発酵人
岡山県真庭市の「まにわ発酵’s」がオンラインで
発信する発酵の魅力
2021/01/14
発酵人
2021/01/14
酪農が盛んな蒜山(ひるぜん)高原で知られる岡山県真庭市。山々に囲まれたこの地は、県の三大河川のひとつである旭川の軟水に備中川の中硬水が流れ込み、豊かな水をたたえる場所でもあります。おいしい水と空気に囲まれ、かつては醸造業も盛んに行われていましたが、年月とともにその数は減少。大正時代には20軒あったという酒屋も、今ではわずか2軒になりました。
こうした事態を受けて、地元を盛り上げるべく立ち上がったのが、真庭市で事業を行う発酵企業で作るチーム「まにわ発酵’s」です。代表を務める河野尚基さんに、まにわ発酵’sのさまざまな取り組みと、見据える未来についてお話を伺いました。
地方への移住を考える人が増え、大都市一極集中の傾向に少しずつ変化の兆しが見えてきました。真庭市でも、近年は都心からの移住者が散見されるようになったといいます。
しかし、河野酢味噌製造工場の5代目として、長く真庭市に暮らす河野さんは、衰退していく産業に街の未来を重ねていました。
「おいしい水がある真庭市は、醸造業に適した街です。昔は、酒を筆頭に醤油や味噌も多く作られていたと聞いていますが、現在ではその数は激減しています。このままではさびしいので、なんとかしたいと思いました」
1888年の創業から、豊かな地下水と気候を活かした物づくりをこの地で続けているものの、醤油を作っているのもいつの間にか河野酢味噌製造工場を含む数軒だけになったそうです。
そこで河野さんは、旧知の仲間に相談します。お酒を飲みつつ皆で真庭市のこれからについて考えていたとき、ふと気づいたことがありました。それは、その場にいる人たちの共通点が、発酵であること。そして、真庭市には、ほかにも多くの発酵にまつわる仕事があるということだったのです。
「実は真庭市には、発酵を生業とする企業が10社も存在しています。日本酒、ワイン、チーズ、パン…。異業種ばかりで一見すると無関係のようですが、発酵をキーワードにすると、ひとつの大きなつながりが見えてきます」
真庭といえば発酵が息づく街。そんなイメージが浸透すれば、真庭の新しい魅力になるのではないか――そんな河野さんの呼びかけに応えて、異業種同士によるまにわ発酵’sが結成されました。
2012年に結成されたまにわ発酵’sは、これまで真庭市在住のアーティストのライブを楽しみながら発酵食を楽しむイベントや、地元レストランとのタイアップなどを企画・実行してきました。今回、新たに企画されたのが、地元の観光団体・真庭観光局が運営する募集型ツアーの「まにわ発酵ツーリズム」です。
当初は、実際に来県してもらうツアーを予定していましたが、新型コロナウイルス感染拡大を受け、オンラインに切り替えることに。2020年11月に実施した第1回に引き続き、「日本の田舎で作る洋酒」をテーマにした、オンラインツアーが開催されました。
オンラインツアーへの参加資格は、オンラインミーティングツールを利用できるインターネット環境があることだけ。申込みは、ウェブ上でツアー限定の「こだわり発酵詰め合わせセット」を購入すれば、完了します。
当日は、事前配送された詰め合わせセットを自宅で味わいながら、それぞれの工房や製造工程をオンラインで見学できる参加型のイベントです。今回の「こだわり発酵詰め合わせセット」には、下記の商品がラインナップされていました。
・三座[ROSE]
農業生産法人ひるぜんワインが運営する、ひるぜんワイナリーが誇る「三座[ROSE]」。蒜山高原の寒冷な気候の中、雄大な自然のもとで栽培された山葡萄を使ったワインです。
・酒粕スペシャルエール
「酒粕スペシャルエール」は、御前酒蔵元辻本店の純米大吟醸の酒粕を使った、美作ビアワークスのハイアルコール商品。酒粕の香りとコク、発酵由来の深い味わいが楽しめる。
・花と葡萄のエール ピオーネ
「花と葡萄のエール ピオーネ」は、ピオーネを使って、ワインに寄せるイメージで作られた一品。葡萄の香りと、ハイビスカスで補われた酸味、甘味を堪能できる。
・トミーノフレスコ クランベリー
チーズ工房イル・リコッターロの、1日かけてじっくり発酵させた牛乳フレッシュチーズ「トミーノフレスコ クランベリー」。口当たりはすっきりしているのに、不思議と濃厚!いつもはたっぷりのクランベリーを、今回はワインに合わせて少なめに。
・柚子こうじ
国産の完熟柚子と手作りこうじを職人がじっくり煮詰めた、柚子の香りが爽やかな手作りの柚子みそ。今回はお酒に合うレシピつき。
オンラインツアーは2部構成となっており、第1部では美作ビアワークスとひるぜんワイナリー、それぞれの工場と製造プロセスをオンラインで見学しました。
参加者の様子を見ると、いそいそとおつまみを用意する人、さっそく「三座[ROSE]」を開ける人…。思い思いにリラックスしてツアーを楽しめるのは、自宅でつながるオンラインならではの良さかもしれません。
代表の河野さんの挨拶に続いて、美作ビアワークスの三浦弘嗣さんが登場です。山口大学で微生物を学んだ後、地元のパン屋で働きながら酵母を研究し、ビールづくりの道へと進みました。
生きている酵母にとって最適な環境を整え、おいしさを引き出すというこだわりについて説明してくれます。
カメラは、仕込みの現場にも潜入。ビールが発酵してぶくぶくと泡立っている様子がアップになると、参加者も画面越しに身を乗り出し、今回だけの特別感を存分に味わいました。
ひるぜんワイナリーからは、蒜山に自生するヤマブドウを使ったワインづくりの工程が動画で流れました。ヤマブドウは日本固有の種で、その難しさからワインに使われる例はほとんどないといわれているそうです。同ワイナリーでは、野生のヤマブドウの中から糖度が高く酸味が少ない木を10年かけて選んで栽培し、「ヤマブドウのワイン」という新しい可能性を模索してきました。
その年の気候と収穫時の天候によってヤマブドウの風味は異なり、同じ風味のワインは二度とできないこと。樽の個性によっても出来上がりが少しずつ異なることなどを知り、樽室にずらりとならんだ樽に参加者の興味も期待も膨らんだところで、第1部はお開きとなりました。
続く第2部は、「花と葡萄のエール」での乾杯から、生産者と参加者の交流会がスタート。ピオーネの甘い香りと、発酵の力を感じさせる泡立ちに、参加者からはチャットで次々と感動の声が寄せられました。
その後は、生産者の方々のお話を伺いながら、ビールやワインを飲み、参加者からも「おいしい!」の声が多く上がったチーズを味わいながらの至福の時間。セットに同封されていた「三座[ROSE]」に合う簡単おつまみが紹介されたり、「柚子こうじを使ったおつまみを作りました!」と参加者の報告があったりと、あっという間の1時間でした。
まにわ発酵’sでは、「まにわ発酵ツーリズム」をはじめとしたイベント開催のほか、メンバー間のコラボレーションも進めています。
最後に河野さんが見せてくれたのは、長期熟成した酒粕で作る赤酢。江戸時代から使われてきたお酢ですが、製造に時間がかかって大量に作れないため、近年はあまり作られていない貴重な物だそうです。河野さんは、まにわ発酵’sのメンバーである御前酒蔵元辻本店の7代目の辻総一郎さんとともに赤酢づくりにも取り組み、より使いやすくアレンジして粕酢と名づけました。
「この粕酢のように、いい物を後世に伝えていくのも私たちの役割。発酵が香りや旨みを醸し出すように、まにわ発酵’sも人と人とのつながりを醸していけたらいいなと思っています。将来的には私たちの子供世代、孫世代が発酵の仕事を継いで、この街をもり立てていってくれたらうれしいですね」