日本の朝ごはん
鎌倉のおいしいを食べつくす
朝から集う「まちの社員食堂」
2018/08/30
日本の朝ごはん
2018/08/30
歴史的・文化的に重要な背景を持ち、しっとりとした雰囲気が漂う街、鎌倉。同時に、IT企業が多く集まり、「SDGs未来都市・SDGsモデル事業」に選定されるなど、革新的な試みに注目が集まる街でもあります。また、海が近くサーフィンを楽しむ人が多いためか、お寺や神社が点在する土地柄からか、おいしい朝食を提供するお店も多く、街は朝早くから魅力的に動き出します。そんな鎌倉に2018年4月にオープンし、話題となっているのが「まちの社員食堂」です。
社員食堂の名前の通り、お店を利用できるのはこの街で働く人々。ただし、単なる社員食堂ではありません。食堂を企画・運営する面白法人カヤックの渡辺裕子さんにお話を伺いました。
「まちの社員食堂では、月曜日から金曜日まで週替りで、朝食・昼食・夕食の3食をご提供しています。料理を担当するのは、鎌倉市にお店を構えるカフェやレストランなど。鎌倉で働く人であれば、どなたでもご利用いただけます。また、会員企業を募っており、現在27社の企業がまちの社員食堂の会員となり、福利厚生として当食堂を利用してくださっています。会員企業の社員の皆さんは、通常価格の100円引きで定食を食べていただくことができます」
鎌倉市で営業するカフェやレストランが持ち回りで料理を提供し、市内で働く皆さんが集う、まさに“まちの”社員食堂。こうしたコンセプトは、日本初の試みではないかとのことですが、どうしてこのような食堂をつくることになったのでしょうか?
「もともとは、当社に社員食堂がほしいと考えたのが発端でした。当社は、鎌倉に本社所在地をおきながら、従業員の増員に伴い主要拠点を横浜に移転。しかし、やはり当社の代表をはじめ、社員にとって思い入れのある鎌倉に戻りたいという思いから、昨年から一部部署の鎌倉移転を始め、この秋には鎌倉に新社屋が竣工する予定です。移転に伴い検討したのが社員食堂の運営でした。鎌倉にはとてもおいしいお店がたくさんあります。一方で、人気の高い観光地であり、飲食店が観光客の皆さんで混み合うことも少なくありません。そこで、手頃な価格で日々訪れやすい社員食堂をつくりたいと思いました」
しかし、カヤックが運営するのなら、単なる社員食堂をつくるのではおもしろくないと考えた、と渡辺さん。
「簡単に社員食堂をつくるのであれば、専門の会社に依頼することもできました。でもそれでは、おもしろくない。調べてみると、鎌倉には数多くの企業がありますが、自前の社員食堂をもつ会社は少なく、潜在的なニーズがあること、鎌倉のさまざまな企業の社員の皆さんが集う場所をつくれば、そこから新しい出会いが生まれるのではないかと考え、まちの社員食堂のコンセプトが生まれました」
社員食堂でありながら朝8時から営業していることも、この食堂をユニークかつ、鎌倉らしいと感じる理由のひとつではないか? そう伝えると、渡辺さんはこのように応えてくださいました。
「当社の社員は平均年齢30歳。手頃な価格で、ボリュームのある食事を求める世代ですし、栄養のある食事は社員が健やかに働くための基盤になります。そのため、朝食から夕食まで3食提供することは自然な流れでした。また、協力レストラン選定条件は、おいしくて、栄養のある料理を、できるだけ地元の食材を使ってつくってくださるお店としました。週替わりですので、毎週異なる食事を朝から食べることができ、毎食・毎週、鎌倉のおいしさを味わい尽くすことができるのが魅力です」
お話を伺ったこの日の担当レストランは、過去にミシュランガイドに選出されたこともある北鎌倉の『鉢の木』。朝食メニューは、とろろごはん、お味噌汁、小鉢と、ヘルシーかつボリュームたっぷりの『薬味たっぷりとろろごはん定食』でした。
「通常提供していない定食をつくってくださるお店も多いです。鎌倉で働く皆さんは、そうしたこともよくご存知ですから、人気のお店の日は、レアな1食を求めて、多くのお客様が足を運んでくださりますね。また、この食堂を通じて、新たにカフェやレストランのことを知り、通常営業している店舗を訪れてくださるお客様もいらっしゃるようです」
「朝、来店くださるのは、近隣のヨガ教室などで体を動かしてきた方や、朝早めに家を出て出社前に立ち寄ってくださる方などですね」と教えてくださったのは店長の石原愛子さん。
「朝は店内の雰囲気もゆったりとしているので、訪れる方もゆっくりと気持ちのいい朝の時間を過ごしてくださるようです。『いい一日の始まりになりました』『今日一日を気持ちよくすごすスイッチが入りました』と言って、お仕事に向かわれる方も多いです。『いってらっしゃい』とお見送りすると、私もとても健やかな気持ちになりますね」
そもそも、鎌倉に住む人、働く人たちは、街が好きで大切に思う人が多いと渡辺さん。「当社が、まちの社員食堂をつくろうとした、もうひとつの理由に「鎌倉で働きたい」と感じる人を増やしたいという思いがありました。鎌倉を住む場所としてだけでなく、働く場所としても魅力的な場所にしたい。そういう思いから、今春からまちの保育園の運営も始めています。ビジネスの視点から見ても、街の魅力が高まることは、自ずと魅力的な人材が集まることにつながります。今後も、鎌倉を住みやすく、働きやすい街にするための取り組みをお手伝いできればと思っています」
この思いに共感してくれる人は、とても多いと渡辺さん。
「まちの社員食堂の協力レストランになってほしいお店を訪ねて、趣旨をご説明すると、9割以上の確率で、『鎌倉に働く人のためになるのであれば』と、協力してくださいます。お店の方にとっては大きな収入になるわけではなく、運営する店舗に加えて料理を提供する準備が必要なため、負担もかかります。それでも話をすると快く応じてくださる様子に、改めてこの街に住む人・働く人の鎌倉愛を感じますね。また、これまでにない試みであっても、積極的に参加してくださるところも鎌倉らしいなぁと思います」
会員企業となる企業も増えつつあると言う。
「市役所も、会員企業のひとつ。多くの職員の方が食事をしに来てくださいます。こうした場で、役所の職員の方と、企業の方が言葉を交わし合う姿があったり、異なる企業の人同士が顔なじみになったりする。この場所を、人と人が知り合い、言葉を交わし合う場所、また鎌倉のおいしいを堪能できる場所として、さらに育てていきたいですね」
鎌倉の街が持つ“何か新しい、いいことが起こりそうな空気”は、こんな素敵な食堂の朝から生まれるのかもしれません。