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世界を旅する料理人
フードプランナー桑折敦子さんが
旅で出合った世界の料理と発酵食品
2021/08/05
世界を旅する料理人
2021/08/05
スープ専門店のメニュー開発を手掛けるかたわら、各国の料理を研究し続けてきたフードプランナーの桑折敦子(こおりあつこ)さん。旅を通して世界中の食文化にふれてきたという桑折さんは、現在その経験を活かし、料理教室やワークショップを主催しています。
そんな桑折さんに、世界各国で出合った発酵食品とその魅力のほか、旅の楽しみ方について伺いました。
桑折さんのアトリエの本棚には、インド、ベトナム、韓国、スペイン、イタリア…と、各国の料理本が並び、キッチンには北アフリカのタジン鍋(とんがり帽子のような円錐形の蓋がついた陶製の無水鍋)や、タイのクロックヒン(石臼)、ラオスのティップカオ(もち米を入れる竹かご)など、各国の調理道具が置かれています。世界の食文化を感じられる素敵な空間からうかがえるのは、その守備範囲の広さ。
「とにかく、食べたことのない物が食べたいんです。だから、世界のすべての料理に興味がありますね」
福島県南相馬市で生まれ育った桑折さんは、豊かな食文化に親しみながら育ちました。そして、高校3年生のときに「好きな食べ物のことだけ勉強しよう!」と決意し、短大の食物栄養学科に進学。学業のかたわら飲食系のアルバイトに励み、卒業後も数多くの店のキッチンで調理を経験してきたそうです。
「和食、韓国料理、イタリアンなど、さまざまなジャンルのお店から声をかけてもらって、厨房に入っていました。当時、福島には気のきいた料理教室なんてなかったので、仕事をしながら各国の料理を覚えられるのが自分にとって良かったですね」
キャリアの初期から、「食べたことのない物が食べたい」と一貫していた桑折さん。上京し、スープ専門店のメニュー開発を任されるようになってからは、その資質を活かし、幅広い食文化の要素を反映したメニューを数多く生み出してきました。
桑折さんにとっての旅は、レシピを開発するインスピレーション源としてとても大切だそうです。
「初期に開発した『もずくとオクラのスープ』は思い出深いですね。久米島の果ての浜に行ったとき、きれいな海にもずくが流れていて、それを3歳くらいの男の子とお父さんらしき親子が採っていたんです。その風景がとても心に残り、もずくのスープを作りたいと思いました。沖縄のもずくに加えて、オクラ、塩豚を具材にし、出汁はかつおと昆布で。旅の情景から生まれたレシピです」
コロナ禍になる以前は、年に8回は海外に出ていたという桑折さん。食に興味のある気心の知れた仲間たちと大人数で行くのが、旅のスタイル。レストランでもたくさんのメニューが頼めまるし、マーケットで食材をまとめ買いして分けることもできる。
また、食に関連するほかのメンバーの発見も共有できるため、旅で体験できることの幅が広がるのだそうです。
「旅慣れた仲間が多いので、現地集合、現地解散。エアラインも好き好きですし、現地で合流さえできれば日程もそれぞれです。若い人が来てくれれば、『胃袋の足し』になるので大歓迎。これまで一番人数が多かったのは、台北の13人かな。大人数でテーブルを囲み、多くの種類の料理を味わうのは本当に楽しいです」
大人数でレストランに行くだけでなく、旅先で調理までしてしまうのが桑折さんの旅の楽しみ方。
「スペイン・バスク地方への旅では、7人でビルバオという街にキッチンつきのアパートを借りました。地元の食材をすぐ料理して食べられるし、日本へ持ち帰るための加工調理にも使えましたね。マーケットで購入した現地のトマトを煮詰めてトマトソースにするなど、大活躍しました。
フィンランドでワークショップを開催したときは、キノコ狩りに行った先で思いがけずベリー類がたくさん採れたので、皆でジャムに加工して瓶詰めしたこともありましたね。こういう体験は、お金では買うことのできない本当に貴重なものです」
旅で見つけた発酵食品が、桑折さんの自宅のキッチンで重宝されることも少なくありません。
「台北の市場でメーカー製の調味料にまぎれて、『豆醤』と手書きされたラベルが貼ってある瓶を見つけました。気になって聞いてみると、店主の男性が手作りした物でした。試しに買ってみたら豆の発酵調味料で、これがとにかくおいしい。野菜炒めの味つけに使うと最高なんです」
モロッコで見つけたのは、塩レモンです。北アフリカでよく使われる発酵調味料で、レモンを塩漬けにして発酵させています。桑折さんは、現地で購入した物を日本に持ち帰り、食べきってしまう前にレモンと塩を足しながら、現在も使い続けているのだそう。
「塩レモン、にんにく、イタリアンパセリなどでマリネした鶏肉に、じゃがいも、にんじん、ズッキーニなどを加えてタジン鍋で無水調理すると本当においしいです。特に、じゃがいもが最高!タジン鍋ならではの絶妙な火の通り方になり、すべての味わいが染み込んで、食材のポテンシャルが最大限に発揮されますね」
試しに、無水調理ができるフランス製の鍋と、現地で手に入れたタジン鍋の両方を使って、まったく同じレシピの北アフリカ料理を作ってみたところ、明らかにタジン鍋で調理したほうがおいしかったそう。
「旅では、観察するのが好きですね。例えば、材料をすりつぶすのに、日本ではすり鉢ですけど、タイでは石臼のクロックヒンを使い、メキシコや南インドではメタテと呼ばれる平らな石皿を使います。その国ならではの調理用具を現地の人がどうやって使うのかを観察するのが好きですし、国によってやり方が違うのを比較したりするのも楽しいです」
フリーランスの立場となった現在は、メニュー開発の仕事と並行して、オンライン料理教室なども開催している桑折さん。コロナ禍で海外に渡航できない今、やりたいと思っているのは、全世界の食文化を時系列で比較できる詳細な年表の作成だとか。
「まだ、個人的な妄想に過ぎませんが、例えば、ポルトガルでこんなことが起こっていた時代に、ベトナムではこんなことが起きていたというのが、一目でわかるような食文化年表を作りたいですね。もちろん、独力では無理なので、各国料理の専門知識を持った人たちに協力してもらう必要はありますが、きっと楽しい仕事になるに違いありません」
福島県生まれ、フードプランナー、栄養士。飲食店勤務などを経て、2004年「Soup Stock Tokyo」を展開する株式会社スマイルズに入社し、同店のほとんどのメニュー開発を担当。2017年に独立し、現在は旅と料理を生業に、「旅するキッチン坂の上」でメンバー制のワークショップやグルメツアーを主催。著書に「牛すじ 極旨じっくりレシピ」(三才ブックス)がある。
旅するキッチン坂の上