発酵に恋して。
たどり着いたのは、
昔ながらのシンプルな暮らし。
「食べごと研究所」山田奈美さんの、美味しい発酵ドリンク
2021/04/30
発酵に恋して。
2021/04/30
神奈川県葉山町。海と山に囲まれた穏やかな時間が流れるこの土地の、築90年にもなるという古民家で家族と暮らす山田奈美さん。伝統的な食の素晴らしさを受け継ぐ活動「食べごと研究所」を主催し、ご自宅のアトリエで日本の食文化を伝える教室を開講しています。
都内で多忙な日々を過ごしていた山田さんがたどり着いた今の暮らしのことや発酵食の魅力とともに、手軽に作れる2つの発酵ドリンクのレシピも教えていただきました。
御用邸で知られる葉山は、ゆったりとした空気を感じる自然豊かな風土。山田さんがこの土地に越してきたのは約10年前のこと。まるで映画に出てきそうな小径の途中に、家族3人が暮らす自宅兼アトリエの「古家1681」がありました。
日本の食文化を伝えたいと「和食薬膳教室」や「発酵教室」「離乳食と子どものごはん教室」を開講している山田さん。毎週月曜には、畑で採れた野菜やお手製の味噌や漬物などを販売する、暮らしの量り売り「三和土(たたき)」もオープンしているそうです。築90年という古民家で営まれているのどかな暮らしからは想像できませんが、10年ほど前までは東京での生活。出版業界でバリバリと働いていました。
「20代半ば、たまたま取材で東京薬膳研究所の武鈴子(たけりんこ)先生のお話を聞く機会があり、『和食こそ日本人にとっての薬膳』という考え方が腑に落ちて、先生について勉強をはじめました。若い頃は昼夜問わず働きっぱなしでも体力があったのですが、30代を過ぎてから体調の変化を感じるようになったんです。自分でも薬膳の考えを取り入れ始めていたし、畑も始めてみようと区民農園を借りて野菜作りをスタート。畑で収穫した野菜は糠漬けに。幼い頃から祖母や母の姿をみて育ったので、糠漬けはとても身近な存在だったんですよね。食生活を変えたことで、みるみると体の不調はなくなっていきました。そんな自分の体験から、薬膳の先生から教わったこと、そして祖母や母から教えてもらってきたことを、私も伝えていきたいと思うようになったんです」
山田さんが日々の食事の大切さ、伝統食の素晴らしさを伝えようと始めた活動が「食べごと研究所」でした。区民農園からスタートした野菜作りも、共に活動するメンバーも増え、茨城県に畑を借りるまでに。そんななか、理想の環境を求めて今の暮らしにたどり着いたそうです。
「子どもの頃に暮らしてきた環境の影響が大きいかもしれませんね。野菜を育てて、食べる。シンプルな暮らしをもとめて、暮らす場所を探している時に、今の家に出会いました。1年ほど使われていなかったこともあり、薄暗く、じめっとしていて一瞬怯んだのですが、環境はすばらしく、手をかけながら住むことにしました」
古い家屋も元は立派なお屋敷。手入れをすると、古民家は息を吹き返したかのように、気持ち良い空間に。日がさんさんと差し込む広々としたキッチンは、山田さんの仕事場でもあります。毎日の食卓に並ぶのは、自分たちが育てた野菜はもちろん、手作りの発酵食品や保存食。そして、庭を元気に走り回る鶏が、毎朝1つずつ産んでくれる卵など。
「卵にはどの子が生んだのかがわかるように、名前を書いているんですよ。同じ餌でも、形や色が異なるんです、面白いですよね。畑は少し離れた場所に借りていて、季節ごとにいろんな種類の野菜を育てていますが、収穫したての旬の味は格別です」
「和食は薬膳」という考えに出会って以来、東京に住んでいた頃から、畑を耕し、食事にも気を配っていた山田さん。葉山に越してきたことで、暮らしはどのように変わったのでしょうか。
「うぐいすが鳴き始めたなとか、緑の香りが濃くなってきたから夏はもうすぐそこだなとか、自然の変化が身近に感じられるので、体もおのずと自然のリズムに合わせて整うようになりました。同時に、庭の梅の実が色づいてきたから梅干しを漬けよう、山椒の実が膨らんできたから塩漬けにしようなど、都会の生活では意識しないとできなかった季節の手しごとや保存食作りも、ここでは無理なく自然とできるんです。また、季節のものをいただき、発酵食などの伝統的な食事をすることで、体調を崩すことがほとんどなくなりましたね」
「昔ながらの和食は、日本人の体質や気候風土に最も適した薬膳」という山田さんの教室。なかでもやはり「発酵食」は和食には欠かせない要素なんだそう。
「教室を10年続けてきて、ここ5〜6年で発酵食の認知度が上がってきたと実感しています。味噌作りに挑戦したり、梅干しをつけてみたり。若い人も多いんですよ。食に対する意識が高まっているなと感じています。もう、教室をやらなくてもいいんじゃないかな?と思うくらい(笑)。日本の伝統的な発酵食は、ちょっとした手仕事で簡単に暮らしに取り入られるんです。基本、放っておけばできるものばかり。味噌も漬物もあまさけも。栄養学的にも、私自身がそうだったように『予防食(養生食)』として注目されています。私たち日本人は、朝に一杯のお味噌汁を飲むと、なぜだかほっとしますよね。そんな美味しいお味噌汁が、体を整えてくれる“薬”でもあるというところが発酵食の魅力です」
「白味噌作りは小学生の息子の担当なんですよ。白味噌は他の味噌に比べて、短期間で仕上がるので、完成までのゴールが近く子どもでも待てるので、楽しみながら作れるんです。また、ほかには醤油も作っているのですが、圧をかけて搾る工程は専門性が高く、職人さんにお手伝いただいています。あと発酵食といえば、漬物も欠かせませんね。畑の野菜の糠漬けは我が家の定番です」
大根100本という数に驚いたものの、毎日食べたり、「三和土」で販売したりしているとあっという間になくなるんだそう。ほかにも食卓に欠かせないのが糠漬け。
「最初の頃は上手に糠床を作れなくて、1年でダメにしてしまったことも。でも、コツさえつかめば難しくありません。糠床は酸素との付き合い方がポイント。かき混ぜ方、空気の抜き方をマスターすれば大丈夫。おすすめなのは、我が家でも一番人気のきゅうりの糠漬け。半日くらいで美味しくなります。かぶやにんじんも、失敗しにくいですよ。糠漬けというと、野菜ばかりを思い浮かべるかもしれませんが、お肉やお魚も糠漬けすると美味しくなるんです。東京で働いていた頃は、忙しさから不摂生な生活をしていた私ですが、今ではぬか漬けをはじめ、発酵食品尽くしの食生活をしています」
発酵食は毎日取り入れるのが大切という山田さんに、手軽で美味しいドリンクを2品教えていただきました。
鮮やかなピンク色が目にも楽しい、発酵スムージー。氷を加えれば、ひんやり甘酸っぱい夏のデザートに。いちごのほかにも、バナナや桃などもおすすめだそう。季節ごとにアレンジが楽しめます。
甘みのある白味噌は、意外にもおやつの材料にもぴったりなんだそう。スパイスたっぷりのチャイに入れれば、コクとうまみがぐんとアップ。体も喜ぶ一杯です。
そして最後にもうひとつ。お味噌汁も毎日いただくにはとっても手軽な発酵食品です。山田家でも毎朝一杯は必ずいただくそう。著書『二十四節気のお味噌汁』(WAVE出版)には、季節ごとにおすすめの72種類ものバリエーション豊かなお味噌汁が登場します。お味噌汁の世界が広がる一冊、ぜひお手に取ってみてくださいね。
薬膳・発酵料理家/国際中医薬膳師/「食べごと研究所」主宰
薬膳・発酵料理家/国際中医薬膳師/「食べごと研究所」主宰
「東京薬膳研究所」の武鈴子氏に師事。東洋医学や薬膳理論、食養生について学ぶ。雑誌やwebなどで発酵食や薬膳レシピの提案や解説を行うほか、神奈川県葉山町のアトリエ「古家1681」にて、「和食薬膳教室」「季節の仕込みもの教室」「発酵教室」「離乳食教室」などを開催。 日本の食文化や手しごとを継承したり、体にやさしい季節の食養生を伝える活動を行い、幅広い世代の支持を集めている。著書に『昔ながらの知恵で暮らしを楽しむ家しごと』(エクスナレッジ)、『ぬか漬けの基本 はじめる、続ける。』(グラフィック社)、『季節のお漬けもの』(家の光協会)、『疲れた日のスープ 頑張る日のスープ』(文化出版局)など。