日本の発酵食 -食卓を飾る“菌未来”-
第六回:発酵食堂カモシカ
2016/03/04
第六回:発酵食堂カモシカ
日本の発酵食 -食卓を飾る“菌未来”-
2016/03/04
味噌、醤油、酢、みりん、納豆など、日本の食卓を支えてきた発酵食。
その土地に棲む微生物の働きによってうま味が生まれ、身体にもよい作用をもたらす発酵食は、先人が生み出した知恵であり、次世代につなげていきたい存在。
今の暮らしにも取り入れやすいレシピとともに発酵食の真髄に迫ります。
第六回は、京都嵐山の新名所、発酵食品尽くしの発酵食堂カモシカにうかがいました。
カモシカの営業はランチタイムだけですが、看板メニューの発酵8種定食をはじめ、お茶やジュース(日本酒も!)などの飲料から食後のスイーツまで、出てくるもののほとんどすべてが発酵食品です。どうして、発酵にこだわったのでしょう?
「お味噌汁や納豆、お酒など、わたしの好きなものは、なぜかみんな発酵しているんです」とにこやかに語るのは、店主の関恵(せき・めぐみ)さん。そもそも、学生時代に医療福祉経営を学び、医療コンサルティングの仕事をしていた関さんは、「健康の原点は予防」という考えのもと、食の大切さを痛感していたそうです。そして、2児の母になり、家族の健康のための献立を突き詰めていくうちに、日本の伝統的な発酵食品の力にたどり着きました。
「カモシカのコンセプトは<命は命で元気になる>。2つの命とは、人の命と発酵に欠かせない微生物のこと。微生物が元気に活動するためには、人の手が必要ですが、人はその発酵食を食べて身体の調子を整えることができる。温かいお味噌汁をのんでほっこりしたり、お漬けものを食べるとスッと気持ちよくなるのは、発酵のおかげだと思います」
カモシカを漢字に当てると、醸し家。味噌・しょうゆ・納豆・お漬物・チーズなど、微生物や酵素の働きによって醸され、うま味や香りを増した発酵食品を味わい尽くすお店がカモシカです。
「好きなものをおすそ分けしたいという気持ちが基本です。発酵食品を食べておいしく感じたり、元気になるのは、日本人のDNAレベルでの反応かもしれませんね」
店内の醸し棚と呼ばれるディスプレイスペースには、年代物の梅干しや味噌、もろみなどが並んでいますが、どれもが「生きている」と思うと感無量。そうこうしている間に、発酵8種定食ができあがりました。冷めないうちに、さっそく、いただきます。
見た目もあざやかな、本日の発酵8種定食。大葉の上に乗っているのは「自家製ねり梅ソース 豆腐のせ」と「自家製味噌 豆腐のせ」(以下、時計回りに紹介)。地元京都産の豆腐の甘みが濃厚な自家製のソースと味噌によって引き立ちます。絶妙なコントラスト。
「古式製法さばへしこ」は、1年間熟成させた福井県の鯖へしこに季節の薬味と野菜(本日は大根)を添えた一品。この<しょっぱさ>は尋常ではありません、魚のうま味が凝縮していて、ひと切れでご飯一杯いけそうです。
「魚醤(いしる)のピリ辛こんにゃく」。石川県の魚醤はイワシを塩で発酵させたもので、秋田県の「しょっつる」、香川県の「いかなご醤油」と並ぶ日本の3大魚醤のひとつ。天然のうま味調味料で、独特な味の深みがあります。
燻製煮玉子の上にちょこっと乗っているのは、青唐辛子・麹・塩・柚子を1年間漬けこんだ「柚子胡椒」と「ふぐの子の糠漬け」。ふぐの子(卵巣)といえば、そのままでは猛毒。しかし、卵巣を2年以上も塩と糠に漬けると、この珍味。猛毒の卵巣を最高級のおかずに変化させてしまう発酵の底力を思い知ります。「ちょこっと」だけなのに、強烈なインパクト。一度口にしたら、この衝撃は忘れられません。痛いほどのおいしさ。
真ん中は「地場野菜のピクルス」。本日はカブ。自家製発酵調味料のすっぱさがすがすがしい。
赤い角皿には「お揚げの発酵あんかけ」。カモシカ特製麹納豆あんは、京都の女性麹屋さんから仕入れた麹を使用。<納豆+米麹+醤油・本みりん・昆布・ニンジン>と関さんが、引いたり足したりしながら試行錯誤した結果にできあがった特製あん。納豆というより、味噌のような深みある味わいで、においも気になりません。あんかけというより、カレー風。これも発酵の底力を感じます。
定食の印象は、濃くて強い味。発酵によって、素材のおいしさがとことん凝縮して、存在感を示しています。ゆずやかりん、すだちなどの果物に砂糖を加えて3週間寝かした「酵素ジュース」の濃厚な味わいはその典型です。果物のうま味が凝縮されていて、お湯で3~5倍に薄めても味の輪郭がはっきりと残ります。
一転、白味噌と豆腐のお味噌汁は、甘くまろやかでやさしい味。甘酒で甘みを出した「発酵甘酒おはぎ」、天然酵母で発酵させた生地を焼き上げて、くるみと干しブドウのキャラメルクリームをサンドした「修道院ガレット」のスイーツ2品も、ほんのりとしてリラックスできるやさしい系の味。茶葉を乳酸発酵した徳島県産の「阿波晩茶」も酸味や甘みが身体にじわっと浸みこんでくるような身近な味です。
強さ、やさしさともに、ごまかしのない味で、その魅力がダイレクトに伝わってくる。生きた発酵食品は、身体を元気にするだけでなくストレートでわかりやすい食品だと、あらためて実感しました。
「かつては、どの家庭にも発酵食があって当たり前でした。カモシカで食べた発酵食がきっかけで、自宅でも手づくりしようと思っていただけたらうれしいですね」