Facebook Twitter -
一皿のものがたり
「おいしくて、かわいいが一番大事」
菓子研究家いがらしろみさんが語る
本当に好きなものを教えてくれたお菓子たち。
2020/05/21
一皿のものがたり
2020/05/21
お気に入りの器になにを盛りつけるのか。大好きな料理を盛りつけるのはどんな器がいいのか。そんな思いをめぐらせる食卓は豊かな時間を生み出します。「一皿のものがたり」では、器と料理にまつわる物語を語っていただきながら、その方の日々の想いや暮らしについてお話をうかがいます。
今回お話しいただいたのは、菓子研究家のいがらし ろみさんです。
鎌倉の駅を降り、鶴岡八幡宮から閑静な住宅街を抜けて緑の美しい小道を行くと、お菓子教室アトリエ ビスが見えてきます。ここはジャムと焼菓子のお店、ロミ・ユニ コンフィチュールや、メゾン ロミ・ユニなどを手がけるromi-unie(ロミユニ)のいがらし ろみさんが主宰する教室。冬はショコラテ ロミ・ユニとしてチョコレート菓子のお店にもなる場所です。ベルを鳴らすと、いがらしさんがにこやかに出迎えてくださいました。
鎌倉のお店、ロミ・ユニ コンフィチュールには、<いちごとミントと黒こしょう>、<いちじくとカシス>、<ブルーベリーとレモンピール>など、素材の組み合わせを見るだけでワクワクするようなジャムがずらりと並びます。また、素朴でかわいい焼菓子は一つ一つ味わい深く、何種類も選びたくなってしまうほど。今では多くの人が訪れるお店を経営し、お菓子教室の主宰や執筆なども行ういがらしさんが、菓子研究家になるまでには、さまざまな選択があったそうです。
「もともと子どものときからお菓子が好きでした。高校生の時、アルバイト先に選んだのもフランス菓子店。その後、菓子職人になろうと就職しますが、重い粉や材料を運ぶことや、素早い動きが求められる職人の世界は向いていないとすぐに気がつきました。でもお店でお菓子のことをお客様にお伝えし喜んでいただくのは、至福の時間。では、どうしたら好きなお菓子に関わって生きていけるだろうか?と真剣に考えたのです」
インテリアが好きならば、インテリアコーディネーターやスタイリスト、建築家など、さまざまな選択肢がある。なのに、お菓子に携わるには菓子職人しかないと考えてしまっていたことに気がついたという、いがらしさん。「自分にとって本当に好きなものとはなんだろう?」という思いを突き詰め、本場フランスでお菓子を勉強することに決めました。お菓子の知識をしっかりと得た上で、改めて自分にふさわしい仕事を選ぼう。本当に好きなこと、得意なことに力を注げば、必ず光が見えてくるという気持ちがあったと言います。
そうして、フランスのストラスブールとパリに留学。お菓子を学び、さまざまなフランスの地方菓子に触れる中で、おいしいコンフィチュール(フランス語でジャム)に出会ったことが、その後の菓子研究家としての道や、ロミ・ユニ コンフィチュールへとつながっていきます。
留学中、フランスのお菓子を食べ尽くしたといういがらしさんの心を、次に捉えたのがイギリスの焼菓子やお茶文化でした。
「イギリスの焼菓子は小麦粉の風味が強くて、とても素朴。それをミルクティーと一緒にいただくお茶の時間が、フランスのお菓子に慣れ親しんだ私にはとても新鮮でした」
そんないがらしさんが、今回用意してくださったのが、イギリスのヴィンテージのお皿とティーカップです。
「これは、ロンドンの『ヴィンテージヘブン』というお店で買ったもの。コロンビアフラワーマーケットという市場が開かれる通りに週末だけオープンするお店で、50年代、60年代の食器が積み重なるように売られています。色や形、模様などが好みのお皿に必ず出会えるので、ロンドンを旅するときは必ずここを訪れ、朝から3時間ほどじっくりと時間をかけて、お皿やカップを選ぶのが楽しみのひとつです」
「6〜7年ほど前のこと。この『ヴィンテージヘブン』のマダムと話が弾んだんです。マダムがもうすぐ日本に行くのよと言うので、鎌倉はとてもいい街だということ、そこで私がジャム屋をやっていることなどを話しました。そして、たまたまその日、いろいろな友人へのお土産として持参していた『文旦のマーマレード』をひとつ、マダムにプレゼントしました」
すると、マダムが「そういえば昨日新聞でマーマーレードアワードというのがあると読んだわよ。来年はあなたも応募してみたら?」と教えてくれたと言います。
「マーマレードの話題になると、側にいた人も、『私もマーマレードをつくるのよ』って、わぁわぁと店内で話が盛り上がり、とても楽しい時間でした。それまで賞やコンクールにはあまり関心がなかったのですが、この日の出来事がとても印象的で、応募してみようかなという気持ちになったんです」
また、イギリスの人に、ロミユニのマーマレードがどう評価されるか?ということにも関心がありました。
「マーマレードというのは、ジャムの中でも柑橘の皮を用いたもののことで、イギリスの人はマーマレードが大好き。自分の好みの苦味はどのくらい、皮の厚みはどのくらいがちょうどいいなど、一家言ある人が多いんです」
それは、日本でいうと梅干しに近い存在かもしれないですねと、いがらしさん。酸っぱさや塩辛さに好みがあり、“実家で漬けた味が一番”、“蜂蜜を使うのは…”など、一人ひとりに好みやこだわりがある感じが、よく似ていると言います。そんなマーマレードの本場でロミユニのマーマレードはどう感じられるのか、知りたいと思ったのだそうです。
「忙しくて、翌年は機会を逃してしまったのですが、マーマレードアワードの話を聞いた翌々年にグレープフルーツのマーマレードをエントリーしました。その後、エントリーしたことも忘れかけていたある日、ロミユニのマーマレードがゴールドを受賞したという知らせが届いたのです。とてもうれしかったですね。それ以来、何度かチャレンジするうちに、日本国内にもマーマレード仲間が増えていきました。数年後、ロンドンを訪れた際に、マダムにそのことを報告するととても喜んでくれましたね。旅の出会いから、こうしていろいろなつながりが生まれるのはとてもワクワクするし、刺激をもらいます」
そんな思い出のある『ヴィンテージヘブン』から持ち帰ったティーカップにはミルクティーを、お皿にはスコーンを合わせていただきました。風味豊かな小麦粉と発酵バター、生クリームを使ったスコーンは、お菓子教室でも大人気。外はさっくり、中はしっとりとした味わいのスコーンに、「キャラメルと発酵バターと塩」のジャムをあわせてテーブルに。ミルクティーとの相性も抜群です。
「ティールームでいただくお茶や焼菓子もとてもおいしいんですが、イギリスでは、教会のバザーでお母さんたちが手づくりした素朴な焼菓子に出会えたり、スーパーマーケットにも地元の人が日常的に食べるおいしいクッキーや、焼菓子が並んでいたりします。昔読んだ本の中に出てきたような、日々の暮らしに馴染んだお菓子に出会えると、自分とその街がどこかで繋がったような気持ちになって、燃えるんです(笑)。
このスコーンのイメージは、そんな風にロンドンのスーパーマーケットで出会った味。あの日のスコーンをつくりたい、そんな思いで材料の配合を考え、以来16年間つくり続けています」
かわいい色合いのカップにミルクティーを注ぎ、お皿に美しい焼き色のスコーンを盛り付けると、すべてがしっくりと馴染むのがよくわかります。「こうして盛り付けると、やっぱり気分が上がりますね」と、いがらしさんも目を細めます。
器をはじめ、ものを選ぶときの基準などはありますか?と伺うと、「かわいいけれど、かわいすぎないもの。ファンシーにならない、かわいさを持っているものが好きです」と、いがらしさん。ロミユニのジャムやクッキーのパッケージなどにもその感覚が活かされています。
「シンプルで、かわいいものが、変わることなくずーっと好きですね。パッケージは実用性がとても重要なのですが、同時にどうしたらかわいくなるか?を考えています。“おいしくて、かわいい” “かわいくって、おいしい”っていうのがいつだって一番大事。ずっとそこを目指してきたように思います」
「言葉にするのは難しいけれど、かわいさのバランス、ちょうどいいおいしさのバランスは、いつも自分の中にある」と語る、いがらしさん。
本当に好きだと思うことを常に大切にしてきた、いがらしさんだからこそ、そのバランスを見失うことなく、確かなものとして自分自身の中で育み続けてきたのではないか。にこやかな笑顔でお話くださる言葉に時折立ち上るしなやかな強さから、そう感じることができました。
「ずっと変わらない好きなものというのがあって、ジャムはその中のひとつ。『ジャム、つくりなよ。すごく楽しいし、おいしくできるよ』って、まだまだみんなに勧めたいし、もっともっといろんな味を紹介したいって思っています。長く関わってきた今も、この思いはなかなか消えない。いつまでたってもお菓子のことは、楽しいですね」
菓子研究家。romi-unie代表。
フランス菓子「ルコント」に入社後、フランス・アルザスに留学。ル・コルドン・ブルー・パリ校パティスリー・コースを卒業。02年 菓子研究家として独立。ジャムと焼菓子の店 ロミ・ユニ コンフィチュール(鎌倉)、焼菓子とジャムの店 メゾン ロミ・ユニ(東京 目黒)、お菓子教室 アトリエ ビス、ショコラテ ロミ・ユニ をオープン。