発酵に恋して。
地ビールの先駆者サンクトガーレンが
「アマビエIPA」に込める想い
2020/09/10
発酵に恋して。
2020/09/10
日本の飲食店では、「生ビール!」と注文すれば、すぐにビールが出てきますが、海外では、「ラガーか、エールか?銘柄は何か?」と聞き返されることがあるそうです。
「ビールと一口にいってもたくさんの種類があります。好みや気分、合わせる料理などによってビールを選ぶ楽しさを、もっとたくさんの人に知っていただきたいですね」と語るのは、神奈川県厚木市のブルワリー「サンクトガーレン」代表の岩本伸久さんです。
エールビール一筋に情熱を傾けてきた岩本さんは、2020年4月に新型コロナウイルス感染症収束の祈りを込めて「アマビエIPA」を製造しました。日本の地ビールの未来とエールビールにかける想いについて、岩本さんに話を伺いました。
サンクトガーレンは、神奈川県厚木市に拠点を構えるブルワリー。代表の岩本伸久さんは、日本で地ビールが解禁になる前から、アメリカで小規模ビールの製造販売を行っており、日本クラフトビール界のパイオニアともいえる存在です。
そもそもビールは、その製法の違いにより「ラガービール」と「エールビール」に大きく分類されます。しかし、日本で流通するビールのほとんどはラガービール。低温でゆっくりと発酵させて造られ、シンプルでスッキリとした味わいが特徴です。
一方、サンクトガーレンが造るのは、それとは対極に位置するエールビールです。高温で一気に発酵させるため、エステル(果実のような香り成分)の個性が強く表れやすく、フルーティな香りに満ちた味わいが特徴です。
「日本で主流となっているスッキリとしたラガービールは、料理の味を邪魔しないので、どんなメニューにも合わせやすいですよね。対してエールビールは、フルーティな香りやホップの苦みなどキャラクターが強く、自分の好みや合わせる料理によって適した物を選ぶ楽しさがあります。華やかな香りやしっかりとした味わいなど、ビールそれぞれに大きな特徴がある点が魅力です。そして、これまでもこれからも、サンクトガーレンはエールビール一貫主義です」
長年、ビール造りに情熱を注いできた岩本さんですが、現在に至るまでにはさまざまな紆余曲折がありました。
「大学卒業後は、父が経営する飲茶店の業務に携わっていました。30年ほど前、アメリカに飲茶のレストランを出店することになり、僕も父といっしょにサンフランシスコに行ったんです。そこで初めてエールビールに出合い、『こんなビールがあるんだ!』と衝撃を受けました。『こんなにおいしい物を今まで知らなかったなんて、人生損していた!』と本気で思いましたね」
エールビールのおいしさに魅了された岩本さんは、自身もビール造りを決意します。しかし、当時の日本では規制のハードルが高く、ビールの小規模醸造が認められていませんでした。そこで、サンフランシスコにレストランを改装したビール工場を造り、アメリカでビール造りをスタートさせたのです。
その取り組みは、雑誌「TIME」や「Newsweek」といったメディアにも取り上げられました。そのニュースは日本のメディアにも飛び火し、1994年に国内でも小規模のビール醸造が認められるように。いわゆる、「地ビール解禁」です。
「それまでも、サンフランシスコで造ったビールを日本に逆輸入したり、六本木の直営飲茶店でノンアルコールビールを造ったりしていたのですが、アメリカから長時間かけてビールを運ぶと、一部は傷んでしまうんです。『やっぱり日本でビールを造りたい』と思い、1997年に厚木に醸造所を構えました」
その後は、国内外の数々の賞を受賞するなど順風満帆かに見えましたが、地ビールブームの陰りなどの影響もあり、一時期はビールを造れない状況に陥ってしまいます。
しかし、岩本さんは、何とか再びビール造りをするための道を模索。新たに1人で会社を設立し、「サンクトガーレン」として再起を果たしました。
そんなサンクトガーレンが、2020年に新たに始めた取り組みが「アマビエIPA」の製造です。
「新型コロナウイルスの感染拡大によって世界中が大変な状況にある中、海外のブルワリーでは消毒用のアルコールを製造するなど、さまざまな社会貢献を行っています。そんなニュースを目にしながら、『自分たちにできることはないだろうか』とずっと考えていました。
ちょうどその頃、あるスタッフが、疫病を鎮めるという妖怪『アマビエ』のラベルを貼った架空の瓶ビールの写真をSNSにアップしたところ、たくさんの方から『こういうビールが本当にあったらいいのに』という声をいただきました。
実は、サンクトガーレンでも、ゴールデンウィークから夏にかけてのビールイベントがすべて中止となり、新商品として仕込んでいたビールが、行き場を失ったままタンクに眠っていたんです。そこで、新型コロナウイルス収束の願いを込めて、『アマビエIPA』として発売することにしました」
ラベルのアマビエのイラストは、発酵好きにはおなじみ、「もやしもん」「惑わない星」などで知られる漫画家の石川雅之先生によるもの。岩本さんとは旧知の仲で、この話を聞いて快諾してくださったそうです。
当初、予定していた約1万2,000本は、2020年4月の発売と同時に完売。岩本さんはその後もアマビエIPAを造り続け、利益はすべて「新型コロナウイルス感染症:拡大防止活動基金」に寄付しています。寄付金は2020年6月末までの2ヵ月間で、約500万円に達しました。
「医療現場など最前線でウイルスと闘う方々へ、この取り組みが少しでも役に立てば、と思っています。一日も早い新型コロナウイルス感染症の収束を願いながら、また以前のようにビールイベントが開催できるようになるまで続ける予定です」
ビール造りは奥深く、繊細な作業。ビールが出来上がるまでには、途中で樽を開けて香りや味を確かめることはできません。
「『もっと甘味が欲しい』と思ってもなかなかうまく出せないこともありますし、発酵を強制的に止めることもできません。確かに、難しい部分はありますよね。しかし、ある程度のビールを造るのは、それほど難しいことではないと思うんです。
ただ、『本当に心から納得できた物は?』と振り返ると、そんなビールを造れたのは僕自身も数回しかないかもしれませんね。『もっとおいしく、もっと良いものを!』と、常に考え続けています」
サンクトガーレンでは、定番物のほかにもフルーツビールやスイーツビールも人気です。
「ビールは本来、手軽に楽しむ物。味わいや香りなど、いろいろなビールがあることをもっとたくさんの方に知っていただきたいです。
『自分の好みはこのビール』『この料理にはこのビールが合う』など、ビールの楽しみ方がもっと広がると思いますよ」
サンクトガーレン有限会社 代表
サンクトガーレン有限会社 代表
一升瓶ビール、スイーツビールなど、個性的なビールを仕掛ける神奈川県厚木市の地ビール蔵「サンクトガーレン」代表。これまで自身の手掛けた地ビールは、インターナショナル・ビアカップをはじめとする国際大会などでの受賞も多数。展開するビールは、公式サイトでも購入できる。