郷土食と、暮らしのこと。

北海道白老町
アイヌの伝統食『オハウ』が極寒の暮らしを支える

2017/04/17

食文化研究家の清絢さんに、日本全国のさまざまな土地で出会った郷土食と、その土地の暮らしについて教えていただく不定期連載です。

自然に寄り添い、
自然の恵みを無駄にしない暮らし

北海道白老町には、アイヌ民族博物館=通称、ポロトコタン(「大きな湖の集落」という意)というアイヌの伝統的な暮らしを今に伝える場所がある。白老町はもともとアイヌ集落があり、戦後は観光客も多く訪れた。その集落を1965年にポロト湖畔に移設。アイヌ文化の調査研究・伝承保存・普及を目的とし、野外博物館としたのがポロトコタンだ。今回は、この地を訪れた清絢さんにアイヌの伝統的な食と文化についてお話を伺った。

アイヌの人々の伝統的な食文化は、寒い冬をどう乗り切るのか、といった知恵に溢れていると、清さんは語る。
「温かい汁ものを意味するオハウは、極寒の地に住むアイヌの人々の体を温めてきた伝統的な料理のひとつです。狩猟採集を基本としていた彼らは、クマやエゾジカなど、さまざまな動物をオハウにして食していました。なかでも、鮭はアイヌの人にとって冬を越すための貴重な食材。カムイチェプ(神の魚の意)と呼び、とても大切にしていました。鮭が川を上る季節、その年の最初に獲れた鮭は集落のみんなで分け合って食べる習慣もあったそうです」

「獲った鮭は、さばいて内臓を取り除き、一度屋外で寒干ししたあと、チセと呼ばれる家の中で囲炉裏の上に吊るして燻製にしていました。こうしてできた鮭の燻製は冬の大切な保存食でした。ポロトコタン内にあるカフェでは、鮭やジャガイモ、ダイコンなどが入ったチェプオハウ(魚の汁もの)をいただくことができます。昆布だしベースの塩味のスープであっさりしており、とてもおいしいです」
一説には、北海道の郷土料理である三平汁のルーツではないかと言われるやさしい味わいのチェプオハウ。今では、鮭の燻製をつくるなどの伝統的な調理法は施設内で再現されるのみで、一般に行う人は少なくなっている。

鮭を寒風干しにしたあと、チセに吊るし、囲炉裏の煙で燻して作る「サッチェプ」

「アイヌの人には主食という考え方はなく、お米を食さなかったそうです。米の代わりとなるでんぷん質は、ジャガイモや百合根。大切な食材であったジャガイモは保存するため、戸外に放置して何度も凍結と解凍を繰り返し、発酵させ凍みジャガイモにしていました。すっかり水分が抜けた凍みジャガイモをよくつき、なめらかな生地にした保存食は冬の大切な栄養源だったようです」

手間をかけてつくる保存食「凍みジャガイモ」

凍みジャガイモの生地に砂糖を加え油で焼いた料理「ペネイモ」。素朴な甘みのホットケーキのような食べ物

「百合根からは、デンプンをとって搾りかすを発酵させ、丸めて干しオントゥレプという保存食を作っていました。それらは水でふやかすなどして食していたといいます。ちなみに米は、本州の人との交易で手にしていたそうですが、そのまま食べるためではありませんでした。とても貴重だった米は、お酒にして儀式用に使っていたそうです」

オオウバユリからでんぷんをとった搾りかすを発酵させ、丸めて干した保存食オントゥレプ

獣や魚、野菜などを乾燥して保管する技術に優れ、あらゆる自然に神が宿ると考えていたアイヌの人々。
「お話を伺えば伺うほど、独自の豊かな食文化に驚き、感心させられました。歴史の中で、その文化の多くは失われてしまいましたが、それは本当にもったいないことだと思います。自然の恵みを決して無駄にすることなく、常に感謝の気持ちを忘れずに生きる彼らの文化には、たくさんの学びがあるのではないでしょうか」

※文章中に使用している「チェプオハウ」「カムイチャプ」などの「プ」の文字は、アイヌ語の発音に近づくようこのように表記しています。

清 絢 (きよし あや)さん

食文化研究家

清 絢 (きよし あや)さん

食文化研究家

清 絢 (きよし あや)さん

一般社団法人 和食文化国民会議 調査研究部会幹事。
大阪府出身。地域に伝承される郷土食や農山漁村の食生活の調査研究から、郷土食に関する執筆や講演などを行う。
近著は『和食手帖』(共著、思文閣出版)、 『ふるさとの食べもの(和食文化ブックレット8)』(共著、思文閣出版)、『食の地図(3版)』(帝国書院)など。

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