食の知恵に導かれ、伊豆大島へ

Vol.4 サツマイモは島のヒーロー。
今日もどこかで、美味しく変身!

2019/01/17

伊豆大島といえば、海の幸が注目されがちですが、大地の恵みもちゃんとあります。しっとり甘くて、心もお腹も満たしてくれる…。連載第4回目は、今も昔も変わらない伊豆大島の人気者、サツマイモを深く掘り下げます。

伊豆大島では、米づくりが難しい

意外と知られていないかもしれませんが、伊豆大島は火山島です。100万年~数10万年前に海洋にあった3つの火山と、新たに海上に現れた火山が噴火を繰り返し、三原山が誕生。さらに噴火を繰り返し、今の伊豆大島が形成されたと言われています。

「ここでは田んぼができないから、米が作れないんです。その代わりに育てているのがサツマイモ。伊豆大島の土でもサツマイモはよく育つんです」

そう教えてくれたのは、大島超農産物直売所運営委員会の会長で、農業を営む“てっちゃん”こと篠崎哲郎(しのざき てつろう)さん。言われてみれば、伊豆大島を一周しても、田んぼはもとより大きな川も池も見かけません。

その理由は、土。火山の噴火によって流れ出た溶岩、火山灰を中心にして成り立っている伊豆大島の土は、水はけがよいため、水も養分も土に長く蓄えておくことが難しいのです。そのため、貯水池や川が形成されにくく、畑に水を引くことも、田んぼを作ることも困難。一方、サツマイモは、温かく、水はけのよい土地でよく育ち、病気にも強い。台風の被害を受けにくいから、伊豆大島の風土にぴったり合っているのです。

土の中で育つから台風が来ても大丈夫! 年中強い風が吹く伊豆大島では重要なメリット。

伊豆大島にサツマイモが伝わったのも江戸時代のこと。度重なる飢饉を憂いだ徳川幕府8代目将軍・徳川吉宗が、儒学者・青木昆陽(愛称は甘藷先生)がまとめたサツマイモのバイブル、『薩藷考』の訳本と種芋を伊豆諸島に配布したのが始まりでした。天候不順や病気に強く、火山土でも育つうえ、栄養価も高く、保存性にも優れるサツマイモはまさに救世主。伊豆大島の食を支える大黒柱になりました。

同じころ、サツマイモは江戸でも大ブームを巻き起こしていました。

「栗より旨い十三里」

甘くてホックリとした九里(栗)より、四里も美味しいから「十三里」。そう呼ばれたのが、サツマイモです。

ブームに火を付けたのは、なんと焼き芋! 武家地の出入り口で番をする番太郎という管理人たちは、毎朝6時ごろから夜10時ごろまで、せっせと焼き芋を作り、江戸八百八町、焼き芋屋のない町はないと言われるほどだったそうです。まるで今の時代でいう原宿のパンケーキ屋さん。サツマイモが焼ける甘~い香り漂う町角、ウキウキ顔で並ぶ人々の様子が思い浮かぶようです。

サツマイモづくりに欠かせない、ふかふかの土

伊豆大島では、その土を生かしてサツマイモがたくさん栽培されています。農産物直売所『ぶらっとハウス』には、秋になると定番の紅あずま、皮が白っぽくホックリ系の黄金千貫、人気急上昇中の紅はるか、シルクスイート、安納芋など、たくさんの種類のサツマイモが並び、みるみるうちに売れていくそうです。ああ、気になる。皆さん、サツマイモをどう料理して食べているのでしょう?

「サツマは天ぷらが多いかな」

「かき揚げもよく作るよ」

「うちは蒸かしてラップで包んで冷凍。チンしておやつに食べてるんだよ~」

と話してくれたのは、買い物に来ていたお母さんたち。

「焼き芋が美味しいですよ~。毎年焼き芋を作ってぶらっとハウスで販売してるんですけど、秋になると『焼き芋はまだ?』って声をかけられます。紅あずま、シルクスイートも、甘くてしっとりしてて人気ですよ」

と言うのは、最初にサツマイモのことを教えてくれた農家のてっちゃん。聞けば、ちょうど今がサツマイモの収穫期だと言います。

てっちゃんちの畑では10月ごろからサツマイモの収穫が始まります。同時に焼き芋のリクエストも急増。サツマイモは島の人気者です。

さっそく、てっちゃんの畑を訪問。芋掘りを体験させていただくことになりました。

1つの茎を辿って、慎重に土を掘り起こしていくと、何本ものサツマイモが土の中で仲良く立つように並んでいるのがわかります。最後は茎の根元を持って「エイっ」と持ち上げると、赤紫色のサツマイモが鈴なりで登場! しばし童心に帰ってキャッキャと芋掘り。ふ~っと頭を上げると、畑の端に刈り取られた芋の蔓、いわゆる〝芋がら〟が山積みになっていることに気づきました。捨ててしまうのは、もったいないような…。

「昔は、牛を飼っている家も多くて、芋蔓とか割れた芋なんかをエサにしてたんですけどね。今はもう牛を買っている家もほとんどないし、芋がらを作るのもなかなかしんどいんです。食べてくれる人もどんどん減ってるし」

ならば「芋蔓を肥料にしては?」と、ひらめき任せに提案してみましたが、答えはNO。芋蔓は肥料にするには成分が足りないんだとか。

「サツマイモも美味しく育てるには肥料は重要なんです。うちは芋の収穫後に麦を育てて、実ったらそのまま土にすき込んで肥料にすることもあります」

麦も立派な作物なのに、なんと贅沢な。サツマイモは痩せた土でも育ちますが、近年美味しさがレベルアップしているのは、新品種の登場だけでなく、こうした努力があってこそなのです。

土はふわふわ。手で掘ってほぐすことができるほどの柔らかさです。

〝てっちゃん〟と皆さんに慕われる、篠崎哲郎さん。サツマイモを見事な鈴なりで掘り起こすのは想像以上に神経を使います。

蜜がじゅわっとしみ出す、焼き芋は島の人気者

芋掘り体験を終え、作業場に入ると、ほんのりと芳しい香りが満ちています。薪ストーブの上にはアツアツの鍋が静かに佇んでいます。蓋を開けると現れたのは、断面にじゅわ~っと蜜がにじみ出した黄金色の焼き芋。

てっちゃん曰く「作業場の扉を開けたときの香りで、焼き芋が美味しくできてるかどうかがわかる」らしい。この香り、今日は美味しくできてるでしょう!

アツアツの焼き芋をひと口。蜜が焼けた香ばしさがふわ~っ。

「最近はしっとり系の紅はるかが人気です。蜜たっぷりだけど、しつこくないんですよ~」。てっちゃんの言うとおり、あっさりとした甘味で、お腹の容量が許す限り、飽きずにずっと食べていられそうです。

薪ストーブでつくる石焼き芋。芋の下には石が敷き詰められています。出来たては断面に蜜が浮き上がった状態。少し置くとなじんでしっとり。

皮も薄くてそのまま食べられます。焼けた蜜の香りがたまりません!冷凍しておけば、いいおやつになりますね。

「サツマイモに限らないけど、育てながら『どうやって食べたら美味しいかな~』っていつも想像してます。紅はるかの焼き芋をポテトサラダにしたら美味しいだろうな~って思いついて、家で作ってみたり」

袋詰めしたサツマイモには、品種ごとに味の特徴や食べ方の提案をさりげなく添えたり、『ぶらっとハウス』で販売を担当しているお母さんに、食べ方を伝言するなどの気配りも欠かせません。てっちゃんは「食べるのが好きだから~」と笑いますが、さりげない話の端々から、生産者としての責任感が伝わってきます。てっちゃんの背骨に、伊豆大島の食を支えてきたプライドがシャンと通っているのが見えるようです。

帰り際、畑の脇に「句碑考譚」と書かれた開拓史碑を発見しました。寝食を忘れて開拓作業をしたことに加え、こう刻まれています。

「労苦を共にせし人々も 数人の他界をみるに至る 初心忘ゝるべからす 小鳥は歌ひ花は舞ふ蜜と乳の流れるゝ里を この期に於いて当時を偲びて一句を詠じ後世に遺す 島人となりて一鍬春起す」(一部抜粋)

てっちゃんのお祖父さんで、伊豆大島の開拓に尽力した俳人の篠崎窓月先生が残した言葉です。

畑を耕す農家の方々。この地で採れるサツマイモを存分に楽しんで食べる島の人々。小さい頃から土に触れ、芋掘りをして収穫の喜びをおぼえる子どもたち。愛すべきサツマイモの島で暮らす人々のカラダには、先人たちが残した、たしかな食の景色が受け継がれているようです。

ぶらっとハウス

住所:
東京都大島町岡田字新開
TEL:
04992-2-9233
営業時間:
9:00~16:00
定休日:
無休(年末年始は休み)