食の知恵に導かれ、伊豆大島へ
Vol.4 サツマイモは島のヒーロー。
今日もどこかで、美味しく変身!
2019/01/17
Vol.4 サツマイモは島のヒーロー。今日もどこかで、美味しく変身!
食の知恵に導かれ、伊豆大島へ
2019/01/17
さて、お酒好きの人にとっては、サツマイモといえば焼酎。焼酎といえば九州。と思いきや、伊豆諸島でも焼酎造りが盛んに行われています。
伊豆諸島での焼酎造りの始まりは江戸時代後期の八丈島と言われています。当時の八丈島では、飢餓を避けるため穀類を用いた酒造りが禁止されていました。そこへ、密貿易の罪によって鹿児島の商人・丹宗庄右衛門が流れ着き、穀類がダメならサツマイモがあるではないかと、鹿児島で行われていた芋焼酎造りを伝えたのです。これが伊豆諸島に伝わり、伊豆大島でも焼酎が造られるようになったと言われています。
谷口酒造は、伊豆大島で唯一の酒造です。三原山に続く急な坂を少し上ると、おとぎ話に出てくるような、建物が見えて来ます。屋根の上には1本の椿の木がひょっこり。その名も『ツバキ城』です。
「屋根全体に土を盛り、芝生を植えているんです。今の時期は枯れちゃっててて寂しい感じですけど…」
案内してくれたのは、谷口酒造の三代目社長であり杜氏の谷口英久さん。伊豆大島唯一の酒造で、たった1人で焼酎を造っているという強者です。
「昔は杜氏や手伝いの人に来てもらっていたけど、今は自分1人でやってます。家族でも親友でも、どんなに信頼している人でも気を遣うでしょ?その気遣いをすべて焼酎造りに向けたかったんです」
原料の芋は無農薬の紅はるか。蜜が多すぎるとベタベタとして冷めにくく、焼酎づくりの流れが悪くなるから、ちょうどいいんだとか。芋焼酎を造る際のサツマイモは1回につき200kg蒸かします。5回で計1トン。1本ずつ洗って両端を切り落とし、半分に切って中身をチェック、傷ついた部分を削り落とすという作業をして、ようやく蒸す、粉砕という工程に進んでいきます。
「サツマイモの仕込みと平行して、麦麹をつくります。お米を研ぐように、麦を洗って水を含ませ、1時間以上かけて炊き上げ、そこに麹菌の種を蒔く。ひと晩置くと、蒸かした麦に麹菌が繁殖するんです。これを麹棚(こうじだな)に広げて1日かけてさらに繁殖させていきます」
麹棚の中は40℃ほどの湿った風が流れており、満遍なく麹菌が育つよう世話をします。麹菌が麦の芯まで入り込み、麦の表面を真っ白く覆うまで約40時間。
「赤ちゃんを育てるのと同じ。おなかが空いたとか、元気がないとか…わかるようになってきます。麹菌はとても弱くて繊細。温度、湿度、酸素、時間の管理はもちろん、他の強い強い菌からも守らなくちゃいけない。仕込みの間は強い菌を持つ納豆は食べないし、酵母を持っている果物や野菜を素手で触るのも控えています」
麹菌が育った麦麹はタンクに移され、水と酵母菌を加えていよいよ発酵へと進みます。これが〝一次発酵〟。酒づくりには水が大事と言われますが、大きな川も田んぼもない伊豆大島。酒造りに欠かせない水のことが気になります。
「伊豆大島の水は地下水で、すぐに近くに海があるから水道水も少し塩分を含んでいて、焼酎づくりには向いていない。だけど、ここは裏山にいい湧き水があるんです」
溶岩が積み重なってできた三原山は、天然の濾過装置のようなもの。雨水が溶岩の隙間をゆっくりと時間をかけて浸み込んでから湧き出しているため、きれいな水が湧き出しているのです。
郷土資料館に問い合わせてみると、昭和30年代に水道が普及するまでは湧き水だけが頼りで、女性は毎日水を汲むために湧き水のある場所に通わなくてはならなかったそうです。伊豆大島では、水はとても貴重なもの。古くから大切に扱われ、今でも湧き水が出る場所には『水神様』が祀られています。島の女性の伝統衣装「あんこさん」が頭に乗せた木桶は、日々の水汲みの必須アイテムだったのです。
「一次発酵では、塩を加えるのが一般的ですが、うちではニガリを使っています。同じ伊豆大島で塩づくりをしている『OHSHIMA OCEAN SALT』の阪本章裕さんと話していて、『塩よりニガリがいいんじゃないか』ということで、試してみたら菌が元気になりました」
ニガリとは、海水から塩をつくる過程でできる液体で、マグネシウムなどのミネラルをたくさん含んでいます。海のミネラルの効果でしょうか。同じ風土にルーツを持つもの同士だからでしょうか。「菌は生き物」ということを感じさせられます。
▼『OHSHIMA OCEAN SALT』の記事はこちら
Vol.1 『OHSHIMA OCEAN SALT』優しい海の味がする、手づくりの塩
さて、いよいよサツマイモの出番です。一次発酵で元気に育った菌は〝一次もろみ〟と呼ばれ、栄養源となるサツマイモを大量に食べて分解して、アルコールをつくっていきます。これが焼酎のもととなるわけです。この作業が〝二次がけ〟。
「〝二次がけ〟の発酵を促すために、音楽をかけてみることにしました。蔵にスピーカーをぶら下げて、けっこう大音量でモーツァルトの『レクイエム』をかけたら、発酵がとてもよくなりました。エアロスミスの『ゲット・ア・グリップ』では味がグズグズになってしまったし、エンヤもダメ。『レクイエム』じゃないとダメみたい」
『レクイエム』は鎮魂歌。とても暗くて長い音楽です。仕込みの約5ヶ月間、毎日朝から夜まで蔵にこもって作業をする谷口さんは「それはもう、気分が落ち込んで、しんどいんですよ…」と愚痴っていても、目はキラキラと輝いています。近年では〝音楽熟成〟という言葉もあり、音楽と発酵、熟成に関する研究も進んでいるようです。音楽を聴いて元気になるなんて、菌って可愛い。ますます愛着が湧いています。
サツマイモをたっぷりと食べた菌が、芋に含まれる糖を分解し、発酵を進めて充分なアルコールができたら、蒸留して原酒をつくり、貯蔵・熟成されます。
「原酒には油分が多く含まれているので、古くなると酸化して臭みが出ます。だからといってすぐに油分を除いてしまうと旨味まで失われてしまう。僕は旨味や雑味をほどよく残したかったんです。焼酎は時間が経つと味が変わっていく。蒸留した段階で油分を除いてしまうと、どんなに時間をかけて熟成しても美味しくならないから」
谷口さんがつくる焼酎を口にすれば、きっとすぐに納得できるでしょう。ひとくち、ひとくち、大事に味わいたくなる旨味と香りは、油分を絶妙に残しているから。
「焼酎をお湯で割って、2つのグラスを使って交互に移し替えて飲むのがおすすめです。こうやって、好みの温度になるまで移し変えて。はい、どうぞ」
差し出されたグラスを口に近づけると、鼻先にふわり、口に含むとさらにふぁ~っと香りが広がり、ふくよかな旨味と甘味が染み渡ります。華やかさと滋味深さ。こんな飲み方もあったのかと、思わず心がときめいたとともに、「焼酎はロック」と決めつけてきた数十年を、深く後悔…。
谷口さん曰く「焼酎は僕がつくっているというより、菌の力によるところが大きい。発酵は菌の力なくしてできないですから。菌が快適でいられる環境をつくって、美味しいごはんをあげる。これが僕の仕事なんだと思っています」
今年は、裏山の畑でサツマイモの栽培にも挑戦中。
「製造過程でできる焼酎粕を、土に混ぜてみたんです。そしたら葉っぱが大きくなって。芋も大きく育ってたらいいんですけどね。今年は、自分で育てたサツマイモで仕込んでみる予定です。正直、芋焼酎づくりはしんどくて、もう辞めたいって思うことも多いんですけどね。やっぱり辞められない」と谷口さんは笑います。そして真剣な顔で「美味しくできた焼酎は売るのが惜しい。でも、惜しい焼酎ほどよく売れる」とも。この人間臭さが、焼酎づくりににじみ出ているようです。
蔵のすぐ裏で育てたサツマイモ、裏山の湧き水、伊豆大島の海水から生まれたニガリ、そして目には見えないけれどあちこちに存在する麹菌が、谷口さんの指揮のもと力を合わせて焼酎をつくっているように思えてきました。〝御神火〟と呼ばれる三原山に見守られながら。
*ツバキ城にて試飲(有料)、販売可(要電話予約)。ホームページより通販可能
●伊豆大島へのアクセス
東京竹芝桟橋から高速ジェット船で1時間45分~、または夜行大型客船で6時間~。
その他、神奈川県横浜港、久里浜港、静岡県熱海港、伊東港等からの船便もあり。
東海汽船 TEL:03-5472-9999 または 0570-005710
URL:https://www.tokaikisen.co.jp/