発酵人
発酵は人間社会の縮図――
ferment booksワダヨシさんの
発酵の楽しみ方
2020/04/09
発酵人
2020/04/09
健康面でも注目されている、日々の食卓を彩る発酵食品。キャベツを乳酸菌で発酵させるザワークラウトのような、手軽にできる発酵食品を自宅で作って楽しむ人も増えています。
ホームメイド発酵のブームに伴い、発酵食品に関するレシピ本などが多数出版される中、2019年12月に「発酵はおいしい! イラストで読む世界の発酵食品」(パイ インターナショナル)が発売されました。
発酵の歴史から意外な発酵食品、レシピまで、発酵の知識とおもしろさが凝縮された同書を手掛けた編集者は、発酵の魅力をどう捉えているのでしょうか。著者であり編集者でもあるワダヨシさんにお話を伺いました。
「発酵はおいしい! イラストで読む世界の発酵食品」を上梓されたワダヨシさんは、翻訳本「サンダー・キャッツの発酵教室」や「ナンプラーマン 魚醤男」など、発酵にまつわる本を手掛ける出版社ferment booksの編集者です。以前はカルチャー系の書籍を編集していたそうですが、ミニコミ誌「食と人 Ferment」の自主制作をきっかけに、発酵書籍の世界へと引き込まれていったのだとか。
「タイ料理の先生にインタビューをしたことで、元々好きだったアジア料理に発酵食品が多いことを知り、発酵を意識するようになりました。そこから学んでいくうちに、発酵は人間の世界にも通じるということを感じたんです。発酵食品は微生物が食品を発酵させておいしくしていく。それと同様に、文化や社会をおもしろく(おいしく)発酵させているのが人間なんじゃないかと考えたのです」
善玉菌と悪玉菌がいて、環境に応じてどちらにも変化する日和見菌が多数存在する。微生物の世界を人間社会の縮図のように捉え、善玉や悪玉などと微生物を擬人化する人も多いのだとか。そんな、メタファー(隠喩・暗喩)としての発酵が、とても面白い。――そんな発想から、発酵食品のおいしさのみならず、発酵の世界に魅了されていったそうです。
「編集者は、取材した内容をまとめたり整えたりして、伝わりやすい形に変えて読者に提示します。それも一種の発酵で、編集者は微生物と同じ役割を果たしていると思い、社名にも発酵を意味する『ferment』を用いました」
ferment booksという社名には、自分たちの手で発酵させた、より良い書籍を出していくという、会社としての宣言が含まれているのだそうです。
会社名に発酵を掲げたことで、本格的に発酵にまつわる書籍を手掛けていこうと決意したワダさんに、ある出合いが訪れます。それが、アメリカの「発酵リバイバリスト」であるサンダー・エリックス・キャッツ氏の著書「Basic Fermentation」です。
「『Basic Fermentation』はただの発酵レシピ本ではなく、現代の産業化された食文化のありかたを考え直してみよう、というサンダー氏の哲学が詰まっているんです。『人間が発酵を発明したのではなく、発酵が人間を生んだのだ』とか、彼の考えは共感できる点も多く、日本語版が出ていないならぜひうちで出そうと、『サンダー・キャッツの発酵教室』を翻訳出版しました」
サンダー氏の思想は、プライベートの発酵の楽しみ方も変えたといいます。例えば、ザワークラウトの発酵を促す菌の活動を左右する塩の分量ひとつとっても、あえて「僕は正確に量ったことはない」と書くサンダー氏に、ワダさんは影響を受けたとか。
「まずは、自分が思うようにやってみて、失敗したら原因を考えてリトライする。そのプロセスを観察して、発酵に何が起きているのかを想像しながら食材に向き合うのが楽しいですね。発酵は専門家のやることとか、レシピどおりにやらないとダメとか、難しく捉えられがちですが、そんなにきっちりやらなくてもおいしくできたりする。作りながら発酵の理屈やシステムがわかっていけば、食材が変わっても失敗しづらくなります。もちろん口にする物なので、腐敗などのリクスについては慎重に管理する必要がありますが、『これをしたらどうなるかな?』って気軽な気持ちで向き合うことで、発酵の楽しみ方が広がっていきました」
公私にわたって発酵を身近に感じているワダさん。みずからの手で生み出す書籍は、「発酵には食べたり作ったりする以外にも、楽しい要素がたくさんあることを伝えたい」との思いを大切にしています。
「例えば『発酵はおいしい! イラストで読む世界の発酵食品』では、あらゆる側面から発酵の楽しさや魅力を伝えたいと思い、文献や論文を読んで調べたり、国内外の工場へ直接足を運んだりして、完成まで2年近い歳月がかかりました。でも、その甲斐あって、微生物には野生と家畜があることや、国や宗教による発酵食品の扱い方の違い、タイのナンプラー工場へ実際に訪れたレポートなど、やさしい教科書的なことからマニアックな話まで、随所に盛り込むことができたんです」
ワダさんは、これまでの発酵関連の書籍に書かれていない、よもやま話を載せることを心掛けたそう。そこには、発酵の新たな魅力や、発酵が身近なものであることを知った上で、発酵の楽しみ方を広げてもらいたいという、ferment booksの編集者としての思いが込められています。そして、「ホームメイド発酵は未経験という人が、気軽にやってみようと思えるきっかけにもなってほしい」と願っているそうです。
「レシピどおり完璧に作るのもいいですが、自分の起こした発酵がどう変化していくかのプロセスを味わうことが楽しいですし、意味のある発酵につながるんだと思います。それは、人間社会における日々の自分にもいえること。あまりセオリーにとらわれずに、発酵への一歩を踏み出してもらえたらいいですね」
発酵や食の本を中心に手掛けるマイクロ出版社ferment booksの編集者。イラストレーター・おのみさ氏との共著「発酵はおいしい! イラストで読む世界の発酵食品」(パイ インターナショナル)を2019年12月に上梓。身近な食品から、世界中の発酵食品約250点をイラストでわかりやすく解説した内容が好評で、重版も決定。