一皿のものがたり
器が変われば、
お家時間も楽しくなる。
ギャラリーショップ
「イトノサキ」の提案
2021/03/25
一皿のものがたり
2021/03/25
お気に入りの器になにを盛りつけるのか。大好きな料理を盛りつけるのはどんな器がいいのか。そんな思いをめぐらせる食卓は豊かな時間を生み出します。「一皿のものがたり」では、器と料理にまつわる物語を語っていただきながら、その方の日々の想いや暮らしについてお話をうかがいます。
今回は、東京 南青山にあるセレクトギャラリーショップitonosaki(以下イトノサキ)の畔蒜 恵(あびる めぐみ)さんにお話しいただきました。
東京メトロ銀座線外苑前駅を降り、外苑西通りを少し歩いたところに、イトノサキはあります。赤い扉を開けると、畔蒜さんが美しい着物姿でにこやかに迎えてくださいました。
イトノサキは、「着物も服も選べる日本に生まれたからこそ、服だけ、着物だけでなく、どちらも自分のライフスタイルに取り入れるきっかけをつくりたい」という思いで、2014年に畔蒜さんがオープンしたお店。そのコンセプトのとおり、洋服にも和服にもどちらにもしっくりと馴染むバッグやストール、アクセサリー、そして暮らしを彩る器など、さまざまな手仕事が並んでいます。そのどれもが、畔蒜さん自身が使い、工房など生産の現場まで出向いて選んだものばかり。
「ちょうど、昨日まで注染浴衣のオーダー会をしていたんですよ。新型コロナウィルスの影響で、おしゃれをして出かける機会が減ってしまったけれど、職人の技が光る多彩な生地を前に『美しいものを見せてくれてありがとう』と言ってくださる方も多かったです。やはり今は少し、美しいものを欲する感覚があるのかもしれませんね」と、畔蒜さん。
新型コロナウィルスによる暮らしの変化はさまざまありますが、今回、畔蒜さんにご紹介いただいた器も、自宅で食事をすることが増えたことで、頻繁に食卓に並ぶようになったものの一つだそうです。
「家で晩酌をする際、これまでビールはグラスに注いで飲んでいたのですが、何か自宅での食事に新しさを取り入れたくなって。そば猪口など、いろいろな器をビールグラス代わりにして、気分を変えて楽しんでいたんです。ある時、湯呑みで飲んでみたら、とてもおいしくて。薄くて口当たりが良いので、ビールがまろやかに感じるんですね。夫も同じ感想で、今ではもっぱらビールはこの器で飲んでいます」
この湯呑みは、奈良で陶芸工房 八鳥を主宰する見野大介さんによるもの。もともと夕食は、ビールやワインと、おつまみになるおかずを少しずつというのが定番だという畔蒜さんの食卓には、湯呑みのほかにも、見野さんの器が活躍すると言います。
「小皿にちょこちょことおつまみを盛り付ける時、見野さんの器はとてもしっくりきます。基本的に小さな器が好きなんです。懐石料理などもそうですが、もともと日本には、小皿にさまざまな料理を盛り付けて楽しむ文化があります。ワンプレートの食事もいいけれど、ちょっとずつ、いろいろなものを盛り付けて、組み合わせや調和を楽しむ。食事を五感で楽しめば、日々がとても潤います」
今回、小皿に盛り付けてくださったのは、たびたび晩酌に登場する一品たち。うずらの卵と、モッツァレラとプチトマトのサラダと、愛知県豊橋市の名産品『濱納豆』。
「なかでも『濱納豆』はお気に入りです。ふくよかな旨味と塩味があり、ビールのおつまみとしていただくのにぴったり。発酵食品で栄養価も高いので、小皿に盛り付けてほぼ毎日食卓に並びます。モッツアレラとプチトマトのサラダに、刻んだ濱納豆を加えたオリーブオイルをかけるのも、最近の定番。盛り付けた器はデザートカップとしてつくられたものですが、小鉢の代わりにお料理を盛り付けることも多いですね」
何に使う器と、決めつけてしまわずに、いろいろな使い方を試してみると、畔蒜さん。
「デザートカップにサラダを入れてもいいし、湯呑みにコーヒーを入れたり、ヨーグルトやアイスクリームを入れたりもしています。ステイホームによってビールを入れるとおいしいという発見もできました。普段とは違う器を選んで『これを盛り付けてみたらどうかな?』なんて試してみると、いつもの料理も新鮮に見えてくると思うんです」
畔蒜さんと見野さんの器との出合いは、イトノサキがオープンして2年ほどたった頃。畔蒜さんが見野さんのインスタグラムを見つけたことがきっかけだったそうです。
「インスタグラムにアップされる器が美しくて、とても印象的だったんですね。それでよく『いいね』を押していたんです。そうしたらある日、東京での展示会のために来京されていた見野さんがひょっこり店に来てくださって。それから、実際に手に取り、使わせていただくことができ、イトノサキで扱うことになりました。SNSって便利ですね(笑)。あれから常設でのお取り扱いのほか、定期的に展示会もさせていただいているので、ご縁があったのだなぁと思います」
見野さんの器の特に好きなところはと伺うと、「手仕事とプロダクトのちょうど間の良さを併せ持っていること」と、畔蒜さん。
「見野さんは、ろくろで作陶されています。ですから一つ一つ、手仕事ならではの味わいがあります。でも決して自然に任せてつくるのではなく、登り窯窯元でしっかりと基礎を積んでこられたので、同じものを繰り返しつくることができる技をお持ちです。3寸、4寸、5寸……と、細かなサイズ違いが揃っていますし、もし一枚割ってしまったとしても同じものを買い足すことができます。
また、薄く、口当たりがよく、持ちやすいなど、形が洗練されていて、釉薬の研究にも熱心。技術に裏打ちされた美しさ、使いやすさがあるんです。高台もとてもなめらかに磨かれていて、テーブルを傷つけることもありません。使っていると、プロのお仕事だなと感じます」
そして畔蒜さんは、こう続けます。
「私には、プロとしての“覚悟”を感じる人を応援したいという思いがあるんです。昔は、豪商などがパトロンとなって作家を支えてきました。でも今は、一人一人が、作品を通じて作家の思いや技を感じ、応援したいと思ったり、その美しさに惹かれて、少しずつ買い求める時代。そうした買い手の思いが作家に伝わり、またいいものが生まれていく。この循環によって、プロの仕事が成り立ちます。私自身もそうしたもの選びを意識したいですし、イトノサキとしてもその循環をつくっていけたらと思うのです」
そして、何よりも“心に響く”もの、ことを大切にしたいと、畔蒜さん。
「手仕事だったらすべて心に響くというものでもないし、完璧な仕事なら何でも心に響くわけでもない。同じようなものを、同じようにつくっているように見えても、心に響くものと、響かないものがあると感じます。やはり、その作家の経験や、日々の積み重ねや、場所や、思い、そうしたさまざまなものが、響く作品を生み出すのだと思うんです。だから、私はつくる現場に足を運んで自分の目で見たいし、作品の背景をお客様にも知っていただけたらと思っています。
今は、外に出る機会が減っているかもしれません。でも、心に響くものが身近にあれば、家での暮らしも豊かなものになります。そういうものをお客様に伝え、届けていきたいですね」
パターンナー、陶磁器店や着物販売店の勤務などを経て、セレクトギャラリーショップ「itonosaki(イトノサキ)」のオーナーに。2014年のオープン以来、作り手の思いが感じられるさまざまなモノ・コトを紹介している。2020年秋には、新たな展示スペース「イトノサキ▷+plus」もオープン。作り手とお客様の交流の場が広がっている。
mail:info@itonosaki.tokyo
https://www.instagram.com/itonosaki