発酵を訪ねる
富山の誇る発酵料理人・中川裕子さんの作る
「麹を食べるかぶら寿司」
2021/01/07
発酵を訪ねる
2021/01/07
富山県南西部に位置し、石川県金沢市に隣接する南砺(なんと)市。ユネスコ世界遺産に登録された、五箇山の合掌造り集落でも知られています。そんな同市が誇る郷土料理「かぶら寿司」をご存じでしょうか。かぶら寿司は、酢でしめた鯖(さば)をかぶで挟んで、麹に漬け込んで作られる発酵食品です。
このかぶら寿司づくりの名人の一人として、地元で一目置かれている発酵料理人が、中川裕子さんです。ケータリングを行うユニットを率いながら、クラフトビールのバー店主も務めるなど、伝統とモダンを融合した発酵食文化を南砺市から全国に発信しています。
今回はそんな中川さんから、料理人としての活動と南砺市名物かぶら寿司についてお話を伺いました。
中川さんの料理人としてのキャリアは、家業の理容室で働く家族や従業員のまかない料理づくりを、曽祖母から引き継ぐことでスタートしました。
「小学校5年生のときに、まかない担当だった曽祖母が高齢になって料理が作れなくなってしまい、両親に料理教室へ行くように言われたんです。すぐ裏に住んでいた料理の先生に郷土料理を習いに行くようになったのが、料理を始めたきっかけでした」
それから、かぶら寿司をはじめ、鯖寿司、よごし(炒め野菜の味噌和え)、ゆべす(卵と出汁の寒天)、いりごき(たくあんの煮物)、治部煮といった南砺市の郷土料理づくりに親しむようになった中川さん。やがて、かぶら寿司に使われる麹の存在を強く意識するようになりました。
それは、20歳を過ぎた頃、理容室に来ていた客の「八郎さん」が、全国に数軒しか存在しない種麹屋の一軒である「石黒種麹店」の主・石黒八郎さんで、日本有数の麹職人であることを認識するようになったことがきっかけです。
「それまでは、いつも髪を切っている近所のお兄さんくらいにしか思ってなかったのですが、大人になって種麹職人のすごさがわかったんです。八郎さんが身近にいなければ、今の私はなかったと本当に思いますね。最高の麹を作る人が、偶然すぐそばにいたんですから」
未熟児だった妹の子供に少しでもいい物を食べさせ、すこやかに育ってほしいという願いも、中川さんを発酵食品と、伝統料理の研鑚に向かわせた原動力のひとつだったといいます。
地元で料理の腕を知られるようになった中川さんは、市役所からのすすめで上京します。それがきっかけで幅広い人脈を得た中川さんは、郷土料理を全国に発信する活動を開始。そして、2010年頃にケータリングを行うユニット「OCATTE(オカッテ)」を結成し、富山県をはじめ全国でケータリングやワークショップなどの活動を展開するように。
2017年には、ケータリングの活動拠点を作る目的もあり、クラフトビール・バー「gonma(ゴンマ)」をオープンさせました。
「元々、クラフトビールが大好きで、店を始める前は富山のタナバタ・ビアフェスタ・トヤマをはじめとするビアフェスによく行っていたんです。地元のおいしい物、北陸のおいしい物を提供したいと思って、この店をオープンしました」
伝統的な郷土料理とは別のジャンルに思えるクラフトビールにも、強い思い入れのある中川さん。お店で展開するクラフトビールのおつまみは、かぶら寿司などの郷土料理はもちろん、モダンな感覚の創作料理や、スパイスを使ったエスニック風味のものまで、料理人としての引き出しの多さを感じさせる美味の数々が並びます。
最近では、金曜日限定で提供している「発酵スパイスカレー」が、1日60食も出る大人気メニューになっているのだそう。
「高校生の頃、インドカレーにハマって、図書館でレシピを調べてスパイスを買い集め、本格カレーを自作していました。発酵も好きだけど、今でもスパイスは大好きなんです」
中川さんの郷土料理を全国に広めるための挑戦は、まだまだ続きます。
2020年には、郷土料理の通信販売のために「28Store(ニワストア)」を立ち上げました。ブランド名の「28」は、中川さんの旧姓である丹羽にちなんでおり、最初の商品はもちろん、かぶら寿司です。
丹羽家のレシピを、八郎さんといっしょに磨き上げたという逸品に、発売直後から注文が殺到。富山市で行った期間限定のショップでも、かぶら寿司は連日完売が続いたそうです。
「うちのかぶら寿司は、『麹を食べるかぶら寿司』。一般的なかぶら寿司よりも、麹の量がとても多いのが特徴です。なるべく汁気を切らずにパッケージしているのは、この汁に旨味が凝縮しているから。切ってしまったらもったいないんです」
使用する麹はもちろん、八郎さんの石黒種麹店の物のみ。八郎さんが手塩にかけた最高の麹を、甘くなりきらない発酵途上の甘酒に加工して、鯖を挟んだかぶを漬け込み、気温を見ながら1週間ほど発酵させます。
出来上がったかぶら寿司は、麹の甘味、旨味、コクが豊か。とはいえ、不思議としつこさはなく、爽やかな食べ心地のため、器に残った麹も残さずいただきたくなるほどです。
鯖をしめる酢に、京都・飯尾醸造の「富士酢」を使うのは、中川さんのこだわりのひとつ。使われている米の量がほかの酢とはまったく異なり、甘味が豊かなのだそう。
かぶは、地元で農業に携わる中川さんの弟が育てた物を中心に、南砺市産を使用。仕込みは冬に行い、雪が降る一番寒い時がベストで、熟成してもかぶの歯応えが失われず、シャキッとした食感が味わえるため、最高に美味となるのだそう。
「気温が高めだと、かぶがやわらかくなってしまうんですよ。これを冷蔵庫に入れて再現しようとしても、不思議と同じにはならないんです」
かつては加賀藩の一部だったことから、石川県と共通する郷土料理も多い南砺市。かぶら寿司もそのひとつですが、石川県のように鰤(ぶり)ではなく、鯖を使うのが南砺市の特徴です。
「今後は、かぶら寿司だけでなく、鯖寿司やいりごきなど、南砺市ならではの郷土料理を、28Storeで紹介していきたいですね」
モダンスパニッシュなどにも関心を寄せる中川さんは、伝統を掘り下げながら、外国料理や食のトレンドへの目配りも忘れません。
郷土料理におしゃれな装いを与え、多くの人に届くようにと願う中川さんの料理人としての姿勢は、さまざまな活動に表れていることがわかります。
「将来は、大好きな街でもあるスペインのサン・セバスティアンでお弁当屋をやってみたいと思っています。和食なんだけれどモダンな感覚も盛り込んだお弁当を、スペインのグルメたちに食べてもらいたいですね」
南砺市の郷土料理が、遠く離れた美食の都に届く日も、そう遠くないかもしれません。
富山県南砺市生まれ。かぶら寿司、鯖寿司などの発酵食品を中心に、地元の郷土料理を日本全国、そして世界に発信する料理人。ケータリングユニット「OCATTE(オカッテ)」や、クラフトビール・バー「gonma(ゴンマ)」のほか、郷土料理を通信販売する「28Store」を運営。実家の「丹羽理容院」では、理容師としてハサミを握る5代目でもある。