食の知恵に導かれ、伊豆大島へ

Vol.5 椿油は島の実りの結晶。
無駄なく巡り、暮らしを潤す

2019/02/07

Vol.5 椿油は島の実りの結晶。無駄なく巡り、暮らしを潤す
Vol.5 椿油は島の実りの結晶。無駄なく巡り、暮らしを潤す

椿油といえば、ヘアケアやスキンケアに使うイメージの人も多いのでは?それもそのはず、椿油を見かけるのは、化粧品売り場であることがほとんどでしょう。ところが、伊豆大島では、椿油は化粧品として使うだけでなく、料理にも大活躍しています。世界各国のたくさんの種類の油が流通する今の時代にあってなお、暮らしに根付き続ける日本古来の椿油。長~い付き合いならではの、味わい深~い間柄です。

椿の実と椿油を交換する、昔ながらのやり方

「美容のための油」という椿油のイメージがガラリと変わったのは、椿の花が少し咲き始めた10月半ば。伊豆大島元町にある『高田製油所』を訪れた際のことです。4代目の高田義土(よしと)さんに少しお話を伺っている間に、大きな紙袋や箱を抱えた人が次から次へとやって来ます。高田さんと袋や箱の中身を確認して、重さを量り、軽くお話をした後、皆さん一様に嬉しそうな顔で帰って行くのです。

はてさて、高田製油所では一体何が行われているのでしょう? 

「収穫した椿の実を、しっかり乾燥させてからうちに持って来てくれたら、椿油か現金と交換するんです。これが伊豆大島の昔からのやり方。椿の実は収穫した後に乾燥させて選別して…油を搾るまでにとても手間と時間がかかるから」と高田さん。

大きな紙袋に椿の実(種子のこと)をいっぱい詰めて、姉妹で抱えて持ってきたというお母さんたちは現金と交換。

「実を拾うのはしんどいけどね。ここに持ってきたらお小遣いになるから嬉しいのよ~!」と、2人そろって満面の笑顔。

車でたくさんの椿の実を運んできたお母さんは、

「いつも椿油に交換しています。椿油は炒め物、天ぷら油に加えたり、和え物にも使いますよ。他の油も使いますけど、うちは椿油がなくちゃダメなの」

毎年常連のお父さんは、

「いつも息子家族にプレゼントしています。椿油は美味しいんだけど買うと高いから、とても喜んでくれてこっちも嬉しい!実の収穫も乾燥も、頑張り甲斐がありますよ」

姉妹で大きな紙袋を抱えてきたお母さんたちは、椿の実を現金と交換してニコニコ。椿の実はお小遣いの素でもあるのです!

「椿油は、美味しいんだ!」そのことを知らされるとともに、島の人々がこれほど楽しみにしている収穫の喜びを目の当たりにしました。

秋の伊豆大島を散歩すると、ザルの中で選別を待つ椿の実や、民家の庭先でシートの上にキレイに広げられ、乾燥を待つ椿の実を見かけます。

「乾燥、選別の作業は人柄が出ます。きっちりと仕上げてくる人は、椿油づくりに参加しているという自覚がしっかりある。だけど、乾燥が甘かったり、選別ができてない人もたまにいます。指摘したら改善してくる人もいるけど、何回言ってもカビを生やした実を持ってくる人もいる。これだけは、どうしても見逃せないですね」

高田さんは強い眼差しのまま、ガハハと笑います。その表情の奥に見えるのは、職人のプライド。椿油は商品になるだけでなく、実を持ち寄った皆のものでもあります。その品質を守る責任を、一身に背負っているゆえでしょう。

高田製油所4代目の高田義土さん。「作業場は隠し事なし。いつ見てもらってもいい。ただ、自分は油屋の職人だから、接客は得意ではないんですけど…」と言うけれど、時間があれば色々なお話を聞かせてくれます。

実の選別作業は、年間約100日

高田製油所は1929年に創業し、高田義土さんで4代目。創業以来、伊豆大島のやぶ椿を使った天然の椿油をつくり続けています。

「玉締め式圧搾機」による昔ながらの製造方法で、手間と時間をかけてじっくりと油を抽出していきます。まずは、椿の実を乾燥させ、1粒ずつチェック。島の人たちが椿の実を持ち込む際に選別していますが、最終的な選別は、高田さんと義理の兄である福井紀明さんが2人で行っているんだとか。

「1年のうち100日は選別してるんじゃないかなぁ」

2人して笑いますが、椿の実は油の品質の要。100%天然だからこそ、手を抜くことができない大事な作業。1粒ずつ手で触り、目で見て丁寧に選別していきます。

椿の実の選別は品質に係わる重要な作業。高田さんと福井さんの2人で黙々と手を動かす。

最低限の加熱で、椿の風味を生かす

選別し、厳選された実は、さらに乾燥させて、いよいよ油づくりの工程へ。

まずは椿の実を皮ごと粉砕器で潰して細かくします。硬くて黒々とした皮の中は鮮やかな緑色。鼻を近づけてみると、油になるとは思えない若い香り。

「皮ごと粉砕するから、椿油にはサポニンが含まれています。サポニンは大豆に含まれる抗酸化成分で、体がサビないように守ってくれるいい成分。椿の実の皮に多く含まれているから、丸ごと砕いて使うのが一番いい。少し渋みもあり、それも含めて椿油らしい風味ですね」

粉砕した実は、木桶に入れて蒸し場へ。

高圧の蒸気で蒸し始めると、まるで栗か何かを蒸しているようないい香りが作業場に広がります。

「蒸し時間は5分ほど。カサが減ってしっとりしてくれば、油が出やすい状態になります」

作業を担当する福井さんは、桶の中に木の棒を刺したり、なでたりして、蒸し上がった木桶を次の作業場へと運んでいきます。タイマーも時計も使いません。福井さん曰く、「木の棒で混ぜているのではなく、棒を刺した感触で蒸し具合を見極めている」とのこと。たかが5分蒸す作業と思われるかもしれませんが、ここにも職人の手と感覚が欠かせません。

粉砕した椿の実は、5分ほど蒸す。最小限の加熱で油を抽出しやすい状態に。

昔ながらの「玉締め式圧搾機」でじっくりと搾る

椿の実の準備が整ったら、いよいよ、油を搾る工程です。

蒸した実は、冷めないうちに厚くて頑丈な布製のカゴに詰められ、「玉締め式圧搾機」にセット。この圧搾機は、明治時代から使われているもので、キレイに磨き上げられています。ゴツイ鋳物の枠に大きな御影石という一見シンプルな作りですが、面白いことに油圧で下の台が持ち上げられ、固定された上の石に椿の実を押し当てて油を搾り出します。その油圧はなんと10トン。ギュー、ギューッとゆっくり圧がかかり、黄金色の油がとろ~りと溢れ出します。まるでハチミツ!

「そう、ハチミツみたいでしょ。溶かしバターみたいっていう人もいますね。搾り始めの油は甘みがあるんですよ。時間が経つとだんだんと渋皮に含まれたサポニンが抽出されてきて、最後のほうは少し渋みのある味わいになる」

商品になると、もちろん味のムラはなくなるけれど、加熱を最小限にして素材の味を生かしているからこそ、目には見えないサポニンの存在まで感じ取れるというわけです。

蒸し上がった椿の実を、玉締め圧搾機にセットする。大きな漏斗(ろうと)を使い、高田さん愛用の椿の枝でできた棒を使って圧搾用の容器にきっちり隙間なく詰めていく。相当な力仕事のはずですが、無駄のない動きで、静かに作業は進みます。使い終わった道具も、作業後の床もピカピカでまったく汚れていません。

5機並ぶ玉締め式圧搾機。下から圧をかけてじっくりと油を搾り出し、集められていきます。この機械に圧をかけているのが、作業場の中心に構えるベルト式変速機のような機械。これによって圧が自動で調整されているそう。

搾った椿油は、ひと晩静かに置いて不純物を沈殿させた後、数種類のフィルターを使って、風味を損なわないように濾過されます。完成した油を少し口にすると、木の実を感じるこっくりとした味わい。ほのかな甘味で存在感がしっかりとあります。ほどよくとろみもあるのでドレッシングやマリネにしても食材によく絡みそうです。

椿油は体にいい油だといわれています。オレイン酸を85%も含み、酸化に強く、血液中の悪玉コレステロールを減らす働きも期待できます。酸化されにくいとされるオリーブ油のオレイン酸量約76%と比べてもダントツ。オレイン酸は人間の皮脂とも成分が近いので肌にもよく馴染み、心地よく保湿ができるため、古くから美容にも用いられてきました。海風に当たって乾燥した肌や髪も椿油を塗ればしっとり、というわけです。周囲を海に囲まれ、限られた資源で暮らしてきた伊豆大島にあって、椿油が島の人々の健康を支えてきたことは、想像に難くありません。

椿の実と椿油を交換する人は、皆空きビンを持参し、それに油を入れてもらって持ち帰っていきます。無駄な資源は使わない、エコな仕組み。

島のやぶ椿だから、いい椿油ができる

今の時代、油の製造方法は多岐に渡ります。効率と安定供給を重視し、原料を高温で加熱して遠心分離機で脱色、脱臭する方法も珍しくありませんが、それでは本来の風味は飛んでしまいます。また、サザンカの種子を使った中国産の椿油は、やぶ椿の油とは香りも味もまったくの別物だそう。

「やぶ椿は日本原種で、他の品種に比べて糖質が多いから甘味があっていい油になる。伊豆大島は古くからやぶ椿が自生しています。島の土は水はけがいい火山土、それに雨が多い。いろんな条件が合わさっていい椿の実ができるんでしょうね。だけど、やぶ椿は苗を植えてから30年ほど経たないといい実がならない。しかも、実がなるのは1年おき。島内の椿農家からも仕入れていますが収穫量は不安定で、40トン確保できる年もあれば4トンしか集まらない年もあります」

原料の入荷量をコントロールできないから、量産できないし、価格はどうしても相応に高くなる。だけど、高田さんは「今の方法を変えるつもりは一切ない」と言い切ります。

「安定供給を目指して、効率よい方法で椿油をつくろうとは思わない。椿の実を島の外から持ってきて…ということも考えられない。受け継いできたものを変わらず淡々とこなすことが大事だと思っているから」そう話す高田さんですが、大きな夢も抱いています。

「椿は無駄がないんです。うちでもゴミはほとんど出ない。椿油は化粧品、料理用に役立つ。搾り粕は、肥料や燃料、焼き物の釉薬にもなる。椿の木は、いい実を付けるために剪定が必要なんだけど、剪定した木の枝はいい炭になります。もちろん料理やキャンプで活躍するよね。畑の周りでは防風林として役立っている。どこにもムダがないんだよね。椿が無駄なく自然と巡る暮らしはとても魅力的。島の内も外も関係なくたくさんの人に知ってもらいたいという気持ちはあります。たとえば、キャンプ場で、椿の炭を使って椿油の料理を楽しむ。同じ土地でできるものだからか、大島産の塩ともよく合うから、ぜひ試してもらいたい。それで、夜になったら、椿の炭の灯りとパチパチとはぜる音を聞きながら、ちびちび飲んで。こんな楽しみ方を伊豆大島で提案できたら最高だよね!」

熱く語られたのは、高田さんの夢であり、伊豆大島愛。

「秋から冬は、搾り作業に加えて椿の実の持ち込みが集中するから、今の時期は本当にキツイ。今日もほら、うつろでしょ」なんて言うけれど、もちろん冗談。淡々と作業をこなす無駄のない動き、ピカピカに磨かれた作業場には、キリリと引き締まった空気が漂います。

根っこにあるのは「伊豆大島が好き」という思い。近年移住者やUターン者が増えてきたこともあり「若い人も椿の実を収穫して持ってきてくれます。最初の年は上手に乾燥、選別できていなくても、1年、2年後にはきれいに仕上げてくる」と嬉しそう。

作業場の裏手にある家の縁側では、先々代であり祖父の高田八郎(はちろう)さんが日向ぼっこ中。

「寝てるみたいだけど、実は作業の様子をちゃんと見てる。応援してくれてるんです」

2019年。高田製油所は創業90周年を迎えました。

伊豆大島で、毎年秋から冬にかけて当たり前のように繰り返されている椿を巡る光景は、時代が移ろっても変わりません。この先もずっと、椿の実、そして椿油を中心に、人が繋がり、暮らしに潤いを届け続けることでしょう。

高田製油所

高田製油所

住所:
東京都元町1-21-1
TEL:
04992-2-1125
定休日:
不定休
URL:
http://www.tsubaki-abura.com/

*商品はホームページより通販可



●伊豆大島へのアクセス
東京竹芝桟橋から高速ジェット船で1時間45分~、または夜行大型客船で6時間~。
その他、神奈川県横浜港、久里浜港、静岡県熱海港、伊東港等からの船便もあり。

東海汽船 TEL:03-5472-9999 または 0570-005710
URL:https://www.tokaikisen.co.jp/

2019年1月27日~3月24日までは毎年恒例の伊豆大島椿まつりが開催中
URL:https://www.tokaikisen.co.jp/tsubaki_festival/

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