発酵を訪ねる

目指すは気持ちが泡立つ発酵場。
「発酵暮らし研究所&カフェうふふ」

2020/09/17

「発酵食品は体が楽に感じるんです」そう話すのは、千葉県・神崎町にある神崎神社の麓で「発酵暮らし研究所&カフェうふふ」を営む、酒粕料理研究家の寺田聡美さん。

どこか懐かしくて、口にするとほっとする。いつでもおいしい。胃に優しくて、何度でも味わいたい――日本人の心の奥底をゆさぶり、元気にしてくれる発酵の力に例えて、寺田さんは「この場所を、集まる人のこころを発酵させるような発酵場にしたい」と話します。
寺田さんが目指す発酵場の未来と、ご家庭でも簡単に挑戦できる発酵レシピについてお話を伺いました。

造り酒屋に生まれたけれど、
お酒も酒粕も実は苦手

寺田さんは、340年以上の長い歴史を持つ造り酒屋である寺田本家23代目の次女。ご主人は、24代目を継承した寺田優さんです。先代の頃から自然酒造りに取り組み始めたという寺田本家の原料は、無農薬米で、蔵に棲む自然の菌で発酵させ、機械もできるだけ使いません。文字どおりの手作りで生まれるお酒から出る酒粕や麹は癖のない酸味で、体に優しく栄養もたっぷり。
甘酒や粕汁、奈良漬け、粕漬けといった一般的な使い方のほか、普段の料理のアクセントや、洋風料理の味つけにも活用できるのだそうです。

しかし、寺田さんは「実はお酒も酒粕も苦手」。家業を手伝うようになったのは、優さんと結婚してから。それまでの寺田さんは、東京でマクロビオティックを学んだり、雑穀を使ったお料理を出すカフェで働いたりしていました。

酒粕料理研究家の寺田聡美さん。

「今度は生産者側に立ちたいなと考えていたとき、『そういえば、うちは造り酒屋だった!』と思い出して…(笑)。実家に戻って家業を手伝い始めて、あらためて発酵の奥深さに気づいたんです。そこから少しずつ、このおもしろい世界を、私のようにお酒が飲めない人にも知ってもらいたいと考えるようになりました。
それで、間口が広いカフェなら、お酒が好きで寺田本家に来る人以外にもアプローチできるかもしれないと思ったんです」

麹や酒粕を使ってレシピを作り始めたのは、そもそもこれらの活用法を知らなかったり、知っていても限定的だったり、寺田さんのように酒粕や麹が苦手だったりして、使いきれずに捨てられてしまうのがもったいないと思ったからなのだそう。

お酒や酒粕が苦手な人も
楽しめる味を追求

そんな想いから誕生した、「発酵暮らし研究所&カフェうふふ」があるのは、自然酒造りで知られる寺田本家の一角。寺田本家のレンガ塀と、隣の建物のあいだにある、通路の奥に見える建物の1階です。
以前は近くの蔵元の社員寮だった築40年のアパートを譲り受けてリノベーションし、2017年にスタートしました。

「手掛けてくれたのがすごくセンスのいい大工さんで、古くても良い物は上手に残しながら作ってくれました。自分たちでできるところは、蔵人や仲間にも協力してもらって。酒蔵で使われていた大きな木の蓋や木桶、道具なども、内装の扉やテーブルとして再利用しています」

自然光のふりそそぐ店内は、どこか懐かしさを感じるくつろぎの空間。

カフェで提供する料理の具材やソース、調味料、スープなどには、寺田本家の酒造りから生まれる麹や酒粕、甘酒などを取り入れており、発酵の恵みがいっぱい。

「本来なら捨てられてしまう物を活かしたカフェの内装と同じですね」

ほかにも使われる食材は、寺田本家の酒粕や麹のほか、地元の農家から仕入れるお米や野菜、菜種油、米粉など、身近な人々が心を込めて作ったものばかり。そのこだわりからも、自然の恵みをできるだけ活かして、体が喜ぶ物を作ろうという寺田さんの想いが伝わってきます。

とはいえ、カフェを始めた当初は、自分が伝えたいと思っていることをきちんと伝えられているのかわからず、悩んだこともあったという寺田さん。
それでも、試行錯誤を繰り返しながら酒粕や麹を取り入れたレシピをサイトで公開し、さまざまな発酵料理を考えては提供しているうちに、酒蔵ではなくカフェを目指して来訪する常連さんが増えていきました。
今では、地域の人はもちろん、遠方から訪れるファンも多くいます。

日替わりランチは、寺田本家の発酵調味料や天然醸造の調味料で味つけした、季節のお惣菜が並ぶ。

「数あるレシピの中でも人気のメニューは、その日によってお惣菜の種類が変わる日替わりランチや甘酒のカレー、酒粕と豆乳のクリームグラタン。不思議なことに、外国の料理に日本の発酵食品を加えると、どこか懐かしい日本の味に近づくんです。発酵食品を口にしたときの、体に優しく染み込んでいくような感覚は、日本で生まれた物を日本人が食べるという行為が理にかなっているからなんじゃないかなと思いますね。発酵食品を毎日食べていると疲れなくて、体が楽なのも、そのせいかもしれません」

訪れる人の気持ちが
発酵する場所にしたい

「カフェうふふ」では、「発酵のおいしさ、おもしろさを知ってもらいたい」というコンセプトのもと、不定期でイベントやワークショップ、料理教室なども開催しています。

寺田さんが目指しているのは、「カフェうふふ」を発酵場として育てていくこと。食べ、学ぶことで次世代に発酵文化をつないでいく役割はもちろんですが、「発酵食品」「発酵の仕組み」といったことに限らず、広く衣食住にまつわる文化にふれられる場所として、訪れる人の体と心がぷくぷくと発酵するような場になってほしいと願っています。

子供向けのワークショップも定期的に開催。写真は「チーズ工房 千」とコラボしたチーズづくり体験の一コマ。

搾りたての酒粕に水を入れてしばらくすると、小さな泡がぷくぷくと出てきて発酵が始まります。ここに来てくれた人の心と体が、帰るときには発酵の泡みたいに浮き立っていてくれたらうれしいですね。
微生物の働きで発酵した食べ物が腐らないように、おいしいご飯を食べ、新しい学びを得て発酵した心と体なら腐らない。そういう気持ちの発酵を、手助けできたらいいなと思っています」

子供から大人まで楽しめる!
「酒粕クラッカー」

料理家としても、身近にある麹や酒粕を使った簡単でおいしい発酵レシピを開発している寺田さん。そこで今回は、寺田さんの豊富なストックレシピの中から、「酒粕クラッカー」の作り方を教えていただきました。
子供のおやつにはもちろん、大人にはおつまみとして、寺田本家のお酒と合わせて楽しみたい一品です。

「私も子供も酒粕が苦手で、カフェのメニュー開発を始めた当初は、料理に酒粕を入れては『また酒粕を入れたでしょ!』と試食した子供に怒られていました。でも、この酒粕のクラッカーだけは、ぱくぱく食べてくれます」

酒粕クラッカー

  • [材料](作りやすい分量)
    自然酒酒粕(板粕)40g
    薄力粉200g
    小さじ1
    菜種油大さじ4
    大さじ4
  • [作り方]
    1. 酒粕はほぐしておく。
    2. 水以外の材料(酒粕、薄力粉、塩、菜種油)をボールに入れて混ぜ合わせ、ぽろぽろのそぼろ状態にする。手のひらでこすり合わせるようにして、酒粕を全体に行き渡らせる。
    3. 少しずつ水を加え、生地を練らないように、さっとひとまとめにする。
    4. 分量外の小麦粉を振った台の上に生地をのせ、麺棒で2mm程の厚さに伸ばし、全体にフォークで空気穴を開け、細長くカットする。
    5. 150℃のオーブンで25~30分程焼き上げる。

焼き上がりはカリッと香ばしく、酒粕なのにほんのりチーズのような風味が後を引きます。寺田本家の酒粕では、自然酒酒粕で作ると一番チーズに近い味を楽しめるそう。

「寺田本家で扱っている、どぶろくの造り方(菩提もと仕込み)を再現して醸した酒『醍醐のしずく』の酒粕や、玄米を発芽させて醸した酒『むすひ』の発芽玄米酒粕で作ると、また違った味わいが楽しめます。お子さんのおやつならそのままプレーンで。大人用にアレンジするなら、水を加える前にブラックペッパーを少し加えるのがおすすめです。酒粕の旨みや風味を活かしたお菓子づくりから、発酵の魅力を感じてもらえたらうれしいですね」

発酵暮らし研究所&カフェうふふ
寺田聡美(てらださとみ)さん

発酵暮らし研究所&カフェうふふ
寺田聡美(てらださとみ)さん

酒粕料理研究家。造り酒屋に生まれ育ち、身近にあった酒粕や麹を毎日の生活に楽しくおいしく取り入れるレシピを提案。考案したレシピは、自身が運営する「発酵暮らし研究所&カフェうふふ」で提供する。次世代につなぐ発酵文化を学び合う発酵場を目指し、さまざまなイベントやワークショップを不定期で開催。