日本の伝統 保存食を極める
第十回 廣田さん家の干し野菜
2015/03/05
第十回 廣田さん家の干し野菜
日本の伝統 保存食を極める
2015/03/05
保存食は、食料が慢性的に不足する季節や不測の事態に備えたり、貴重な食材を無駄にしないために世界各地で工夫を重ねられながら発達してきました。
新鮮な野菜や果物、魚介類や肉類を、発酵・乾燥・燻製などの技術を駆使して加工する。保存食には、その国、その地方の食文化がいきづいています。
食文化の土台を支える生活の知恵、保存食を極める旅。
今回は干し野菜の専門家であり、料理道具屋でもある廣田有希さんに干し野菜の魅力についてお聞きしました。
▶第九回 東京で手に入る全国の保存食 むらからまちから館 東京都千代田区
干すだけでこんなに甘くなるなんて!
軽く炒めた干しニンジンをひと口頬張ると、目の前に新しい世界が開けました。
これぞまさしく、青天の霹靂。しっかりした歯ごたえ。噛めば噛むほど味が出て、甘味が口いっぱいに滲みます。不思議なことに、ニンジン特有の青くささも消えて、まるでスイーツみたい。
「違いをわかっていただけたらうれしいです。太陽の恵みだけで野菜はこんなにおいしくなるんですよ」
築地にある料理道具店の娘として生まれた廣田さんは、三代目として家業をまっとうしながら、オリジナルの国産干しかごの開発を機に、セミナーや執筆、ブログなどを通じて干し野菜の魅力を広めています。さっそく、廣田さんに干し野菜の7つの効用を上げていただきました。
○野菜が甘く、味が濃くなる……水分が抜けて、うま味が凝縮されるから。
○保存しやすくなって、おいしく食べられる……冷蔵で数日、冷凍なら美味しく長期保存が可能。
○調理時間が短縮される……火の通りが早くなって、水気もあまり出ない。
○野菜を丸ごと食べられて、ムダがなくなる……皮や茎まで食べられる。
○太陽のエネルギーをいただいて元気になれる……朝起きて、空を見上げるだけで気持ちいい。
○収穫の喜びを味わえる!……夕方、できあがった干し野菜を採りこむ楽しさ喜び。
○噛みごたえがあるから少量でも満腹になる……ひょっとしてダイエットになるかも。
ニンジン・大根・カブなどの根菜は、違いがわかりやすい入門者にうってつけの食材です。ほかにも、白菜・玉ねぎ・キャベツなどの葉野菜や、トマト・きゅうり・ナスなどの果菜も違いがはっきり。きのこ類や果物、ハーブだって干せばおいしくなります。
「天気がよかったら、いつもより少しあさ早起きして野菜を切って数時間から一日干す。通勤や通学前の簡単な下ごしらえで、食生活が格段に楽しく豊かになるんです。もともと料理で褒められたことのなかった私ですが、干し野菜を使って調理し出してから、料理上手だって言われるようになりました(笑)」
廣田さんが、干し野菜に目覚めたのは7年前。手伝いに行った農家さんで、ミニトマトをたくさん収穫したのがきっかけでした。
「保存方法を調べたら、ジャムやオイル煮にするのが一般的でした。でも、わたしは脂っこいものや甘いものが苦手だったので、単純にそのまま干してみたんです。すると、びっくり。夕方、ちょっとつまんでみたら、ものすごくおいしくて衝撃を受けました」
そして、廣田さんは、おしゃれで使いやすい国産干しかごを開発。以降は、このオリジナルグッズの販促のために、干し野菜の伝道活動に励んできました。新しい道は、道具から極める。道具屋三代目の面目躍如です。
干し野菜は、切り方次第で異なる食感が楽しめます。
たとえば、アスパラガス。包丁でスライスすれば、炒めものやスープの具に最適。縦割りにすれば、煮物やグリル料理の具材になります。そして、今日はピーラーで薄く削いで紐のようになったアスパラガスをパスタの茹であがる30秒前くらい前に同じ鍋に投入すると……。シャキシャキの歯ごたえとともにアスパラガスのうま味を楽しめました。
「ピーラーしたアスパラガスは、おひたしでもおいしくいただけます。ニンジンやセロリ(かピーマン)は苦手だというお子さんも多いようですが、干すと青くささが消えて食べやすくなるんです。野菜嫌いだった他界した祖母も、これならば美味しいって笑顔で言ってくれました」
廣田さんの干し野菜普及活動は、国内に留まりません。
「3年半年前に、日本の丈夫な料理道具を広めたいと思って、アメリカにつきじ常陸屋のロサンゼルス店を出店しました。干し野菜の講座も年に数回開催しているんですよ」
カリフォルニア州は、ドライ・フルーツで世界的に有名な土地。日差しが強く、空気が乾燥していて干すにはもってこいの場所。干し野菜も広まるに違いない。
国内外でも、「実際に干し野菜を仕込んでいるご家庭はまだまだ少ないと思います。この活動を通じて少しでも干し野菜愛好家が増えて太陽を愛でる人が増えると嬉しいです」
干し野菜の専門家、フードコーディネーター、料理道具屋『つきじ常陸屋』三代目
干し野菜の専門家、フードコーディネーター、料理道具屋『つきじ常陸屋』三代目
東京都生まれ。上智大学卒業後、専門学校を経て、フードコーディネーターとして活躍。2008年、『つきじ常陸屋』に入社。二代目社長の父親から実質的な実務を引き継ぐ。2011年にはアメリカ・ロサンゼルス店をプロデュース。著書に『干し野菜は太陽の味』(常陸屋)『干し野菜をはじめよう』(文芸春秋)など。