発酵人

酢ムリエが伝授!
酢の魅力と甘酒を使った
合わせ酢とは?

2021/11/04

酢ムリエが伝授!酢の魅力と甘酒を使った合わせ酢とは?
酢ムリエが伝授!酢の魅力と甘酒を使った合わせ酢とは?

多くの家庭で常備されている酢は、調味料としてはもちろん、昨今は健康のためにドリンクとして飲むことを習慣にしているという人も増えています。
身近な存在である酢の魅力を伝える伝道師「酢ムリエ」として活躍する内堀光康(うちぼりみつやす)さんから、砂糖が貴重だった時代の合わせ酢をイメージして誕生したという「熟酢」の誕生秘話や酢へのこだわりのほか、日々の生活でもっと取り入れたくなる酢の楽しみ方について教えていただきました。

飲んでもおいしい酢へのこだわり

「酢ムリエ」として酢の魅力を伝えるために、醸造や商品開発、イベント開催など、幅広い活動を行っている内堀光康さん。そのスタートは、2003年に酢の専門店「オークスハート」を愛知県名古屋市にオープンしたことから。しかし、当時は酢を飲むことがメジャーではなかったそうです。

酢の魅力を伝える「酢ムリエ」として活動されている内堀光康さん。

「もっと料理に酢を取り入れてもらいたくて、酢の活用レシピをお店で配布していたんです。でも、ご家庭のお料理では、『酢を入れて失敗したらどうしよう』という気持ちが先立つそうで、なかなか試してもらえませんでした。そこで、まずは飲むことから味の体験をしてもらおうと思い、お店で酢の試飲をしていたところ、『酢を飲む』というスタイルが独り歩きし、新しく確立されていったような気がします」

家庭料理に使う酢や、飲む酢であるデザートビネガーなど、これまで100種類を超える酢の製造を手掛けてきたという内堀さんですが、その経験から考える理想の酢とは、どのような物なのでしょうか。

「めざしている発酵は、混じりけがないことだと私は考えています。酢は私たち人間が作る物ではなく、麹菌や酵母、酢酸菌といった微生物たちの働きによって生まれる物です。もし、ほかの菌が入り込むと、理想とする透き通った酸味が邪魔されてしまいます。そのため、私たち人間ができることは、酢が作られる環境を整えることなんです」

内堀さんが手掛ける酢は、すべて岐阜県と長野県の山間にある内堀醸造株式会社の工場で作られています。きれいな水と空気に恵まれた環境で仕込まれた酢は、まさに混じりけのない味わいに仕上がるのだとか。
また、酢というと「酸っぱい」というイメージが先行しますが、内堀さんが手掛ける酢は、酸味が優しいのも特徴です。

季節限定の飲む酢・デザートビネガー「飲むシークヮーサー&八朔の酢」。
デザートビネガー1に対して、水や炭酸水、牛乳、豆乳などを4で割る飲み方がおすすめ。

「私が、酢の製造で最初に探すのは甘味なんです。お酢は、お酒が酢酸菌によって発酵した物。でも、酢のベースとなるお酒は、糖分にアルコール酵母が働くことでできるんです。ですから、私どもの手掛けるフルーツビネガーは、例えば『飲むシークヮーサー&八朔の酢』であれば、まずシークヮーサーと八朔の果汁(糖分)をそれぞれ発酵させ、果実酒の製造から始めます。ベースとなる果物や果汁を発酵させることで、その味が引き立つビネガーにするんです。
果物や果汁を発酵させることで何が起こるかというと、口に含んだときに甘味と酸味が口内で分かれない。甘味だけが目立つ、酸味だけが残るということがないため、まとまりのあるおいしさ、すなわち飲みやすさへとつながるんです」

甘酒を活用!
江戸時代の食文化をヒントに生まれた「熟酢」

原料の持つ本来の甘味の発見をヒントに、内堀さんが生み出したのが「熟酢(うれす)」です。
熟酢は、純米酢に甘酒の甘味を合わせて熟成させた甘酢のこと。その開発の発端は、江戸時代の庶民に親しまれていたとされる当時の鮓(すし:発酵させて作るなれずしに近い物)だったそうです。

「庶民のあいだで人気だった鮓は、さぞおいしかったに違いありませんが、おいしい鮓飯を作るには、砂糖が必要だったはずです。けれども、当時の砂糖は非常に高価でした。
そこで私が目をつけたのが、甘酒です。甘酒は江戸時代によく飲まれている飲み物だったので、当時の鮓飯の甘味は、この甘酒を使ったのではないかと独自の仮説を立てたのです。
試しに甘酒をろ過して煮詰めた物を純米酢と合わせてみたところ、砂糖を使わなくても十分においしい甘酢ができました。その仕組みをもとに開発したのが、熟酢なんです」

熟酢で作った鮓飯は、甘味が優しく魚との相性も抜群。

さらに、熟酢という名称からもわかるとおり、熟成年数によって、色や味が変化するという特徴もポイントです。

「冷蔵庫がなかった江戸時代の条件を考慮して、できたての甘酢を保存しやすいように瓶に詰めて蔵で熟成してみたところ、最初は透明だった酢が、3年程の熟成できれいな赤い色に、さらに年数が経過すると真っ黒な色に変わり、同様に味も変化していくことがわかったんです」

この仮説を、江戸のあった場所で再現したいと考えた内堀さんは、皇居外苑にある北の丸公園の地下室で、3年間熟成させてから販売することにしました。熟酢がきれいな赤い色をしているのは、皇居外苑の環境が作り出した物です。さらに、酢の原料となるお米にも、並々ならぬこだわりがあるとのこと。

「熟酢」は、日本武道館が見える北の丸公園の地下で熟成されている。まさに江戸の味⁉

「熟酢で使うお米は、長野県飯山産のコシヒカリを使っています。このお米は、皇室への献上米に指定されたことがあるほか、たんぱく質が少ないため、炊飯にも醸造にも向いていること、そしておいしいお米を作る決め手となる、水田の水温管理に適した自然条件があることから選びました。

なお、お米を甘くするために必要なのが、麹菌です。お米に麹菌をつけて甘酒と、酢に発酵させるための純米酒を作ります。つまり、熟酢の甘味と酸味は同じ原料から来ているため、フルーツビネガーと同様、甘味と酸味が口内で分かれません。さらに、熟酢は熟成しているので、よりまろやかな味わいを楽しんでいただけます」

酢が持つさまざまな作用は、
食材の組み合わせで変化するのがおもしろい

酢は身近である一方、いざ料理に使おうとしても、用途が限られてうまく使えないという悩みを持つ人も多いのではないでしょうか。その理由を、内堀さんは次のように語ります。

「料理に使う酢の難しさは、例えばしめ鯖では魚の生臭さを消すけれど、オレンジに酢をかけるとオレンジの香りが引き立つといったように、合わせる物によって抑制の効果と引き出す効果が違うことにあるのではないでしょうか。酢には、甘味を引き上げたり、素材をやわらかくしたり、油っぽさを消したり、たんぱく質を固めたりするなど、さまざまな働きがあります。
ただ、そこに法則はないので、経験から学んでいくしかないんですよね。組み合わせ次第で変化を楽しめるのは酢のおもしろいところではありますが、使い方が難しいといわれる理由かもしれません」

そこで、内堀さんに、酢と食材の意外なおすすめの組み合わせを教えていただきました。

「酢は、オイル(油分)との相性がとてもいいんです。個人的に好きでよくやるのが、クロワッサンや生チョコとのペアリングです。クロワッサンはバターによる乳脂肪分、チョコレートはカカオ油脂が含まれているので、酢をかけることでドレッシングのような、サラダ感覚の味を楽しめるようになるんです。ほかにも、アイスクリームやあずきに合わせるのもおすすめです。
なお、酢を料理などに入れすぎてしまったときに水などで薄めるのはNG。ツンとした酢の香りが余計に目立ってしまいます。単に薄めるのではなく、ゆずやすだち、ライムなど、酸味のある物を加えてあげると、鼻に来る刺激を抑えることができます」

食材のサラダ化には、フルーツビネガーもおすすめ。フルーツビネガーは水や炭酸水、牛乳、ビールなどと割ってもおいしく飲むことができます。

また、酢は調味料として使う方法もさまざま。熟酢は、強すぎない酸味とほのかな甘味が食材の味を引き立てるため、使い勝手が非常にいいそうです。調味料として使う際の、おすすめの黄金比も教えていただきました。

・酢の物用の酢(三杯酢風)
熟酢大さじ2:醤油大さじ1

・すし酢
熟酢大さじ5:砂糖大さじ2:塩小さじ12分の1

・和風カルパッチョのタレ
熟酢小さじ2:オリーブオイル大さじ2:醤油小さじ1

・大根のなます
熟酢大さじ2:塩大さじ1

異なる原材料から生まれる味の
バリエーションを楽しんで

味噌や醤油、みりんなど、日本には発酵から生まれた調味料が数多く存在します。けれども、酢のようにさまざまな穀物や果物の原材料から作られている物は、非常に例が少ないそうです。

「現代では、主に酸味をつけるために酢が使われていることが多いと思いますが、酢の持つ酸味以外の働きを活用したいとか、こういう風味にしたいからこの種類の酢を使うといったように、使い方が変わってくるといいなと思います。スパイスのように酢が使われるようになることが、私の望む未来の酢の姿ですね」

原料によって異なる味の変化が楽しめる酢を、もっと気軽に活用してみてはいかがでしょうか。

内堀光康(うちぼりみつやす)さん

内堀光康(うちぼりみつやす)さん

内堀光康(うちぼりみつやす)さん

酢とくらしの研究所株式会社代表取締役。2003年に「飲む酢」という新ジャンルの「デザートビネガー」を取り扱う酢専門店「オークスハート」をオープン。2006年には、開発部門における農林水産大臣賞を個人で受賞。酢ムリエとしてお酢の楽しさや魅力を広める活動を、精力的に続けている。

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