発酵を訪ねる
東京・千駄木の漬物マイスターが厳選。
冬に食べたい!全国ご当地漬物
2020/01/23
発酵を訪ねる
2020/01/23
ご飯のお供に、箸休めに、お酒のおつまみに…。漬物は、食卓に欠かせない発酵食品のひとつとして、昔から日本の食卓を彩ってきました。ところが近年、食生活の欧米化や塩分のとりすぎに警鐘を鳴らす風潮から、若者を中心に「漬物離れ」が進んでいるといいます。
築地市場の漬物卸問屋で20年働いていた柳沢博幸さんも、漬物文化の衰退を憂えていた一人。東京・千駄木に漬物専門店「やなぎに桜」をオープンしたのは、もっと多くの人においしい漬物を届けたいという思いが高じてのことだといいます。
今回は、そんな柳沢さんおすすめの、「冬に食べたい全国ご当地漬物」を紹介します。
元々、春夏に収穫した野菜や、海でとれた魚などの長期保存を目的として、原始時代から行われていた塩漬けに端を発する漬物。熟成して発酵した漬物のおいしさが周知されるにつれ、単なる保存食の枠を超え、平安時代には宮中行事にも登場するようになりました。このころ編纂された書物「延喜式」には、漬物に使用する野菜の種類や塩の量などが細かく記されています。
その後、江戸時代には「香の物」の名で庶民に親しまれるようになり、全国各地で特産品と気候を活かした漬物が作られるようになったことで、一気に種類が豊富になりました。以降、長きにわたって漬物は庶民の生活の中に溶け込み、日本の食文化を支えてきたのです。
漬物が家庭の食卓から姿を消すようになったのは、近年になり食生活や健康意識が変化し始めてからのこと。築地市場の漬物卸問屋で20年働いていた柳沢博幸さんも危機意識を感じていた一人でしたが、勤めていた卸問屋では客層がプロの料理人に限られ、一般の人に漬物のおいしさを伝える機会がほとんどなかったのだといいます。
「プロの料理人はコストを考えて買い物をしますから、私の一押しの漬物をおすすめできるとは限りません。おいしい漬物は全国各地にたくさんあるのに、そのおいしさを広く伝えられないことにジレンマを感じていましたね」
意を決した柳沢さんは、2011年、千駄木に「やなぎに桜」をオープン。「自分が本当に食べたい!」「食べ続けたい!」と思う漬物だけを店頭に並べることにしました。すると、お店には老若男女を問わず、たくさんの人が訪れるように。漬物の味を知った幼い子供が、母親の手を引っ張って来店することもあるといいます。
「漬物は本来、日常生活に寄り添うように存在しているもの。お店を通じて、漬物文化を取り戻していけたらいいですね」
全国各地にある、工夫を凝らしたおいしいご当地漬物。おいしい漬物選びのコツは、ほかの料理と同じく、旬の物を選ぶことだといいます。
そこで、「30年で1,000種類以上は漬物を食べた」と話す柳沢さんに、冬に食べたい漬物5種を教えていただきました。
赤カブを出荷する際に落として処理していた葉を、有効活用する方法として編み出されたという「木曽すんき」。塩を使わず、赤カブの葉が乳酸発酵した、優しい酸味が特徴です。
「そのまま食べるとかなりさっぱりとした味わいです。塩を一切使っていないので、鰹節を加えて、醤油少々で味付けしていただくのがおすすめです。地元では味噌汁やそばのつけ汁に加えて召し上がることもあるようです」
冬の訪れが早く雪深い秋田県で、天日干し以外に大根を保存する手段として生まれたのが「いぶりがっこ」です。素材は大根で作るイメージですが、「いぶり」は囲炉裏の火で燻すことを指し、「がっこ」は漬物を意味するので、大根に限らず人参などで作られた物も「いぶりがっこ」の名前で親しまれています。口に入れた瞬間、スッと鼻に抜ける燻製の香りが特徴的です。
飛騨地方の名物でもある赤かぶに、キュウリやナス、しそ、みょうが、ゴマなどを加えた醤油漬けです。
「一般的には『めしどろぼ』という名称で知られている漬物です。当店で扱っているのは、昔ながらの杉樽で漬け込まれた無添加の物。いくら食べても食べ飽きない素朴な味わいが魅力です」
生産量が少ないため、知る人ぞ知る「しゃくし菜漬け」。白菜や野沢菜に似て非なる食感と、味わいが魅力で、土壌に合う秩父地方を中心に作られてきた漬物です。
「しば漬けなどと似た工程で漬けこむ古漬けなので、乳酸発酵していて、やや甘口で若干の酸味が特徴の醤油漬けです。しゃくし菜はチンゲン菜の一種ですが、原料が希少なのであまり知られていないかもしれません」
お砂糖と麹で漬け込んだ上品な甘味と、ポリポリとした歯触りが魅力的な「べったら漬け」。元々は東京を中心に作られていましたが、次第に生産が縮小し、現在は埼玉県などで作られる物が主流となっています。お店で扱う商品も、埼玉県で作られた一品です。
「毎年10月、東京・日本橋大伝馬町の宝田恵比寿神社周辺にべったら漬けの露店が立ち並ぶ『日本橋 べったら市』では、一頃の名残を感じることができますよ。皮をむいた物と皮付きの物がありますが、私は大根の風味を強く感じられる皮付きが断然おすすめですね」
一年の疲れが溜まり、寒さで風邪を引きやすくなる冬。野菜を漬け込んで発酵させることによって発生する乳酸菌は、腸の健康や美容に一役買ってくれるほか、高い免疫作用も期待できます。
特に、いぶりがっこやべったら漬けなど、大根を原料とする漬物は水分を多く含み、消化を助ける働きがあるのが特徴です。お酒を飲む機会が増える冬は、漬物をつまみに加えるとアルコールが翌日に残りにくく、悪酔いせずにお酒の場を楽しめるかもしれません。
寒い冬こそ、漬物を上手に食卓に取り入れて、すこやかに過ごしてみてはいかがでしょうか?