、不自由だけど、おもしろい素材でもあります」
「僕が仕事をするときに心がけているのは、“丁寧に”ということ。作為的なゆるさは好きではないんです。なるべく丁寧に正確につくりたい。たとえば、鉄骨の建物をつくるとき、柱や梁を一つひとつきちんとつくらないと、組み合わせる時にボルトの穴がうまく合いません。椅子も脚がガタガタしていては、椅子として成り立たないわけです。そういうことと似ているかもしれません。つまり、作品というよりは、“道具”をつくっているんですね。この感覚は、鉄工所で働いていたときに、身に付いたように思います。ひとりよがりでないものをつくりたい。表現としての作品ではなく、どんな風に使われるかの方が大切だし、人に求められ、毎日使ってもらえるものがつくりたいんです」
そうした思いだからこそ成田さんの仕事に妥協はない。工程のどこかで、「これでいいかな」という気持ちが入り込むと、それが最後まで尾を引いて良いものは仕上がらないという。
「出来上がったものを台の上にのせて、ガタガタしたりしないか、正確なものであるか、最後まで確認をし、微調整をします。手で叩いて成形しているものですから、この微調整にはすごく時間がかかるのですが、そこまできちんと丁寧につくりたいという想いは強いですね」