発酵に恋して。

改めて知りたい和食のいろは。
日本の食文化を支える発酵の力とは?

2020/03/26

日本人の伝統的な食文化である「和食」は、2013年にユネスコ無形文化遺産に登録されました。中でも、日本の食文化の発展と切っても切れないのが、「発酵」です。醤油や味噌といった基礎調味料から、日本全国で造られる酒まで、さまざまな形でその技術が活用されてきました。しかし、あまりにも身近であるがゆえに、発酵の仕組みや利用法、日本の食文化との関わりといったことはよくわからないという人も多いのではないでしょうか。

そんな和食について、日本の自然が育んだ食材や発酵の技術、古代から未来をも見据えた和食の歴史など、多角的な視点で迫る初めての大規模特別展が、国立科学博物館で開催される予定です。
この特別展「和食 ~日本の自然、人々の知恵~」で、発酵に関する展示を手掛ける細矢剛先生に、日本が誇る発酵技術について詳しく解説していただきました。

発酵とは人間が生み出した、
すごい技術

解説の上手な細矢剛先生は、筑波大学や東京大学で教壇に上がることも。

国立科学博物館で開催される特別展「和食 ~日本の自然、人々の知恵~」において、「発酵」に関する展示を手掛ける細矢剛先生。現在は、国立科学博物館 植物研究部 菌類・藻類研究グループに勤務されていますが、以前は一般の製薬会社で働いていたそうです。

「大学、大学院と、ずっと菌の研究をしていて、その後は製薬会社に16年勤めていました。そこで担当していたのが、人間にとって有用なカビを見つける仕事です。すでに利用されているカビは、例えば麹カビやペニシリンなどたくさんありますが、私の仕事はまだ利用されていないカビが存在するのか、また存在するとしたらどのような作用があるのかということを見つけて、集めることでした。国立科学博物館に来たのは2004年なので、キャリアとしてはやっと両者が半々くらい。博物館の職員としては、ちょっと変わった経歴かもしれません」

長年にわたって菌の研究に携わってきた細矢先生によると、和食と密接に関わりのある発酵は、人間が生み出した優れた技術だといいます。

「和食のなかには、納豆や味噌といった発酵食品がたくさんありますが、それらは普通に収穫できる食物や生物ではなく、二次的な変化が加わることで、保存性が良くなったり、栄養価を高めたり、よりおいしくなったりするものです。このような微生物の働きによって、人間に有用なものを発生させることを『発酵』といいます。対して『腐敗』は、人間に害を与えるものですが、微生物にとって行っていること自体は、発酵も腐敗も同じなんです。

自然界にはさまざまな微生物がいますから、食べ物をそのまま放っておいたら大抵は腐ってしまいます。しかし、そこを腐らないように、なおかつ人間に有用なものにするために、私たちは昔から目に見えない微生物をうまくコントロールしながら利用してきました。発酵というのは、人間が生み出したすごい技術なんです」

奈良時代の文献にも
残っている「麹」

発酵を手助けする微生物のなかでも、日本人の食生活に欠かせないのが麹菌です。麹菌は、近年注目を集めている糀甘酒のほか、醤油や味噌、日本酒など、身近な調味料に多く使用されています。

「発酵とは、微生物をコントロールして使用するものだとお話ししました。その代表が漬物であったり、チーズやヨーグルトだったりしますが、これらは気温や水分量などの条件を人間が整えることによって作り出されます。けれども、醤油や味噌、糀甘酒の場合は、環境の条件を整えるだけではなく、麹菌を加えなければ造ることはできません。つまり、麹菌は偶然の産物ではありませんから、非常に工業的に進んだ技術であるといえます」

珍しい散麹(ばらこうじ)の標本。

麹菌には100を超える種類がありますが、日本で主に使用されているのは米にコウジカビを生やした米麹と呼ばれるもの。また、米粒の粒形が保たれたままの「散麹(ばらこうじ)」の状態で使われるのは、アジアの中でも日本だけであり、その歴史をたどると1000年以上も前になるそうです。

「麹の起源はよくわかっていませんが、室町時代にはすでに麹売りが存在しており、朝廷や幕府が麹の流通を制限する制度があったことも知られています。また、奈良時代の文献には、カビが生えた米を使って酒を造ったという記述も残っているんですよ。
米麹は、実は自然界で採れるものではありません。種麹(たねこうじ)といって、麹を作るための素から製造されます。種麹は12世紀後半から13世紀に開発され、現在日本でも種麹を作っているのは数社しかないんです」

木灰をまぶした米にコウジカビを生やして作られる種麹。

麹は発酵食品の味を
決める上での基盤

一口に麹といっても、いくつかの種類に分類されています。主に用いられているのは「黄麹」「白麹」「黒麹」で、日本の食文化では、地域や気候、用途によって使用する麹が異なるのが特徴です。

「わかりやすいのがお酒で、北の地域では黄麹で日本酒が造られるのに対し、南に行くにつれて焼酎や泡盛が多くなってきますよね。焼酎には黒麹が使われるのですが、黒麹にはクエン酸を生成する働きがあって、酸性が強くなることでバクテリアが入りにくいという特性があります。九州や沖縄といった南の地域は高温多湿であることから、その気候に適した麹を使うようになったと考えられます。
また、醤油にはショウユコウジカビ(醤油麹菌)が、泡盛にはアワモリコウジカビが使われるなど、作る物によって麹を使い分けていたりもします」

細矢先生によると、「麹は発酵食品の味を決める上での基盤」。一方で、最終的な味は、麹以外の要因も大きいそうです。

「例えば日本酒の場合、原料は米と麹と水の3つだけですが、さまざまな味の日本酒があります。それは、麹の種類の違いだけでなく、使っているお米の種類や地域による水の違いなど、さまざまな要因が相まって起こる変化です。同様に、醤油や味噌の味も、環境によってまったく味が変わってきます。どのように仕込むかというのも、それぞれ地域性があるんです。
日本という国は、北は北海道から南は九州・沖縄まで、多種多様な気候があり、そこに定着する生物が違いますよね。そのため、食べ物の多くは風土に合った形で発展していきました。発酵食品もそのひとつなんです」

展示を通して和食の
すばらしさを感じてほしい

今回開催される特別展「和食 ~日本の自然、人々の知恵~」では、「発酵」のみならず、「水」や「野菜」「魚」「きのこ」「海藻」といった和食に欠かせない食材の紹介のほか、縄文時代から現代に至るまでの和食の歴史など、多岐にわたる展示物が並びます。

特別展では、多角的な視点から和食に迫る。

「今回の展示では、日本の生物多様性がわかっていただけると思います。生物多様性というのは、『種の多様性』『遺伝的多様性』『生態系の多様性』から成り立っていて、その3つのバランスがとれている状態を指します。そのため、自然界そのものを語ることが、和食そのものを語ることでもあるのです。

なぜなら、海流があって、地面の質が違って、水の質が違って、採れる野菜や魚介類もそれぞれ異なるのですから。さらに、そこに麹をはじめとする菌や、技術などを取り入れて、和食というものが出来上がっているんです。今回の展示を通して、和食のすばらしさ、日本人の文化的特性を感じていただければと思います。

そして、日本人の高度な技術を集約した日本酒、醤油、味噌などの伝統食品の製造法を知ることで、普段何気なく使っている調味料に対してはもちろん、和食への印象もきっと変わるはずですよ!」

理学博士

細矢剛(ほそやつよし)先生

理学博士

細矢剛(ほそやつよし)先生

独立行政法人国立科学博物館所属。筑波大学生命環境科学研究科教授。まだ見つけられていない新種・新産種の菌の発見に日々いそしむ、菌博士。

特別展「和食 ~日本の自然、人々の知恵~」
開催:開幕日未定〜2020年6月14日(日)
会場:国立科学博物館(東京・上野公園)
時間:9:00〜17:00(金曜日・土曜日は20:00まで)
※入場は各閉館時刻の30分前まで
ただし4月26日(日)、29日(水・祝)、5月3日(日・祝)~5日(火・祝)は20:00まで。
4月27日(月)、28日(火)、30日(木)、5月6日(水・祝)は18:00まで。
休館日:月曜日、5月7日(木)・19日(火)
ただし、3月30日(月)、4月27日(月)、5月4日(月・祝)、18日(月)、6月8日(月)は閉館。
※開館時間や休館日等は変更になる場合があります。
入場料などの詳細は公式サイト特別展「和食 ~日本の自然、人々の知恵~」にて。