郷土食と、暮らしのこと。
滋賀県甲賀市『水口かんぴょう』
江戸時代から地域で受け継ぐ伝統製法
2020/07/22
滋賀県甲賀市『水口かんぴょう』 江戸時代から地域で受け継ぐ伝統製法
郷土食と、暮らしのこと。
2020/07/22
食文化研究家の清絢さんに、日本全国のさまざまな土地で出会った郷土食と、その土地の暮らしについて教えていただく不定期連載です。
滋賀県甲賀市水口。江戸時代の浮世絵『東海道五十三次』の水口宿を描いた歌川広重の作品には、夕顔の実を輪切りにし、くるくると切り出したかんぴょうを竿に干している女性たちの様子が生き生きと描かれている。今回は、清さんに水口のかんぴょうについて伺った。
「かんぴょうの生産地というと、栃木県がよく知られていますが、水口も古くからかんぴょうづくりを行ってきました。一節には、栃木のかんぴょうは水口から伝わったともいわれています」
梅雨明けからお盆までが、かんぴょう生産のピーク。大きな夕顔の実を回し、かんなをかけるようにして、薄く細長いかんぴょうになるよう手際よく剥いていく様子は、見ていて小気味いいと、清さん。
水口かんぴょうの生産者は、とても減っているが、今でも昔ながらの製法「無漂白・天日干し」を守っているのが特長だ。
「かんぴょうの実を収穫し、専用の機械で剥いたら、すぐにかんぴょう同士が重ならないように竿にかけて、そのまま天日干しで1日半干します。干す前には、厚さ3ミリ幅3センチほどのかんぴょうが、取り込むときには、厚さ1ミリ幅1センチほどにぎゅっと縮まり、かんぴょうとなります」
効率よく生産するために、白く漂白したり、機械で乾かすのが主流となっているかんぴょうづくり。そんななか、水口の生産者が手間はかかっても伝統的な製法を守っているのは、かんぴょうづくりを食文化として残していきたいと考えがあるからだ。
「伝統野菜や伝統製法の生産者というのは、全国的に減少傾向にありますが、近年は、地域の文化として残していこう、保存会をつくり、自治体としてもそれを支援しようという動きも起こっています。小規模であっても、地域でやりがいをもって、楽しみながら生産し、文化として残そうという考えはとても貴重だと感じます」
水口では、地域の神社が行う祭りに欠かせない食べ物として、かんぴょうを用いた寿司があることも文化の継承に影響を与えているのではないかと、清さんは言う。
「『宇川ずし』は、かんぴょうが主役の押し寿司です。水口の宇川地区にある宇川天満宮のお祭りの際に食べるごちそうで、今もつくり続けられていますが、このときに、地元でつくったかんぴょうは欠かすことができません。伝統野菜や伝統製法は、大変な労力がかかります。しかし、地域の行事食と連携していると、地元の人も『この味を残したい』『守っていきたい』という思いが強くなり、生産し続けていく、はりあいにつながるのだと思います」
出来上がったかんぴょうは、束ねて道の駅などで販売されている。
「干し上がったばかりのかんぴょうをそのままかじってみると、凝縮した甘みがあり、水で戻さなくても食べられるほど味わい深い。食材としては、巻きずしやちらし寿司に用いるのがよく知られた使い方ですが、それだけでなく、含め煮、汁物の実、炒めものなどさまざまな料理に利用できます。卵でとじるといった料理法も、地元では日常に食されているようです」
また、産地ならではの料理もあると、清さん。
「かんぴょうを剥き終わった夕顔のワタの部分を煮物や味噌汁の実にする料理が、地元の人に親しまれています。食べてみると、とろけるような舌触りに驚きました。ほどよい歯ごたえのあるかんぴょうと、やわらかな夕顔のワタを炊き合わせた一品は、とてもおいしく、かんぴょうの新たな魅力を発見した思いでした」
江戸時代から続く風物詩であり、地元の味として欠かせないかんぴょうづくり。この先、少しでも長くこの風景、この味が受け継がれていくことを願ってやまない。
食文化研究家
食文化研究家
一般社団法人 和食文化国民会議 調査研究部会幹事。
大阪府出身。地域に伝承される郷土食や農山漁村の食生活の調査研究から、郷土食に関する執筆や講演などを行う。
近著は『和食手帖』(共著、思文閣出版)、 『ふるさとの食べもの(和食文化ブックレット8)』(共著、思文閣出版)、『食の地図(3版)』(帝国書院)など。