郷土食と、暮らしのこと。
和歌山市 雑賀崎 漁師町で愛される
『あせ寿司 こけら寿司』
2020/11/26
和歌山市 雑賀崎 漁師町で愛される 『あせ寿司 こけら寿司』
郷土食と、暮らしのこと。
2020/11/26
食文化研究家の清絢さんに、日本全国のさまざまな土地で出会った郷土食と、その土地の暮らしについて教えていただく不定期連載です。
和歌山市の和歌浦に位置する雑賀崎。山の斜面に家がずらりと密集する景観は、イタリアのアマルフィにも例えられる美しい景勝地として知られている。今回、清さんが紹介するのは、この地で親しまれている「あせ寿司」と「こけら寿司」だ。
「和歌山県は、さまざまな郷土寿司がある土地です。熊野地方の高菜の浅漬けで包んだ『めはり寿司』や、新宮市の『さんま寿司』、那賀地方の『鮎寿司』などがよく知られています」と清さん。
寿司は、「なれずし」と「早ずし」に大きく分けることができる。私たちに馴染み深い、握り寿司や巻き寿司、ちらし寿司などは「早ずし」に分類される。一方、「なれずし」は、塩魚に飯をはさんで重しをして漬け込み、飯を乳酸発酵させた保存性を高めたもののことで、寿司の起源といえる。滋賀県琵琶湖沿岸でつくられている鮒寿司は、「なれずし」の代表格だ。
「雑賀崎の鯖のあせ寿司も、もともとは一旦塩漬けしてから塩を抜いた鯖と飯をアセという植物の葉できつく包み、木桶に引きつめて重しをし、一週間から長いもので数カ月漬け込んで乳酸発酵させた『なれずし』から始まっています。しかし、乳酸発酵させたなれ寿司は、独特の臭気があり、特に若い人の間で好き嫌いが分かれます。今では、乳酸発酵させず酢飯を使って手早くつくる『早ずし』のあせ寿司が広く親しまれるようになっています」
あせ寿司に使われるアセとは、暖竹(だんちく)とも呼ばれるイネ科の大型植物で、和歌山県沿岸には多く自生している。あせ寿司をつくる人は、山に入り葉を刈り取って材料にする。夏頃が最も美しく成長したアセが手に入るという。
「笹寿司や朴葉寿司、柿の葉寿司など、葉で包む寿司は各地に存在します。どの葉もその土地に豊富に茂っていて、簡単に手に入るものを用いるようです。『あせ寿司』に用いるアセは、力強く、野趣に富んだ葉です。そのため、あせ寿司の包みをほどくと、ほのかにアセの香りがうつり独特の風味となっています。今も多くの人に愛されていて、地元のお寿司屋さんやスーパーマーケットでも気軽に食べることができますよ」
また、和歌山市内に数多くあるラーメン店には、必ずと行っていいほど鯖の「あせ寿司」が、ゆで卵と一緒に置かれているという。
「最近は、本物のアセを用いず、アセを模したプラスチック素材の葉で包まれた『早ずし』も増えているそうですが、鯖の『早ずし』のような郷土食がラーメン店ですっかり定着し、若い世代にも愛されていることは、とても素敵なことだと思います」
さらに、この地方で、もう一つ知られている寿司に「こけら寿司」がある。
歴史的に「なれずし」の発酵が徐々に浅くなり、飯自体も食べるようになると、魚よりも飯を主体にした「飯寿司(いいずし)」「こけら寿司」がつくられるようになった。飯の上に乾魚や野菜をのせた「こけら寿司」は、現在の「押し寿司」や「箱寿司」の原型といわれている。
「雑賀崎でつくられるこけら寿司は、エソという魚のそぼろを使ったものです。エソは、とてもおいしいのですが、骨が多いため、かまぼこの原料などによく使われています。雑賀崎では、このエソを用いたこけら寿司も食べることができます。甘めの味付けがおいしい、おもてなし料理のひとつです」
日本には、その地域だけで食されている寿司が数多く存在すると、清さん。そうしたその土地ならではの郷土寿司を楽しむことも、旅の楽しみのひとつかもしれない。
食文化研究家
食文化研究家
一般社団法人 和食文化国民会議 調査研究部会幹事。
大阪府出身。地域に伝承される郷土食や農山漁村の食生活の調査研究から、郷土食に関する執筆や講演などを行う。
近著は『和食手帖』(共著、思文閣出版)、 『ふるさとの食べもの(和食文化ブックレット8)』(共著、思文閣出版)、『食の地図(3版)』(帝国書院)など。