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発酵を訪ねる
伝統の発酵文化に
現代のアレンジをプラス。
家康も愛した「浜納豆」
2021/07/08
発酵を訪ねる
2021/07/08
納豆は納豆でも糸を引かず、形は大豆そのままで、黒茶色――静岡県浜松市の「浜納豆」は、かの徳川家康も好んで食べたともいわれる発酵食品です。
この浜納豆を長年作り続けているのが、創業1850(嘉永3)年の老舗・ヤマヤ醤油。7代目社長である金原利征(きんぱらとしゆき)さんに、浜納豆と地域への思いについて伺いました。
名前に「納豆」とつくものの、浜納豆は一般的な糸引き納豆とは、味も香りも異なります。作り方も、糸引き納豆のような納豆菌は使いません。蒸した大豆を糀菌で発酵させ、塩水の中で熟成したのちに天日干しで乾燥させます。
「原材料は大豆と塩、生姜のみ。ほかに味つけは一切行わず、発酵と熟成の力だけで旨みをギュッと凝縮しています。浜納豆の味わいは味噌や醤油に似ていますが、味噌よりもコクが深い。そのため、ご飯のお供やお酒のおつまみとして昔から親しまれてきました」
浜納豆は、仏教とともに中国から伝わった豆鼓(とうち)に由来するといわれます。寺の納所で作られる豆ということで納豆という名前が付き、製造する場所やその味から「寺納豆」や「塩辛納豆」などと呼ばれていました。
浜松城にいた若き徳川家康に献上したところ、家康はこの納豆をいたく気に入ったそうです。現在の浜松市周辺は、当時「浜名」と呼ばれており、家康が「浜名の納豆はまだか」と催促したことから「浜名納豆」という名がつき、それが縮まって「浜納豆」になったとも伝えられています。
「保存性が高く持ち運びしやすい浜納豆は、貴重なたんぱく源として戦でも重宝されていたようです。『健康オタク』として知られる家康のことですから、きっと栄養面でのメリットも感じていたでしょう。浜納豆の製法は、現在も基本的には当時と変わりません。家康も同じ物を食べていたと思うと、感慨深いものがありますよね」
浜納豆づくりは、温度管理以外のすべての工程を手作業で行います。大豆一粒一粒に丁寧に糀菌をつけ、塩水の中で12~15ヵ月熟成します。手間と時間のかかる大変な作業ですが、「大豆の形を残し、旨みを引き出すには、どうしても人の手でなければできないんです」と金原さんは言います。
「浜納豆づくりの主役は微生物や酵素。私たち人間の役割は、微生物が働きやすい環境を整えることです。人が製品を作るのではなく『発酵のお手伝いをさせてもらう』という気持ちで、日々製造に取り組んでいます。
浜納豆の仕込みには杉樽を用いますが、木には、金属やセラミックにはない『菌が棲みつく』という利点があります。実際に以前、浜納豆を作る室(むろ)をピカピカに掃除したことがあるのですが、その後2ヵ月くらい出来が悪くなってしまったんです。目には見えないけれど、ここには菌たちが棲みついて、手助けしてくれているんだと実感しました」
浜納豆には独特の風味があるため好みが分かれ、珍味として扱われることも。先祖代々、浜納豆を作ってきた金原さんも、「おいしいと思うようになったのは大人になってから。実は子供の頃は苦手でした」と言います。
伝統食品は、時に「古くさい」「癖がある」というネガティブなイメージを抱かれがち。そんなマイナスイメージを払拭しようと金原さんが思いついたのが、浜納豆を調味料として活用することでした。
「例えば、麻婆豆腐に細かく刻んだ浜納豆を入れると、まるで専門店のようなコクのある味わいになるんです。また、カレーに足せば、出来立てでも一晩寝かせたような味の深みが生まれます。隠し味として少し加えるだけで、いつもの料理がグッと変わると思いますよ」
和食だけではなく中華やイタリアン、エスニックなど、浜納豆を活用できる料理のジャンルは多種多様。ヤマヤ醤油では、浜納豆を使ったさまざまなアレンジレシピを、自社サイトやレシピ投稿サイトなどで発信しています。
「アレンジのアイディアは、主に私の妻が考えています。妻は料理のプロではありませんし、レシピも家庭で簡単にできるものばかり。『これは合わないかな』と思う料理でも、使ってみると意外とおいしいんですよ。浜納豆の新しい楽しみ方として、ぜひたくさんの方々に試していただきたいですね。
また、当社の人気商品のひとつが、浜納豆とエキストラバージンオリーブオイルを組み合わせた『発酵旨味オイル』です。以前、催事の試食でアレンジのひとつとしてお出ししたところ大変評判が良く、『おいしい』『商品化してほしい』という声に応えて開発しました」
「現代において、手作業で1年以上かけて作る浜納豆は、非効率な生産方法かもしれません。しかし、伝統を守る意味でも、そこは変えてはいけない部分だと思っています。一方、伝統を守っているだけでは、その良さを広く知ってもらうことはできません。守りと攻めの両方の姿勢で、現代の食生活に合わせた提案を目指しています」
浜納豆は、地域の小・中学校の給食にも用いられています。浜納豆を隠し味に使った煮物や麻婆豆腐は子供たちにも好評で、浜納豆入りのカレーは「家康カレー」と呼ばれて親しまれているそうです。
「小学校に出向き、浜納豆の作り方や発酵食品について子供たちに話をすることもあります。発酵食品は、日本古来のすばらしい食文化です。未来を担う子供たちには、できるだけ体に良い物を食べてほしいし、地域伝統の食文化を知ってほしい。浜納豆を通して、発酵食品の魅力を再発見するきっかけになればうれしいですね」