発酵に恋して。
セレッソ大阪寮母・村野明子さんが語る、
アスリートと食の深い関係
2019/09/05
発酵に恋して。
2019/09/05
北海道コンサドーレ札幌の独身寮、ヴィッセル神戸の若手育成センター「三木谷ハウス」を経て、現在はセレッソ大阪の寮母として選手たちの生活を食事の面からサポートしている村野明子さん。今やサッカー選手のみならず、さまざまなプロスポーツ選手の栄養指導や、学生・主婦向けの講演会、レシピ本の出版など、食事のプロとして幅広い活動を行っていますが、寮母になる前は、ご本人曰く「普通の専業主婦」だったといいます。
そんな村野さんが寮母になったきっかけとは?また、選手たちの食事を作る中で大切にしていること、さらには寮母になったからこそ見えた今後の展望を教えていただきました。
24歳で結婚し、専業主婦として2人の子供を育てていた村野さんが、北海道コンサドーレ札幌の選手たちに食事を作ることになったのは35歳のとき。チームの管理部長をしていたご主人から頼まれたことがきっかけだったといいます。当時の村野さんにとっては、まさに「寝耳に水」だったそう。
「そのころ、私は子供たちと東京で暮らしていて、主人は札幌で単身赴任をしていたんです。主人からは、『選手たちが外食ばかりしていて、あれでは体が動くわけがない』ということで私に話が来たのですが、私は私で家族の食事しか作ったことがなかったですし、アスリートの食事がどういうものかをまったく知りませんでした。
主人からは『(札幌へ)来るなら2日で決めて』と言われたので、『行きます』と答えてしまいました(笑)。でも、もっと検討する時間があったら断っていたかもしれません。時間を与えると、考えすぎて行くのを躊躇すると思ったんでしょうね。私の性格を知っている主人らしいやり方だと思います(笑)」
こうしてスタートを切った北海道コンサドーレ札幌での食事づくりでしたが、最初からスムーズに進んだわけではなかったそう。
「始めたばかりのころは、出した食事を完食してもらえないなど、うまくいかないことの連続でした。特に最初の1年は、『札幌まで来て何をやっているんだろう…』と思うことが多かったですね。
それが、だんだん選手たちとコミュニケーションがとれるようになると、彼らの食事に対する要望や、体調が良くなったという話を聞けるようになったんです。私自身、何冊も食にまつわる本を読んで勉強していくうちに、それまで家族に作っていた料理でも、ボリュームやバランスを変えれば十分アスリート食になることがわかってきたんです。
そのころからですね、誰かの役に立っていると思えるようになったのは。札幌に行って2年が経って、チームの寮ができることになり、寮母として選手たちと一緒に生活をすることになりました。それは、選手たちとの関係がうまくいっている証拠なのかなと思ってうれしかったです」
北海道コンサドーレ札幌で6年間を過ごし、次はヴィッセル神戸の若手育成センター「三木谷ハウス」の寮母を10年務めた村野さん。そして、2019年1月からは、セレッソ大阪での寮母に加え、所属する小学生選手たちへの食育サポートを行っています。
育ちざかりの子供たちに食事を作ることになった今、最も意識していることとは?
「これは、今の職場に限ったことではないのですが、まずはおいしく食べてもらうことを第一に考えています。一般的な寮は、盛り付けた状態で棚に置かれた食事を、練習から戻ってきた選手が各自でとって食べることが多いらしいのですが、私はできたての食事を食べてもらいたいと思っているんです。
そのために、『あとは炒めるだけ、和えるだけ』といった、完成直前の状態まで調理しておいて、子供たちが戻ってきたら最後の仕上げをして、アツアツで食べてもらうようにしました。
また、盛り付けるときもキッチンの中ですべてを終えるのではなく、カウンターにフライパンを置いて、子供たちの目の前で盛り付けたりもするんです。自分たちの食事が目の前で仕上がっていくワクワク感も、楽しみのひとつになるんじゃないかと思って」
もちろん、栄養のバランスを考えることも重要。そこで活用しているのが、発酵食品だといいます。
「納豆やヨーグルトは冷蔵庫に入れておいて、いつでも自由に食べてもらえるようにしています。それから、キムチも欠かせない食材のひとつ。そのままでも、炒めても、スープにしてもおいしくいただけるので重宝しています。
また、神戸時代は甘酒もよく作っていました。甘酒と豆乳を混ぜた物に、グラノーラをかけて出していたのですが、選手たちからすごく好評でしたね。発酵食品には整腸作用もありますし、1食に1品は必ず何かしら入っていると言ってもいいほど欠かせません。
特に、小中学生くらいの子は、白飯をしっかり食べることも大切なんですよね。食が細い子は、疲れやすくなってしまうので。そんなときに納豆やキムチを出せば、白飯も進みますし、栄養もたっぷりとれるので一石二鳥なんです」
このほか、小中学生に必要不可欠なカルシウムは、桜えびやじゃこを意識的に使うことでカバーしたり、たんぱく質は動物性と植物性の両方を用いることで吸収率をアップさせたりなど、体づくりのためのさまざまな工夫があるといいます。
「一度にたくさんの栄養をとってもらいたいときにおすすめなのが、スープです。特に、夏場は冷たい物をとりがちで、胃腸が冷えやすいですよね。そうなると、食欲が落ちてしまうんです。
その点、スープなら運動時の汗で流れてしまった塩分や水分も補えますし、野菜や肉、豆など、いろいろな具材が使えます。何より、体を内側から温めることができるので、夏こそスープを出すことが多いですね」
さらにもうひとつ、村野さんが実践しているという、簡単な栄養バランスのとり方があるのだそう。
「寮母を始めたころ、読んだ本に書いてあったことなのですが、食事の中に5色の食材をまんべんなく取り入れて、栄養バランスをとるという考え方があります。黄は炭水化物、赤はたんぱく質、緑はビタミン、白はカルシウム、黒は鉄分で、食材の見た目の色が、そのままその栄養素を表しています。
もし、白が足りなければヨーグルトを追加するとか、黒が足りなければお味噌汁にワカメを入れるとか、簡単でわかりやすいのでおすすめですよ」
村野さんが寮母として働き始めて丸16年。自身の仕事で最もやりがいを感じるのは、どんなことでしょうか。
「この16年、一見難しく思えることも、やってみたらおもしろかった!ということの連続でした。そもそもの始まりだって、何の経験もなかった普通の主婦がプロのサッカー選手に食事を作るなんて、無謀だったと思いますから。
それでもやらせてもらって、間近で選手たちの体が良く変化するのを見たことで自信がつきましたし、それはイコール、食べる物が私たちの体を作っているという証ですよね。逆に言うと、食事に手を抜けば、それが体に出てしまうということでもあるので、寮母という仕事が選手たちの成長にとって、重要な役割を持つという気持ちは、常に持っています」
学校給食のように、ある程度の期間の食事メニューを事前に決めているのかと思いきや、「冷蔵庫を開けて、その日に作るメニューを決めている」ということには驚きでした。そんな風に、セレッソ大阪の寮母として日々奮闘中の村野さん、将来的にはこんな夢があるそうです。
「一番は、今の寮で食べている子たちの3年後を見てみたいってことですね。きっと、3年間食べ続けたら体が変わると思うんです。なので、まずは3年、今の環境でがんばりたいと思っています。
その後は…いろいろなチームや寮のサポートをしていきたいという思いがあります。もし、食事のことで悩んでいる寮があったら、その解決法をいっしょに考えたり、あるいは寮母さんを派遣したり、といったことをできたらと考えています。
最近は、寮母になりたいという若い女性も増えているので、そういう人たちの育成にも力を入れていきたいですね。そうした活動によって、スポーツ選手に限らず、寮で暮らしている人たちの環境を良くするお手伝いができたらと思っています」
スポーツ料理研究家。2003年から北海道コンサドーレ札幌、2009年からヴィッセル神戸、2019年からはセレッソ大阪の寮母として、食事面を中心に選手の生活をサポート。2011年には著書「Jリーグの技あり寮ごはん」(メディアファクトリー)を刊行するほか、食にまつわる講演活動や、レシピ提供などを行っている。