日本の朝ごはん
豊かな大地をそのままいただく新潟の朝ごはん
2015/11/06
日本の朝ごはん
2015/11/06
里山十帖は、2014年5月にオープンした温泉宿。標高約450メートル、新潟県南魚沼の自然あふれる山の中。6500平米の敷地内には、築150年の古民家を改築した母屋(レセプション棟)や温泉棟、12室の客室(8室は露天風呂付き)をもつ宿泊棟などが周囲と調和するように建っています。
東京からわずか2時間ちょっと移動するだけで、ここは別世界。雑木林や田畑に囲まれたのどかな里山のBGMは、湧水のせせらぎや虫の声、そして木々や草花が奏でる葉ずれです。目に映る風景も耳に響く音も肌を撫でる空気感も、都会とはまったく違っているけれど、でもどこか懐かしい場所。いったい、どんな朝食をいただけるのでしょうか。
宿のレストラン名は「早苗饗(さなぶり)」。早苗饗とは、田植えが終わったあとに豊作を祈りつつ田植えに協力してくれた人々をもてなす饗応のことだそうです。 レストランのテーマは「大地の恵みを感じていただくこと」「食材の力を感じていただくこと」。料理のほとんどは、近隣農家や県内で仕入れる無農薬・有機栽培の野菜や山菜を調理したもので、すべての調味料は無添加・天然醸造の本物。タレやソースもすべて手づくりです。
早苗饗の朝食を担当するのは、海外でアーユルヴェーダを学び、世界のベジタリアン料理を研究しているフードクリエイターの桑木野恵子さん。夕方、明朝の仕込みをする桑木野さんとともに、宿近くの畑へ同行。からし菜、ミズナ、大根の葉などを採ってきました。
「こちらへ来てはじめて知りましたが、新潟には多くの伝統野菜が残っています。たとえば、なすは20種類以上あって、形も味もみんな違うんです。ひとつずつ、どう調理したらおいしいんだろうって、いろいろ試してきましたが、辿りついた答えは、無理に手をかけすぎないこと。夏のトマトなどは、生で食べるのが一番、そのままお出しします」
炒めたり、蒸したり、煮たり。調理法のなかで、重宝しているのは、発酵させること。冬期の保存食づくりはもちろんのこと、日頃の料理にも「発酵の知恵」は生かされています。
「地元のこうじ屋さんから仕入れたこうじを使って、新鮮な野菜を軽く塩漬けすると、素材のうま味が引き出されて格段とおいしくなります」
発酵食品の代表格、みそも自家製。貴重な木桶で仕込んで、3年以上熟成させたみそは自慢の味のひとつです。
早苗饗の朝食コースができあがりました。
「無添加すりおろし にんじんジュース」
「郷土料理 切り菜」
「いろどり野菜たっぷり 野菜鍋」
「南魚沼産コシヒカリ 今井聡さんのお米」
「日本海の幸 いわしの生姜煮」
「手づくりのお惣菜 盛り合わせ」
レモン汁を少々足しただけの100%にんじんジュース。どろりとした食感で、飲むというより咀嚼しながらいただきます。砂糖はいっさい入っていないのに、甘い、甘すぎます。
切り菜は、粒の大きい納豆と細かく刻んだ大根やにんじんを合わせた魚沼の郷土料理。口のなかで、食材がそれぞれのうま味を主張しているようで楽しい。しょう油は不要です。
自家製みそを溶いて、ミズナ、春菊、大根、まいたけ、えのき、お揚げをこぶ出汁の鍋で。火が通った野菜は、それでもまだ芯がしっかりしていて歯ごたえ十分、香りやうま味も十二分。みそは、塩かどが取れていてまろやかな味わいです。野菜を継ぎ足し、永遠に食べていたくなるやさしい一品です。
コシヒカリは、名産地魚沼のなかでも「南魚沼」、南魚沼のなかでも「西山地区」、西山地区のなかでも「大沢・君沢・樺野沢」のお米がいちばん美味しい、といわれているそうですが、ここで食べられるのは主に樺野沢産と一部の大沢産。今朝は、湧水にひと晩浸けた玄米の炊きあがりをいただきましたが、もちもちでやわらかくて甘くて、白米だと言われれば信じてしまいそう。米粒ひとつひとつにパワーがあるので、食するこちらも負けじと頬張ります。
日本海で獲れたいわしの生姜煮は、コース唯一の動物性タンパク。しょう油やみりんでじっくり煮込んであるので、骨まで食べられます。
コースのメイン(上段左の写真)は、盛り合わせ。フルーティな「ひじきのお浸し」を中心に、あま~い「かぼちゃのサラダ」から時計回りに、3年熟成のパンチの利いた「梅干し」~ちょっとコクのある「生の大根、春菊、まいたけの和え物」~春に仕込んだ「ふきみそ」~あっさりしているけど味深い「大根の葉、お揚げの和え物」~レンコンの歯ごたえが心地いい「レンコン入りおから」まで、本日は7品。仕入れの状況によって品数やメニューは替わります。
「少しずつでもたくさんの種類の野菜を食べていただきたいと思って工夫しています。滋味を感じていただけたら幸いです」
滋味:栄養があって味のいいこと。めったに使わない単語ですが、地野菜の底力をやさしい味付けで堪能できる早苗饗の料理にはぴったりの言葉です。
里山十帖の魅力は朝ごはんだけではありません。
まずは、その佇まい。150年もの間、豪雪地帯の風雪に耐えてきた古民家を改築した宿の構えは、見るからに頑強で頼もしい。レセプションがある母屋に入ると、そこは約10メートルの高さの吹き抜け。総ケヤキ、総漆塗りの建材が組み合わされた豪奢なつくりを、首が疲れるまで眺めてしまいます。
レセプションに鎮座する巨大な小槌のオブジェをはじめ、現代アートの作品が館内に飾られているほか、ラウンジや部屋には外国製のデザイン家具が置かれています。古き良き日本の伝統美のなかに現代の意匠が溶け込んでいる。ここはそんな空間です。
日本百名山のひとつ巻機山を望む「湯処 天の川」は、絶景の露天風呂で美肌の湯ともいわれる温泉を引いています。春夏は緑のグラデーション、秋は紅葉、冬は雪の壁を楽しめ、夜は満天の星。裸で自然と向き合えるシチュエーションなんて、都会ではあり得ません。
おすすめは、天気が良ければほぼ毎夕開催される「裏山おさんぽツアー」。スタッフの案内で、里山周辺を散策。壮観な棚田風景が見られたり、セリ、クレソン、むかご、かたばみなど、道路脇の茂みに生える食用の植物をその場で摘んで口にしたり。ワイルドなひとときです。
夕食を担当するのは、チーフ・フードクリエイターの北崎裕さん。国際基督教大学(ICU)で美術史を学んだあと、ミシュランガイド関西三ッ星店で修業を積んだ異色の経歴の持ち主で、いただいた「里山十帖」コースはとても印象的でした。
「野菜料理で勝負したい」との思いが込められた、伝統野菜のなす5種をアレンジした料理5品、軽く焼いたなすをタネにした握り、山菜採りのプロ、山師さんがブナ林で集めた天然きのことレンコンのすりおろしを団子にしたお吸い物など、どの料理にも新鮮な工夫が施されています。そして、絶品揃いのなかでもとくに驚いた料理が3つありました。
ひとつは「焼き鮎」。ただし、出てきたのはお蕎麦です。聞けば、身をやわらかくするために仮死状態の鮎を焼き上げて身をフードプロセッサーで砕き、ペースト状になった鮎ソースをへぎ蕎麦と合わせた料理。ひと口蕎麦をすすれば、濃厚な鮎の味が広がって、なるほどこれは焼き鮎です。参りました。
ふたつめは、越後のもち豚の杉スモーク。森を荒らす杉の木の有効活用はないかと、北崎さんが考案したその名も「森を守ろう」。やわらかい肉に染み込んだかんきつ類っぽいクールな香りは、相性ぴったり。杉の新芽を酢漬けしたピクルスもここでしか食べられないレアもの。北崎さんの創意工夫に感心します。
最後は、大沢産コシヒカリの白米。つるつるでまぶしいほどにピカピカ、香りも味も甘くて、コースの主役を張れるインパクトがあります。庭づくりを手伝いにきていた地元のお父さんも「同じコシヒカリでもここのは最高。県内の友人宅でその土地自慢のコシヒカリを出されても、自分はおかずしか食べません」と。一度、最高の味を知ってしまうとたいへんです。
里山十帖で働く小気味良い対応が気持ちいいスタッフは、20代・30代の若い人が中心で、Iターン組も多いとか。おいしい食材に囲まれたすばらしい環境で働けるんなんて、かなりうらやましいです。