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発酵を訪ねる
お米からエタノールを製造!
発酵技術の応用で生まれる社会とは?
2021/10/21
発酵を訪ねる
2021/10/21
「発酵で楽しい社会」をテーマに、休耕田で栽培されたオーガニック米からエタノールを製造し、製造過程で残った発酵粕を化粧品の原料や、鶏・牛の飼料に活用するなど、ごみを出さない循環型の取り組みを実践する会社があります。
発酵を意味する「Fermentation」が社名の由来になっているという株式会社ファーメンステーション代表の酒井里奈(さかいりな)さんに、発酵とサステナブルな社会の実現について伺いました。
酒井さんは大学卒業後、金融機関で働いたのち、再び東京農業大学 応用生物科学部 醸造科学科に入学し直した経歴の持ち主。そのきっかけは何だったのでしょうか。
「会社員として働いているときに、日本とアメリカの社会問題を解決するNPOの方に出会ったんです。事業性を維持しながら、社会や環境にいいことをしていく。そういう働き方が、20年前のアメリカにはすでにあったんですよね。すごくいいな、いつか自分でもやってみたいなという気持ちが芽生えましたが、当時は具体的に何をしたらいいのかわかりませんでした。
そんなときに、たまたまテレビで東京農業大学の教授が話している内容に、『これかも!』と思ったんです」
それが、東京農業大学で行っている、生ゴミを発酵させてエタノールを作るという技術でした。
「いきなりバイオ燃料を作るといわれていたら、元々文系の私は無理だと思ったはずです。でも、教授は『お酒の延長だ』とおっしゃっていて、『お酒なら私にもできるかも!』って(笑)。そこから、いろいろな本を読んだり、農大のオープンキャンパスにも足を運んだりして実際に教授にお話も伺ったりした後、会社を辞めて農大に入り直しました」
入学後は、エタノール抽出技術の研究・開発のほか、酒や醤油、みりんの醸造など、さまざまな発酵技術を学んだという酒井さん。発酵のおもしろさを実感する一方、社会環境を良くするためにこの技術を活用したいという想いが募っていったそうです。
「自分がビジネスをするときは、世の中にも役立つことをしたいという気持ちがありました。学んだ発酵技術を活かせる会社に就職しようと思っていましたが、さまざまな原料からエタノールを作る会社自体がほとんどなくて。そんなときに、たまたま岩手県奥州市の方が農大の研究室にいらしたんです。使われていない田んぼを利用して作ったお米からバイオ燃料を作る共同研究をしたいとのことだったので、みずから挙手し、チームに参加させてもらいました」
奥州市との出会いは2009年。この年の3月に東京農業大学を卒業した酒井さんは、同年7月にファーメンステーションを設立し、翌2010年から共同研究をスタートさせます。
「立ち上げから3年間は、お米からバイオ燃料を作る実験をひたすら繰り返していました。やっていること自体はすごく意義があることでしたが、燃料として事業化するには、どうしても採算をとるのは難しくて…。そこで、化粧品の原料として利用するのはどうだろうという話から、それまでやっていた実証実験を事業として、ファーメンステーションで引き継ぐことにしました」
一般的に使われているエタノールは、石油由来の物と発酵由来の物の2種類があり、発酵由来の多くは海外のサトウキビやトウモロコシ、キャッサバといった糖質原料から作られているそうです。
「エタノールは、化粧品にも食べ物にも入っているし、今では日々の消毒にも欠かせません。こんなに身近な物なのに、それが何でできていて、その原料をいつ誰が作っているか、まったくわからない。
そこにひとつ、明確な由来を見せてあげることによって、新たなニーズが生まれる可能性を感じたんですよね」
ルーツが明確であることのみならず、ファーメンステーションで製造している「ライスエタノール」は、一般的なエタノールとは大きく異なります。
「ライスエタノールはオーガニック玄米が原料で、香りがまろやかなんです。鼻にツンとくるような刺激臭がなく、そのおかげで化粧品の原料にしたときも、精油の香りが引き立ちます。さらに、揮発があまりないのも特徴で、肌につけてもスースーせず、むしろ、しっとりとした感触があるとおっしゃる方が多いんです。でも、きちんとアルコール濃度が95%あるので、一般的なエタノールと同じ効果を持っているんですよ。
しかも、原料となる玄米を、どの農家さんの田んぼで、いつ、誰が作っているのかまでわかっているっていう。それまで、世の中に存在していなかった『由来のわかるエタノール』が、このライスエタノールなんです」
画期的なライスエタノールが完成したものの、当時は汎用性や価格に高いハードルがあったほか、エタノールに付加価値を求める企業が少なく、なかなか販売につながることはなかったといいます。
そこで、酒井さんが着目したのが、エタノールを製造するときに出る「米もろみ粕」という発酵粕です。
「発酵粕は、普段家畜のエサにしていたのですが、肌にもいいことは体感としてわかっていたんです。そこで、詳しく調べてもらったところ、セラミドやアミノ酸が多く含まれていることがわかったので自社ブランドを立ち上げ、米もろみ粕を使った製品を作ることにしたんです」
洗顔石鹸からスタートした商品化は、のちにライスエタノールを使った虫除けスプレー、消毒用途のハンドスプレーも加わり、それらの人気の高まりとともに、原料のライスエタノールを化粧品やアロマ製品の原料として購入したいという企業も増えていきました。
ファーメンステーションのライスエタノールは、一般の方が購入することも可能です。
奥州市の方々と共同研究で誕生したライスエタノールは、さらなる循環を生んでいるといいます。
「最初は、お米からエタノールを作って、残った発酵粕は鶏などの飼料に…という感じだったんです。それが、そのうちにこの発酵粕を食べて育った平飼いの鶏が産む卵がとてもおいしいので、その卵で仲間の農家のお母さんがクッキーやケーキを作り始めました。さらに、その鶏の糞が田んぼの肥料にいいと、米農家さんや野菜農家さんが使ってくれるようになって、どんどん仲間が増えていきました。
ほかにも、農家のお母さんが余っている畑に食用のひまわりを植えたことがきっかけで、その種からひまわり油を搾るプロジェクトも加わり、油として商品化しているだけでなく、自社で作っている石鹸の原料にもなっています」
岩手県奥州市から始まった一連の活動を、酒井さんは「自分がやりたかったことのひとつのモデル」と位置づけます。
さらに、「まだまだこれから」と話す酒井さん。今後、目指す未来は、どのようなものなのでしょうか。
「私が最終的に目指しているのは、さまざまな資源を活用していくことです。というのも、私自身、あまり自分の生活をあきらめたくなくて。快適に楽しく過ごしたいけど、今までと同じようにしていたら環境のことなどを考えてもダメだと思うんです。でも、発酵技術を応用することで、単なる処理でも代替でもなく、より良い物に生まれ変わるんですよね。これを、未利用資源で作れるようになったらいいな、と。リサイクルやサステナブルを綺麗事で終わらせてはいけないと感じています。
そのためにも今できること…例えば、ゴミを出さないようにするとか、エネルギー使用量を減らすようにするといったことを徹底しつつ、機能性のある『いい物』を作っていかなければいけないと思っています。そしていつか、私たちが作った原料、私たちが関わっているプロダクトを、世界中の人たちが日常生活で使っているという状況にしていくのが目標ですね」
岩手県奥州市の休耕田で栽培された無農薬・無化学肥料のオーガニック米を発酵・蒸留してエタノールを製造。スキンケア商品のほか、ひまわり油といった食品も開発。ごみを出さない循環型でサステナブルな取り組みを実践している。
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