発酵に恋して。
お笑い芸人が「ぬか漬けソムリエ」になった理由―
大湯みほとはいったい何者?
2017/11/30
発酵に恋して。
2017/11/30
地元・仙台から上京後、アイドル、お笑い芸人という経歴を経て、現在は「ぬか漬けソムリエ」として活躍する大湯みほさん。実のおばあさまのぬか床を引き継いだのをきっかけに、近年はぬか床づくりのワークショップやぬか漬けを使った新しいレシピの開発などを精力的に行っていますが、なぜ彼女はここまでぬか漬けに心血を注ぐようになったのでしょうか?ぬか漬けに隠されたパワーや魅力、またぬか漬けを始めるにあたって役に立つ知恵なども含め、じっくりお話しいただきました。
ぬか漬けの普及に尽力している大湯みほさん。彼女がこれまでにたどってきたキャリアは実にユニークです。
「22歳のときに地元・仙台から上京してきて、そのときはアイドルとかタレントとして活動をしていたんです。その後、体を壊していったん地元に帰ったんですけど、また上京して。今度はコンビを組んでお笑い芸人として活動を始めました。アイドルのときも仕事の内容はほぼバラエティーで、ほかのアイドルに負けないように体を張ったこともたくさんしていたので、元々芸人気質だったのかもしれません(笑)」
そんな大湯さんとぬか漬けの出会いは子供のころ。毎日の食卓には、おばあさまの漬けたぬか漬けが必ず出されていたそうですが、当時はあまり好きではなかったのだとか。
「正直、うちは決して裕福ではなかったんです。友達の家ではハンバーグやカレーなんかが食卓に並んでいるのに、うちはご飯とぬか漬けとお味噌汁だけ。夜ご飯なのにそういう感じだったし、東北ではお茶菓子みたいな感覚でテーブルには常にぬか漬けが出ていて、一日中ぬか漬けを見せられているような感じだったんです。そりゃあ、ぬか漬けが嫌いになっちゃいますよね(苦笑)。だから、上京するときはやっとぬか漬けから解放されたという気持ちでした」
東京で生活し始めたことで、ぬか漬けから離れることができた大湯さんですが、そんなぬか漬けとの距離を近付けたのもまた、東京での生活でした。
「東京で一人暮らしを始めて自炊するようになったとき、魚を焼いてみたり、豚の生姜焼きを作ってみたりする中で、なんとなく寂しさを感じて…。そこで初めて『ぬか漬け食べたいかも』と思ったんですよ。そんな風に思うなんて、自分でも不思議でした。ただ、実家にいた頃に『ぬか漬けいらない!片付けて!』とか言っていた手前、恥ずかしくて親に『ぬか漬けが食べたい』とは言えなかったんです。なので、スーパーでぬかを買ってきて自己流でぬか床を作ったりしていたんですけど、管理の仕方もわからないのでカビを生えさせちゃったり、おばあちゃんの味にならないからと途中であきらめちゃったり。そんな中、おばあちゃんが亡くなってしまったんです。それで、おばあちゃんがお世話をしていたぬか床を引き継いだことが、本格的にぬか漬けに取り組むようになったきっかけなんです。『おばあちゃんのぬか床を絶やしちゃいけない』と、そこから本当に愛情を持って接するようになりました。それが7年前のことです」
おばあさまのぬか床を引き継ぐと、「ぬか漬けマイスター」の資格を取得したほか、発酵について、野菜についてを徹底的に勉強したという大湯さん。また、「中途半端が嫌い」「やるとなったらとことん追求」という自身の性格上、自宅のぬか床はさまざまな食材を漬けては試す「ぬか床研究所」のような状態になったといいます。
「ぬか床について勉強したことによって、ぬか床は湿度や温度、置く場所さえしっかりしておけば大丈夫だということがわかったんです。そこから、一人暮らしでどうしても余ってしまう食材をいろいろ漬けてみることにしました。それこそ、スーパーで見かけた食材を片っ端から漬けていたような感じで、これまでに少なくとも300種類は試したと思います。ビスケットやマシュマロ、チョコレートを漬けると溶けてなくなる…といった失敗もありましたが、お肉を漬けたら柔らかくなったとか、うれしい発見もありました。元々、発酵に興味があったわけでもないのに、食材を漬けるだけでおいしくなることを知って、ぬか床が魔法の箱のように感じられたんですよね」
大湯さんがぬか漬けにハマった理由は、味だけではありません。ぬか漬けを食べ始めてからというもの、自身の体にも変化が感じられたというのです。
「まず、腸内環境が整えられて、肌の調子が良くなりました。お笑いの仕事をしていると、帰宅するのが夜中になることも多いのですが、遅くに家へ帰ってからご飯を食べたり、寝る時間も不規則だったりして、本当に肌がボロボロだったんです。肌が汚いから、よく通販番組で出てくる化粧品を使用したときのビフォー・アフターの『ビフォー』の例として出演したこともあるくらい(笑)。それが、ぬか漬けを食べるようになって1ヵ月ぐらいしたころから、メイクさんに『血色が良くなったね』って言われるようになったり、自分でも肌質の改善を実感するようになったんです」
このようにさまざまなメリットがあるぬか漬けですが、いざ自分で漬けてみようと思っても、ぬか床の管理にかかる手間などを考えると、ハードルが高く感じられるのは事実。こういった不安に、大湯さんは次のような解決法を提案してくれました。
「特に一人暮らしの方や会社勤めをしている方は、そういう不安をお持ちですよね。そんなときに私がいつも言うのは、『お料理するよりも簡単です』ということ。実は、私は手のかかる料理が苦手なんですけど、ぬか床はかき混ぜるだけですから。ぬか床に漬けるだけでおいしい物ができます。例えば、漬けた鶏肉ときゅうりを和えたら棒棒鶏(バンバンジー)のようになりますし、漬けたお魚にオリーブオイルをかけたらカルパッチョ風のメニューが出来上がります。ぬか床ひとつでできる料理は結構あるんですよ。私は家で晩酌するのが好きなのですが、朝出かけるまえにチーズやアボカドを漬けておくと、帰ってすぐに呑めます(笑)。もし、漬けた野菜が余った場合は、みじん切りにしてオリーブオイルやごま油に漬けておけば、ドレッシングや調味油代わりに使えるのでおすすめです。それ以外にも、本当にいろいろアレンジできるので、私にとってぬか漬けは『万能ストック食材』ですね」
大湯さんのお話を聞けば聞くほど、ぬか漬けに対する興味は増すばかり。彼女自身が実践しているからこその説得力をもって、全国各地でぬか漬けの魅力を伝えています。その原動力になっているものとは?
「だって、漬けておくだけで、素材そのままのときよりもさらにおいしくなるんですよ!それに、ぬかには食物繊維やビタミン、ミネラル、鉄分とか、普段の食生活だけで十分に摂取するのが大変な栄養価が豊富に含まれています。ぬか床に漬け込んだ食材が発酵することで得られる栄養と、食材に入り込んだぬか床自体が持つ栄養により、かなりのパワーフードになると思ったら、試さない手はないですよね。そういうメリットを、多くの人に伝えたいんです。ちなみに、ちょっと呑みすぎた日には必ずぬか漬けとお水をとってから寝るんです。そうすると、ぬか漬けの酵素がアルコールを分解するからか、翌朝の目覚めがいいし、むくむこともありません。本当にいろいろな効能があるんですよね」
日本の伝統的な文化であり、人々の健康を支えてきたぬか漬け。今後はこれを世界へ広めたいと大湯さんは意気込んでいます。
「ぬか漬けの文化って、海外ではあまり知られていないですよね。昨年も何度か海外にぬか漬けを持っていったんですが、『ジャパニーズピクルス』と呼ばれて、結構評判がいいんです。特にパプリカやエシャロットを古漬けにすると、酢漬けじゃないのに酸味が出て、本当にピクルスに近い感じになるんですよ!ヨーロッパだとにおいが気になるという人もいましたが、韓国や台湾などアジア各国ではほとんどの人が『おいしい』と言って食べてくれました。各国の特産品を使ったぬか漬けを作って、この日本の文化を海外に伝えていけたら…というのが、今の私の目標です」
1981年生まれ。お笑いコンビ「チェリー☆パイ」での活動などを経て、祖母のぬか床を受け継いだことをきっかけに「ぬか漬け芸人」「ぬか漬けタレント」として本格的に始動。全国でぬか漬けにまつわるワークショップを開催するほか、テレビやラジオなどのメディアに出演してぬか漬けをPR中。2014年には初の著書「カラダいきいき!におわないぬか漬けレシピ」(SPACE SHOWER BOOKS)を発表している。