発酵人
醤油専門店店主・高橋万太郎さんの
蔵への思いと醤油の新しい楽しみ方
2021/07/29
発酵人
2021/07/29
日本全国の醤油蔵を巡り、えりすぐったおいしい醤油を100mlの小瓶で販売する専門店「職人醤油」。
店の運営をしながら、新しいスタイルで醤油を楽しむ情報も発信している店主の高橋万太郎(たかはしまんたろう)さんに、日本の伝統食文化を支える醤油蔵への思いと、醤油の可能性を広げる新たな試みについて伺いました。
高橋さんが勤めていた精密機器メーカーを辞めて独立したのは2007年。職人醤油の構想を胸に、日本全国の醤油蔵を訪ねる日々が始まりました。
蔵への訪問は、基本アポなし。訪問した醤油蔵で次に行くべき蔵を教えてもらい、その足で直接訪ねてしまうのが、当時は最も効率の良い方法だったと高橋さんはいいます。
「事前に連絡をすると、何かの営業だと思われて敬遠されてしまいますし、当時は、事前にネット検索でどの蔵に行くべきか検討することができませんでした。地元で愛され消費されている醤油蔵ほど、わざわざ情報を発信する必要もないからでしょうか。ウェブサイトがなかったり、あったとしても、あまり魅力を感じにくかったりすることが多かったんです」
実際に蔵に足を踏み入れれば、醤油がおいしいかどうかも、だいたい直感でわかるようになったと高橋さんはいいます。
「僕の個人的な感覚ですが、おいしい醤油を造っている蔵の特徴が2つあります。まず、若い人がいること。そして、整理整頓されていることです」
若いスタッフが活躍している蔵は、彼らを惹きつける魅力が必ずあり、蔵に活気もあるそうです。また、事務所や包材の置き場などが整理整頓されている蔵は、醤油の製造現場も必ず整っており、それは真摯な醤油づくりにも反映されているのだとか。
「これは!」と思う醤油蔵を見つけることはできても、職人醤油のコンセプトを説明し、100mlの小瓶で卸してもらう約束を取りつけるまでには、多くの苦労があったのではないでしょうか。
「いや、実は全然大変ではありませんでした。『小瓶なんて、きっと売れないよ』なんて言われたりもしましたが、どの蔵も僕の変わった申し出をおもしろがってくれ、最初はほとんど遊び半分で受けてくれたんです。1本100mlですから、100本詰めても10L。少量でリスクが低いのも幸いしたと思います。快く引き受けてくださる蔵ばかりでしたね」
こうして、全国400蔵以上を訪問し、現在は約100種の醤油を扱う職人醤油。その活動が知られ始めると、興味を持って高橋さんに連絡してくれる蔵人も現れました。
中でも、高橋さんの印象に残っている方は、福岡県糸島市「ミツル醤油醸造元」の城慶典さんと、香川県小豆島「ヤマロク醤油」の山本康夫さん。ともに、現在の醤油業界を牽引する存在です。
「城さんは、醤油屋が応援する醤油屋です。実家を継ぐために東京農大に入り、大学が休みになると各地の醤油蔵に泊まり込んで手伝いながら勉強していたそうで、城さんを息子のように思う蔵人は多いですね」
醤油業界全体で見ると、昭和の高度成長期に醤油づくりが合理化された結果、原料の大豆や小麦から自社醸造するメーカーは減少。もろみを搾った生揚醤油(きあげしょうゆ)を外部から仕入れ、火入れや濾過、瓶詰めなど、最終工程のみ自社で行うのが主流になったそうです。
「ミツル醤油も、原料から造っていたのは城さんの祖父の時代まで。このことに、若い頃から疑問を感じていた城さんは、自社醸造の復活を目指して努力されてきたんです」
おいしい醤油づくりを復活させたい城さんと、おいしい醤油を新しい方法で紹介したい高橋さん。2人は、すぐに意気投合しました。
原料から丁寧に造った城さんの醤油が職人醤油のラインナップに加わったのはもちろん、職人醤油のウェブサイトには、城さん執筆による「醤油復活の奮闘記」が連載されており、その物語を読むことができます。
あるとき、テレビ出演した高橋さんを見て、職人醤油にアプローチしてくれたのが、「ヤマロク醤油」の山本さんです。山本さんは、木桶による醤油づくりの伝統を守るべく、桶職人にみずから学び、一から木桶を組み上げるまでになった蔵人。高橋さんはそんな山本さんの奮闘を、間近で見てきたそうです。
「山本さんに誘われて、木桶修業に同行しました。もちろん、僕は取材のつもりでしたが、なぜかいっしょに職人さんから技術を習うことになり、その流れで山本さんの挑戦に当事者の一人として関わることになったんです」
木桶の醤油づくりは、常に均質な醤油を造ることができる鉄製やステンレス製などのタンクとは異なり、出来にぶれが出ます。きちんと管理をしないと、醤油の質を下げてしまうことにもなりかねません。
それでも木桶にこだわるのは、蔵特有の微生物が桶に棲みつき、発酵の過程で独自の味わいを醤油に与えるから。蔵の個性が醤油に反映されやすく、味わいに多様性を生むのが木桶なのです。
全国の醤油を多数そろえ、料理への使い分けを提案している高橋さんにとって、木桶の伝統を守る活動には大きな意味がありました。
醤油には多くの種類がありますが、料理によって使い分けるには、どのように選べばいいのでしょうか。
「醤油は、食材を引き立てる縁の下の力持ち的存在であり、前面に出て自己主張するようなものではないという、根強い思い込みが業界にはあります。だからこれまで、『醤油を使い分ける』なんて言ったことは、誰もなかったはずです。でも、その考えをメジャーにしていきたいんです」
約100種類もある職人醤油の醤油から、料理に合わせて使い分けるための考え方は、高橋さんが提唱する「白ワイン・赤ワイン理論」。魚にはすっきりした白ワイン、肉には濃厚な赤ワインと、おいしいワインのペアリングあるように、醤油にも食材との相性があるというもの。
職人醤油では、醤油を「白醤油」「淡口醤油」「甘口醤油」「濃口醤油」「再仕込み醤油」「溜醤油」の、6つに大きく分類しています。このうち甘口醤油は、九州・北陸に多い、甘いタイプの濃口醤油のこと。一般的には甘口を除く5つですが、職人醤油オリジナルの分類として作ったそうです。
「基本的な食材との相性は、ワインと同じく味わいの濃淡で決まります。例えば、色が薄く塩分が高めで、旨みの少ない白醤油と淡口醤油は、豆腐や白身の刺身など、淡い味わいの食材と合います。甘口醤油と濃口醤油は、納豆、卵かけご飯、焼き魚など、幅広い料理と好相性。色あいも味わいも濃厚な再仕込み醤油と溜醤油は、マグロなどの赤身の刺身やお肉などに合いますし、とんかつやフライなど本来ソースをかける料理に使うと新たなおいしさが味わえます」
ワインと同様、基本の考え方を知った上で、もっと細かな蔵の個性や食材の傾向によって、多くの組み合わせを見つけていくことができるといいます。
「こうした醤油の使い分けを知識としては知っていても、実際にやってみるところまでは、なかなかいかないと思うんです。でも、もし飲食店で味わいの違う3種類の醤油が普通に出てくるようになったら、多くの人がその楽しさを手軽に実感でき、家庭での醤油の扱いも変わってくるのではないでしょうか」
そう考えた高橋さんの新たな試みが、「醤3(ショウスリー)プロジェクト」。職人醤油オリジナルの3口醤油皿を作り、醬油メーカーを通じて飲食店に提供し、蔵の醤油の使い分けを提案していくというアイディアです。
「例えば、ハイボールがこれだけメジャーな飲み物になってイメージアップしたのは、ウイスキーメーカーの積極的な飲食店への働きかけがあったからです。それと近いことを、醤油でもやってみたいと思っています」
現在、モダンなデザインの醤油皿を開発中で、長崎県の「波佐見焼」の職人に試作を依頼しているのだとか。
「今、全国のさまざまな企業に声をかけていますが、すでに賛同をいただいているところもあります。こういう動きが本格化すれば、もっと醤油蔵が自己主張することができるようになる。醤油で世の中をざわつかせたいですね」
1980年、群馬県生まれ。2006年に精密光学機器メーカーを退職し、翌2007年に株式会社伝統デザイン工房を設立。蔵元仕込みのおいしい醤油を厳選し、100mlの小瓶でそろえた専門店「職人醤油」を運営する。著書に「にっぽん醤油蔵めぐり」(東海教育研究所)、共著に「醤油本」(玄光社)がある。
職人醤油 - こだわる人の醤油専門サイト