和食の楽しみ方入門
だしを知る 〜おいしさの土台をつくる昆布編
2017/02/14
和食の楽しみ方入門
2017/02/14
だしとは、煮出汁(にだしじる)の意味で、昆布、かつお節など節類、煮干し類、干した野菜(干し椎茸、大豆)などの旨味成分を水に溶出させたもののことをいいます。今回は、料理家の久保香菜子さんに、数あるだしの中でも特に昆布だしについて教えていただきました。
「昆布にはたくさん種類がありますが、主なものに利尻昆布、真昆布、日高昆布、それから羅臼昆布、長昆布などがあり、北海道各地の沿岸を主要な産地としています」と久保さん。
一般に、利尻昆布のだしは透き通っておりクセがなく、少し甘みを感じる上品な味わいで、京都の料亭などで好んで使用されています。真昆布のだしはごく淡い色で上品な味わいが特長です。だしとしてだけでなく、高級佃煮昆布や塩昆布にも使用され、大阪を中心とした関西地方で特によく使用されています。日高昆布は、さらりとした味わいが特長。関東以北で使われることが多く、繊維質が柔らかいため昆布巻きや佃煮、おでんなどの煮昆布としてもよく使用されます。羅臼昆布は柔らかい繊維質が特長で、やや濁りやすいのですがコクのある濃いだしがひけます。日常的にいただくみそ汁や濃い味の煮ものなどに適しています。幅広い形状で昆布巻きや昆布締め用にも利用されます。また、長昆布はだしには向かず、昆布巻きや煮物、サラダで食べられています。沖縄で多く消費され、豚肉と相性がいいため、炒め物にも使われます。
「どの昆布を好んで使用するか地域ごとに傾向があり、昆布と各地の郷土料理とは密接に結びついています」と久保さん。
「京都は利尻昆布、大阪は真昆布、東京は日高昆布、新潟や富山は羅臼昆布のだしを好んで使います。ためしに、名前を隠して味や香りだけで『あなたの好きなだしはどれですか?』と尋ねる実験をしたところ、かなりの確率でその方の出身地でよく使用されている昆布を選ばれることが多かったです。やはり、舌になじんだ味を好む傾向があるということですね」
主に北海道産の昆布が全国に運ばれているにもかかわらず、土地ごとに好みの昆布の種類が異なるのは、江戸時代の流通に起因しています。江戸時代から明治中期頃まで、北海道や日本海の食材などを買い集め、運び、売りさばくことを生業にしていた北前船。昆布は北海道で収穫された後、越中(富山)や、敦賀から近江商人の手により琵琶湖を通って京都、瀬戸内海を抜けて天下の台所である大坂(大阪)へと届けられました。時代ごとに変化はありますが、江戸や薩摩、琉球にも北前船で運ばれています。そうした歴史のなかで、土地の好みに合った昆布が定着したと考えられています。
「京都は市街地から海が遠く、新鮮な魚に恵まれない土地。代わりに京野菜などがおいしい土地だったため、野菜の味が引き立つまろやかな味わいの利尻昆布が好まれたのかもしれません。一方大阪は港が近く、魚が豊富な土地柄。そのため、魚とも相性がいい真昆布が好まれたのではないでしょうか。東京の場合は、北前船の海路の最後の方に船が寄港したため、生産量の多い日高昆布を手に入れる機会が多かったといわれています。また、北海道の羅臼には新潟や富山の人が多く入植し、彼らが縁者に送ったことから新潟や富山では羅臼昆布がよく使われたということです。北陸地方では羅臼昆布の特長を活かした昆布巻き、昆布締めなどの食文化が発展し、郷土料理として今も楽しまれています」
「だしは、かつお節や煮干しなど、さまざまな食材からひくことができますが、なかでも昆布はおいしさの土台。特性を理解してぜひ上手に利用してください」
昆布は水に漬けておけばそれだけでおいしいだしがひける手軽さがあり、だれでも利用しやすいと久保さんはいいます。
「昔は、昆布は煮立つ直前に取り出すのがいいとされていましたが、近年さまざまな研究が進み、60℃のぬるま湯で1時間煮出すと、もっともおいしいだしがひけることがわかってきました。しかし、家庭で60℃という温度を保ち続けるのは簡単ではありません。そこで私は、長めに水の中に浸しておき、鍋に火を入れてからは、一気に温度を上げて沸騰させず、弱火〜中火で徐々に温度を上げることをおすすめしています。そうすることで、昆布からだしが出やすい条件を長くキープでき、おいしいだしをとることができます。また、昆布をはかる際、何センチといった長さではなく、重さを量ることをおすすめします。昆布は種類や部位で厚みが異なり重さが違うため、長さでは比べることができないからです」
また、だしの旨味成分について知ったうえで調理するとさらにおいしい料理になると久保さん。
「昆布の旨味成分は、グルタミン酸です。一方、かつお節、煮干し、肉類など動物性のだしはイノシン酸、干し椎茸などの乾燥キノコはグアニル酸、貝類はコハク酸が主となっています。なかでも昆布のグルタミン酸は、他の旨味成分と掛け合わせることで、おいしさの相乗効果が生まれます。昆布だしとかつお節のだしを合わせた一番だし、二番だしが、おいしいだしの代名詞とされてきたのはそのためです」 ちなみに、昆布とかつお節の合わせだしの場合、1リットルの水に、昆布15gとかつお節25gを目安にしていると久保さん。
「1リットルの水に対して、少なくとも30g以上のだし素材を使うことをおすすめしています」
ほかにも、昆布だしは、干し椎茸のだし(グアニル酸)と組み合わせても、アサリやシジミなど貝のだし(コハク酸)と組み合わせても味がぶつかることなく、1+1以上のおいしさを生み出します。一方、かつおだし(イノシン酸)は、鯛など同じイノシン酸の食材であっても組み合わせによって味が勝ちすぎてしまったり、はまぐりなどコハク酸の食材とは味がぶつかりあってしまうことも。昆布だしはそういう意味で万能だといえます。
「煮物などをする際、昆布とかつお節でだしをとる時間がないような時も、火を入れる前に昆布を鍋に加え、じっくりと火を入れることで煮物に旨味を加えることができます。とくに、鶏肉などを煮物に入れる場合、鶏肉のイノシン酸と昆布のグルタミン酸によって充分においしい煮物に仕上がりますよ」
どんな食材とも相性がよく、組み合わせによって何倍にも旨味が増す、こうした特長が“昆布はおいしさの土台”といわれるゆえんです。あまり難しく考えず、さまざまな料理に昆布を一枚入れてみて、手軽さと味わい深さを知ってほしいと久保さんは語ってくれました。
料理研究家
料理研究家
料理好きが高じて、高校生の頃から京都の老舗料亭「たん熊北店」にて学ぶ。同志社大学英文学科を卒業後、辻調理師専門学校に入学。調理師免許、ふぐ調理免許を取得。辻調理師専門学校出版部を経て、東京の出版社で料理書の編集に携わった後、独立。
現在は、料理製作、スタイリング、レストランのメニュー開発、テーブルコーディネート、編集など、食に関してジャンルを問わず精力的に活動中。
著書に『美しい盛り付けの基本』(成美堂出版)、『美しい一汁二菜 ―「おいしい」と「きれい」には理由がある』(河出書房新社)『きちんと、野菜の小鉢 ちょっとしたコツで「もう1品」がぐっとおいしくなる!』(河出書房新社)、『きちんと、おいしい昔ながらの料理』『旬の味手帖秋と冬』(ともに成美堂出版)などがある。