発酵を訪ねる
世界の発酵みんな集まれ!
「発酵デパートメント」から見える未来
2020/12/24
発酵を訪ねる
2020/12/24
東京都・下北沢に、日本全国、世界各地から約450種の発酵プロダクトが集まる場所があります。『発酵デパートメント』と呼ばれるこの場所は、発酵デザイナー 小倉ヒラクさんが2020年4月にオープン。ローカル発酵食品などが揃ったショップと、発酵料理に特化したカフェレストランがあり、発酵を知るためのギャラリーやワークショップスペースとしても用いられています!
小倉ヒラクさんは、「見えない発酵菌たちのはたらきを、デザインを通して見えるようにする」ことを目指し、全国の醸造家や研究者たちと発酵・微生物をテーマにしたプロジェクトを展開。発酵食の研究を深め、フィールドワークを通してさまざまな発酵食に出会いました。
「地方の醸造所を訪れて、味噌や酒、醤油を見せていただいているうちに、実はうちの村には昔からこういうものがありまして…、と見たことのない発酵食が出てくる機会が度々ありました。そこから、その土地だけに流通している発酵食がいっぱいあるのだということに気づいたんです」
そこで、2017年から2019年の3年間47都道府県 全国150箇所の醸造所を訪れて発酵物を収集。47都道府県すべて異なる種類の発酵物を紹介する展覧会『Fermentation Tourism Nippon —発酵から再発見する日本の旅— 』のキュレーターを務めました。
展覧会には約5万人が来場。発酵が多くの人の関心を集めていることが明らかになった展覧会となりました。また、各地を訪れたことで、全国の醸造家とのつながりができたと小倉さん。
「醸造家の皆さんとお話をすることで、彼らはどういうことを必要としているのか、文化を継承するには何が必要なのかを肌身で感じることができました。そこで、発酵食をつくる醸造家と、食べる人と、オーガナイズする人とで文化を育てていく場所をつくろうということになったのです」
こうして生まれた発酵デパートメントのコンセプトは、『世界の発酵みんな集まれ!』。数百年にわたって育まれた伝統的な発酵食を集め、その背景や歴史を伝えること、そして伝統的な食材を現代の食卓で楽しめるよう料理の提案やワークショップの開催、醸造家から話を聞き、学べる場の提供などを行っています。
しかし、「発酵デパートメントは、セレクトショップではない」と小倉さん。店内にある450の発酵プロダクトは、すべて実際に足を運んで見つけたものや醸造家との縁によって集めたものですが、小倉さんがおいしいと認めた商品を集めたお店ではありません。発酵文化には地域性があり、手に取る人ごとにしっくりくる味が異なります。そのため、目玉の逸品を選ぶのではなく、カテゴリーを網羅的に集めるというやり方で商品を揃えているのだそうです。
「例えば、醤油であれば、濃口、薄口、再仕込み、たまり、しろたまり、魚醤、九州醤油の7種類を揃えています。もちろん、このなかにもさらに種類があり、九州醤油であれば、そのなかに濃口、スタンダード甘口、薄口の甘口があります。なぜこれだけ揃えるのかというと、多くの人には馴染みのない味でも、ある人にとってはなくてはならない味、懐かしい味だったりするからです。多様なルーツの人が訪れ、ルーツに紐づくものを買っていく、ここではそうした需要と供給が成立しています」
その言葉どおり、味噌の棚には、愛知県岡崎の大豆と塩のみで醸造された八丁味噌や、愛媛県宇和島の麦だけで醸した味噌が並ぶほか、山形県の大豆と麹を混ぜ合わせてつくる納豆や、高知県の微生物による発酵茶『碁石茶』、佐賀県呼子の鯨の軟骨を酒粕につけた珍味『松浦漬』など、ローカル色の強い調味料、食品等が一堂に集まっています。
発酵デパートメントのカフェレストランでは、10月から「発酵精進ランチコース」の提供が始まっています。前菜、発酵テイスティング、メイン、デザート、ドリンクのすべてに発酵食材が用いられたスペシャルなコースとなっており、メニュー構成は、小倉さん自身の悩みから発想されているそうです。
「僕は、食いしん坊なのに、ランチにガッツリしたものを食べると、午後眠くなってしまう。だから、午後に疲労感なく元気にすごせる、ちょっと贅沢なコースがあったらいいなという気持ちで企画しました」
<体に負担をかけない><殺生しない><季節の自然の恵みに感謝していただく>という精進料理の基本的なコンセプトを緩やかに取り入れ、動物性のものを用いず、にんにくなど刺激のあるものや、体が興奮するものは使われていません。また、グルテンフリーのため、多くの人に楽しんでもらえる食事だといいます。
この日は、米粉の皮を用いた「発酵点心」を前菜に、5つの変わり種の味噌を味わえる「利き味噌」と「季節の味噌汁」、ビーツとザワークラウトの漬け汁で旨味を出し、乳酸発酵のきのこの漬け汁で整えたメイン料理の「発酵ボルシチ風米麺」と、デザートの「酒粕甘酒のフルーツグラタン」、そしてドリンクに「老同志プーアール茶」をいただきました。
「動物性の食材を使っていないのにおいしいのは、発酵食が味のコクを補っているからです」と、小倉さん。どれも大変おいしく食べごたえがあります。また、日本の味だけでなく、西南アジアで多く食べられている米粉の皮を用いた蒸し餃子や、中国雲南省〜ミャンマーのミーセンという米粉麺、韓国のキムチ、ドイツや北欧、東欧などで食されるザワークラウトなど、小倉さんが訪れた世界各国の料理からインスピレーションを得てつくられているのも楽しく、「これはどんな味だろう?」と一皿一皿ワクワクしてきます。
コースメニューは、季節ごとに変わります。体にやさしく、おいしいお料理が食べられるとあって、店内には小さいお子様づれのお客様や、高齢の女性の姿も見られました。
新型コロナウイルスの流行のさなかにオープンした発酵デパートメント。2019年の展覧会では日本全国、世界各地から来たお客様が会場に溢れましたが、現在、発酵デパートメントのお客様は、近隣に住む人がほとんどだと、小倉さん。
「この半年は、発酵好きではない方とどうやってコミュニケーションを取るのかを学んだ半年間でした。最初は『おいしいお醤油がほしいです』とお店を訪れたお客様が、どうしたら『謎の漬物を漬けてみます』というような“発酵文化を育てる仲間”になっていただけるのか。そのことをたくさん考えました。徐々に、もともと発酵好きではなかった人にも裾野を広げることができているのは、怪我の功名といえるかもしれません」
さらにやりたいことは、まだまだあるといいます。
「新型コロナウイルスの影響もあり、今は95%が日本国内のものですが、今後は海外のものも充実させていきたいです。中国の発酵茶、アメリカのサイダー、欧州のワインや地酒など、世界中のものを集めていきたいと思います」
まさに『世界の発酵みんな集まれ!』というコンセプトそのままに、発酵デパートメントは、どんどんと面白さを増していきそうです。
最後に小倉さんは、発酵の未来についてこんなふうに話してくださいました。
「僕たちや、ここに集う醸造家、お客様が、発酵の未来を示しているように思います。もともと発酵食は、食品の保存など、“ないものを補う”ことを目的とした必然から生まれました。しかし、時代が進むにつれ、“おいしいから食べる”、“楽しいからつくる”へと発展し、そうした仲間が集まるコミュニティを形成するまでになりました。手間すらも楽しい、だから続けるというあり方が、新しい世代の発酵文化の中心になっていくのだと思っています。つまり発酵の未来にとって大切なのは、僕らや、発酵文化を育てる仲間たちが、楽しみ続けることではないでしょうか。
今後も、発酵デパートメントに来れば、それぞれの発酵プロダクトが持つ背景や存在する意味がわかる、そして、楽しくなる。そんな場所になるよう日本全国、世界各地の発酵文化を伝えていきたいと思います」
発酵デザイナー
発酵デザイナー
1983年、東京都生まれ。早稲田大学文学部で文化人類学を学ぶ。在学中に絵の勉強のためフランスへ留学。卒業後企業へ入社。東京農業大学で研究生として発酵学を学んだ後、山梨県甲州市の山の上に発酵ラボをつくり、日々菌を育てながら微生物の世界を探求している。全国の醸造家たちと商品開発や絵本・アニメの制作、ワークショップを開催。絵本&アニメ『てまえみそのうた』でグッドデザイン賞2014受賞。15年より絵本『おうちでかんたん こうじづくり』とともに「こうじづくり講座」をスタート。海外でも発酵文化の伝道師として活動するほか、雑誌、ラジオ、テレビでも活躍。17年~19年、47都道府県を旅し、日本の超ローカルな発酵文化を発掘。渋谷ヒカリエでキュレーターを務めた発酵食の展示会は大盛況。20年、下北沢に「発酵デパートメント」をオープン