発酵を訪ねる
ワインの肴になるパンを。
「さかなパン店」がこだわる旨みたっぷりなパンの秘密
2019/07/11
発酵を訪ねる
2019/07/11
あるときは学芸大学の洋菓子店で、あるときは目黒のイタリアンバルで…。「さかなパン店」は、都内近郊の知人が経営する店舗を間借りし、不定期で出店するパン屋さん。月1~2回ほどのペースで営業しています。
生地の発酵にこだわった味わい深いパンがワインのお供にぴったりと、パンマニアのあいだで話題を呼び、今では開店直後からパンが飛ぶように売れる人気店。ソムリエの資格を持ち、パンやワインづくり、料理の経験を積んで、2018年から「さかなパン店」を運営する西野文也(にしの ふみや)さんに、パンづくりのこだわりや開店までのいきさつなどについて伺いました。
SNSで突然出店が告知されるという神出鬼没の「さかなパン店」は、パンを購入するとグラスワインを1杯サービスでつけてくれます。来店したお客さんが、店主の西野さんと会話しながらワインとパンを楽しんでいるのが定番の光景。パン好き、ワイン好き、どちらも集まります。
知人の店舗の閉店時間を利用し、場所を「間借り」して営業するという形態は、2018年に東京・学芸大学にあるカヌレの専門店を借りるところから始まったのだとか。
「お店が土・日・祝日のみの営業だったので、空いている日を使わせてもらっていたんです。最初は全然売れなかったんですが、近所の方が常連になってくれて、だんだん成り立つようになったんです」
次第にほかの店からも「うちでやってみない?」と声を掛けてもらえるようになり、あちこちのお店を借りるスタイルが定着したのだそう。
「自分の店を持ちたいとは思っていましたが、すぐにはさまざまな理由で難しくて。それに、パンづくりを突き詰める時間も欲しかったんです。なので、今のような店舗を借りるという形で営業しながら、それを模索したいという思いがありました」
お店に並ぶのは、バゲットやカンパーニュ、フォカッチャ、くるみパンといったハード系のパンが中心。タイミングによってはサンドイッチも提供されます。ワインは日替わりで10~12種類。オーガニックワインを中心に、ソムリエでもある西野さんの選んだ、パンのお供に最適なワインを飲むことができます。
ダシのような味わいのワインからインスピレーションを得た西野さんのパンは、生地づくりの段階から旨みを出す工夫が織り込まれています。ヒントとなったのは、長野県木曽地方に伝わる「すんき漬け」。ゆでた赤かぶの葉や茎を水に漬けて乳酸菌発酵させた漬け物です。
「ワインとパンの共通点を探って発酵の本を読んでいる中で、すんき漬けを見つけました。確実にそうかはわからないのですが、すんき漬けの乳酸はワインの乳酸発酵と同じような成分で、カキと同じ旨味成分もあるみたいなんです。
パンづくりでは通常、塩を入れて発酵させますが、ワインの発酵には塩を使いません。すんき漬けも塩を使わないタイプの発酵なので、ダシっぽいワインができる発酵の活動に似ているのではないかと考えたんです」
すんき漬けの乳酸発酵をヒントに、ワインの発酵とパンの発酵を融合させた生地づくりを模索し始めたといいます。
「水に小麦粉を入れて2~3日置くと、水がシュワシュワしてきます。この水を使うと、明らかにパン生地の酸味の感じが変わったんです。旨みも加わった気がしました」
ワインづくりに使ったぶどうの搾り粕から発酵種を起こし、塩を使わず水に小麦粉を入れて3~4日置いた乳酸発酵水を使用。生地が出来上がるまで、約1週間近くかかるのだそうです。苦労するのは発酵のコントロールで、「毎回同じパンにならないところが、興味深いところ」と西野さん。
「同じようにやっても季節によって発酵の具合も違います。そもそも、同じように作ろうという気持ちはないんですけど(笑)。前回はこのやり方だったから今度はこっちにしようとか、軸はぶらさず、今は最適な味わいを模索している状態ですね。
うちのパンは、『できるだけ自然に、シンプルなパンづくり』がコンセプト。さまざまな菌が生きていることが自然だからこそ、それを活かすことで複雑な味わいが生まれるんです」
西野さんは23歳からパン職人の道へ。その後、清澄白河にあるフジマル醸造所で3年間ワインの醸造に携わり、そのレストランではキッチンにも入っていたそうです。パンにきのこのコンフィを巻き込んだ「さかなパン店」の定番「きのこパン」は、ワインに合う料理を提供してきた当時の経験が役立っているといいます。
「ワインから発想してパンや料理がある。その3つがお互いに影響し合っています。ただ、『パンとワインのペアリングを突き詰めたい』という気持ちはありません。白ワインに赤身肉を合わせても、その食べ合わせが好きならそれでいいし、『この料理にはこのワイン』というのではなく、もっと気軽に楽しめるような雰囲気を大事にしたいと思っています」
現在は「さかなパン店」の独立店舗の準備を進めているそう!これまではパンの販売のみでしたが、自身のお店では料理も提供したいと語ります。
「作りたいパンは、特別なものではなくてデイリーで楽しめるパン。パンやワインを家に持って帰って食べることもできるし、店内で食べたり飲んだりできるような、家族や友人同士で楽しめる店にしたいですね。自分が行きたくなるようなお店が理想です」
かつてはバンド活動に熱中していたときもあり、昔から「表現したい」という気持ちが強かったという西野さん。
「パンを作るようになって、バンドは辞めました。かつては音楽だった自分の表現手段が、今はパンなのだと思います」