和食の楽しみ方入門
お寿司屋さんを楽しむ
2015/12/04
和食の楽しみ方入門
2015/12/04
久保さん:そもそも最近は、「おまかせ」を主とするお寿司屋さんが本当に増えました。
柳原さん:はい、この30年くらいの流れですね、そしてこの15年ぐらいで完全に確立された感があります。
久保さん:それまでは、こんなに「おまかせ」を主とするお店は多くなかったですね。
柳原さん:はい。これには、寿司がたどってきた歴史があるのかなぁと思っています。
そもそも、寿司の起源は「熟寿司(なれずし)」です。鮒寿司などが有名ですね。熟寿司は魚を保存するための方法のひとつ。もっと遡れば、魚は塩で保存していました。塩に漬け込み、水分を抜いて干すことで何年も魚を保存することができると気がついたんですね。
久保さん:日本の塩辛や干物、欧米のビーフジャーキーも同じ発想ですね。
柳原さん:はい。その後、日本をはじめアジアの国々は、穀物で魚を漬け込みはじめました。たとえば、米で魚を漬け込むことで発酵し、乳酸菌が発生する。その作用で保存ができるし、食べやすいと気がついたんです。これが熟寿司の始まりです。奈良時代頃のことですね。その後、醸造技術が発展してお酢ができるようになったことで、棒寿司(箱寿司)が誕生しました。
久保さん:鮒寿司などと異なり、魚とお米を一緒に食べることができる寿司。鯖寿司やバッテラ、葉っぱに包んで保存した柿の葉寿司などですね。
柳原さん:はい。そして、その後、江戸時代になって「早寿司(はやずし)」と呼ばれる、酢飯とネタでつくる現在の江戸前寿司のスタイルが生まれます。でも、当時のお寿司はおにぎりのようですよ。大きくて、ころんとしていて。
久保さん:それを屋台などでファストフードのように食べていたようですね。
柳原さん:そうですね。そこから全国的に一般化していきます。
戦後は、高度経済成長とともに、大きなカウンターに、何人も職人が並ぶ大型店舗が生まれ、そこから独立して少人数で切り盛りする小さな規模の店がどんどん増えていきました。さまざまな職人が寿司屋を営むなかで、切磋琢磨し、腕が磨かれ、自分の店の個性を探り、さらに技を見せるように。
久保さん:お寿司屋さんごとに、こんな風に食べてほしいというプレゼンテーションが多様化していったんですね。
柳原さん:「おまかせ」はそういう歴史の流れから生まれた「早寿司」の新しい文化ですね。ひとつは、この店ではこんな順番で、こんな風に食べてほしいんだと、寿司をコース料理や会席料理のように演出したという側面があります。もうひとつは、職人が少ない店で多くのお客さまに満足いただくために出し方を工夫した末に、という背景もあると思います。
久保さん:なるほど、みんながバラバラに好きなものを頼むよりもオペレーションしやすく、結果的においしいものを召し上がっていただきやすいということがあるかもしれませんね。
柳原さん:はい。とにかく寿司の歴史上、この30年間がもっとも進化した時代ではないでしょうか。
久保さん:まず「おまかせ」が主流になったのと同じ時期に、客がお醤油をつけるのではなく、「煮きり」を寿司に塗って出してくださるのが主流になったように思うんですが。
柳原さん:そうですね。「煮きり」というのは寿司用の醤油です。醤油に火を入れて煮切ると、水分が飛んで、ほんの少しとろみが出ます。これにより、素材に醤油が留まるんですね。ですから、素材によって醤油の量を調整することが可能になります。さっとひと塗りした煮きりで召し上がってほしいネタもあれば、2度塗り3度塗りしたほうがおいしいものもある。ネタによって醤油の量を調整できるという利点があります。
久保さん:なるほど、そういうことなんですね。
柳原さん:僕の考えでは、お寿司の肝は、シャリと醤油(煮きり)だと思っています。寿司というとネタの新鮮さなどの話になりがちですが、シャリをおろそかにしては、おいしい寿司はにぎれません。また、シャリとネタのバランスが大切です。
久保さん:口の中でシャリだけが残る、ネタだけが残るということはあってはいけませんよね。
それから、にぎり具合もお店によって随分違うように思いますが。
柳原さん:そうですね。固めににぎる店、ふわっとにぎる店があり、これもまた、お店の個性ですね。僕の場合、ネタによってもシャリのにぎり方を変えていますよ。
久保さん:そうなんですか?
柳原さん:たとえば、通常のマコガレイに比べ、おろしたてゴリゴリのマコガレイなら、シャリは少ししっかりにぎります。そのほうが、シャリとネタのバランスがいいはずです。これは経験からくるもので、いつのまにか自然にしてしまっていることではあるのですが。
久保さん:なるほどー。
あと、トレンドということでいえば、少し前から塩でいただくものが増えましたね。
柳原さん:そうですね。塩はとても流行し、今では定番化していますね。
久保さん:あとは赤酢など、少し酸味の強い酢をつかって、江戸時代の寿司に原点回帰するような流れや、熟成したお魚を使うことで話題になっているお店も。
柳原さん:はい、寿司にも流行がありますね。僕が最近ハマっているのは、生の塩漬けの胡椒を薬味に用いることです。
久保さん:塩漬けの胡椒ですか?
柳原さん:はい、イタリアンの食材として知ったのですが、さっときて、ぱっと消える胡椒の風味が、春のさよりや、こはだなどにぴったりなんです。
久保さん:本当だ、おいしいですね。いろいろな工夫があるものですね。
柳原さん:そうですね。寿司の薬味としては、わさび、しょうが、葱、ゆずなどが代表的ですが、まだまだ工夫はできそうです。また、ネタのどこに薬味を乗せるかといったことでも味わいは変わります。
久保さん:薬味を上に乗せたり、ネタの下に挟んだり?
柳原さん:そうですね。たとえば、ゆずをネタの上に乗せれば、先に香りが広がって、それからネタの旨味が広がります。逆に中に入れれば、あとからふわっと香る効果を狙えます。
久保さん:そうやって口の中でどのように味わいが広がるかを考えてにぎってらっしゃるんですね。そういう職人さんの工夫を知ってからいただくと、お寿司をいただく楽しみ方がさらに広がりますね。
料理研究家
料理研究家
料理好きが高じて、高校生の頃から京都の老舗料亭「たん熊北店」にて学ぶ。同志社大学英文学科を卒業後、辻調理師専門学校に入学。調理師免許、ふぐ調理免許を取得。辻調理師専門学校出版部を経て、東京の出版社で料理書の編集に携わった後、独立。
現在は、料理製作、スタイリング、レストランのメニュー開発、テーブルコーディネート、編集など、食に関してジャンルを問わず精力的に活動中。
著書に『美しい盛り付けの基本』(成美堂出版)、『美しい一汁二菜 ―「おいしい」と「きれい」には理由がある』(河出書房新社)『きちんと、野菜の小鉢 ちょっとしたコツで「もう1品」がぐっとおいしくなる!』(河出書房新社)、『きちんと、おいしい昔ながらの料理』『旬の味手帖秋と冬』(ともに成美堂出版)などがある。
1965年北海道生まれ。地元北海道で9年修業を積んだのち、「分とく山」で野崎洋光氏に出会い、系列店の「寿し長」の立ち上げに抜擢され、そこで板長を務める。その後、2006年「すし独楽」を都立大学にオープンする。
すし独楽
東京都目黒区八雲1-8-9 エルミタージュ八雲1F
TEL:03-5731-0035
営業時間:11:30AM~L.O.1:30PM/5:30PM~L.O.10:30PM
休業日:月曜