世界を旅する料理人
韓国料理の味を支える、
伝統発酵調味料と塩の関係とは?
2021/12/02
世界を旅する料理人
2021/12/02
キムチやチゲ、ナムルなど、日本でも人気の高い韓国料理。韓国といえば、辛い物ばかりではなく、発酵料理が豊富な国のひとつです。
ここでは、韓国伝統の発酵調味料と塩の関係のほか、現在まで受け継がれる食文化の魅力を、韓国料理研究家の本田朋美(ほんだともみ)さんに伺いました。
「どのようなメニューも飽きずに食べられるのが、韓国料理の魅力だと思います」と語る本田さん。その背景には、食材を無駄なく使う韓国の食文化があるといいます。
「冬の寒さが厳しい韓国では、生の野菜を食べられる時期が短いため、昔から貴重な物でした。そのため、おいしい物を1年中同じように食べられるように、さまざまな保存食や発酵食が発展していったのです。例えば、植物の葉や根を干して、ご飯やスープに入れたり煮出してお茶にしたり…。そのバリエーションに富んだ食材の使い方は、とても魅力的です」
韓国では、「醤(ジャン)」と呼ばれる伝統的な発酵調味料が味の基本です。代表的なのが、「カンジャン(醤油)」「テンジャン(味噌)」「コチュジャン(唐辛子味噌)」の3種類。日本の醤油や味噌と見た目も似ていますが、カンジャン、テンジャンともに塩気が強く、納豆のような香ばしさがあります。
「この3つのジャンは、煮物や和え物、チゲといった鍋料理など、いろいろな料理に使われます。韓国の食事には、絶対といっていいほど欠かせないスープに使うことも多いですね。ちなみに、最後に味噌を入れる日本の味噌汁の作り方とは違い、テンジャンは最初から入れてよく煮込んだほうが、味や香りが引き立っておいしくなるんですよ。お刺身は、コチュジャンに酢と砂糖を合わせたタレにつけて食べるのが韓国式です」
このカンジャン、テンジャン、コチュジャンの材料になるのが、大豆を発酵させた「メジュ(味噌玉)」です。茹でて軽くつぶした大豆を成形して藁をかけ、藁から付着する枯草菌の力で発酵を促して作ります。
「韓国の家庭で手作りする場合は、床暖房で発酵させるのが一般的です。このメジュを塩水に漬けてさらに熟成させた物がテンジャン、残った液体のほうがカンジャンになります」
一方、3つの調味料のうち最も歴史が浅いのが、粉末にしたメジュと唐辛子を使って作るコチュジャンです。
「韓国に唐辛子が伝わったとされるのが16~17世紀頃。一説によれば、豊臣秀吉が朝鮮出兵の際に日本から持ち込んだという話もありますね。しかし、食品として用いられるようになったのは、そこからさらに100年以上経った18世紀以降です。韓国料理には唐辛子がふんだんに使われるイメージがありますが、歴史全体から見れば比較的新しい食材ともいえるんですよ」
韓国のソウルフードともいえる発酵食品は、もちろんキムチです。実は、日本でもおなじみの真っ赤で辛いキムチが生まれたのも、韓国で唐辛子が食用として普及するようになってから。それ以前は、野菜を塩や酢、醤油で漬け込んで発酵させた物が広く食べられてきたそうです。
「キムチをはじめ、韓国の発酵食品を作る上で重要なのが塩です。韓国の塩は天日塩といって、日本の塩よりも大粒でガリガリしています。塩を作る製法も日本とは異なり、にがりが少ないのが特徴。韓国の人は皆、キムチは天日塩で漬けるのが一番おいしいと言いますね。料理の調味用には、この塩をもう少し細かく砕いた物を使います。また、韓国の大統領府でも使われているという焼き塩は、陶器を焼く窯に韓国産の天日塩を入れ、1300度以上の高温で15時間以上焼いた物。不純物がなく、やさしい塩味です」
このように、韓国では料理によって塩を使い分けるのも特徴です。
「ほとんどの家庭には、普通の冷蔵庫とは別にキムチ冷蔵庫があり、市販品や実家からもらった物など、何種類ものキムチが常備されています。そのまま食べるのはもちろん、料理にもよく使いますね。キムチを使ったメニューで最もポピュラーなのがチゲでしょう。
日本では豚肉が入ったチゲが多いですが、韓国で人気なのはツナ缶です。キムチを軽く炒めた後にツナ缶を汁ごと入れ、適量の水を加えて煮込むだけ。あとは、お好みで野菜や豆腐を足したり、酸味が強すぎるようだったら砂糖を入れたりして仕上げます。味つけに、少しナンプラーを入れてもおいしいですよ」
かつては、商社やマーケティングリサーチ会社で働いていたという本田さんは、独立後に韓国語講師と韓国語を学びたい人をつなぐマッチングサービスを立ち上げました。
その活動の一環として行った韓国料理交流会がとても好評だったことから、元来の料理好きも相まって本格的に韓国料理を学び、韓国料理研究家として活動するように。また、縁あって、慶尚北道(キョンサンプクト)の聞慶(ムンギョン)市の観光広報大使も務めています。
聞慶市の名産品は、韓方としても用いられる五味子(ゴミシ)という果実で、本田さんもご自宅で韓国から送ってもらった五味子の砂糖漬けを、水やお湯で割ってお茶として楽しんでいるそうです。
「コロナ禍で訪韓やオフラインでのイベント開催が難しかったあいだは、韓国の大学付属の語学堂によるオンライン授業を受けていました。韓国の名産や現地ならではの情報をキャッチするために、もっと韓国語の力をつけたいと思ったんです。
今後も食をテーマに、韓国の素敵な人や物をどんどん紹介していきたいですね。そして、また自由に韓国に行けるようになったら、韓国の地方ごとの食文化や歴史を学んでみたいと思っています」
韓国料理研究家。慶尚北道聞慶市観光広報大使。2009年より、韓国料理店のアドバイザーや企業へのレシピ提供、メディアへの出演などを通じ、韓国料理の魅力を伝える活動を行う。著書には、人気の韓国ドラマに登場した料理を初心者でも作りやすいレシピで紹介する「韓国ドラマ食堂 あの名シーンを食べる!」(イースト・プレス)がある。