発酵を訪ねる
江戸時代の献立を再現!
皇居外苑・安部総料理長のレシピ
2022/01/06
発酵を訪ねる
2022/01/06
かつての江戸城のたたずまいを残す、皇居外苑。その一角にある楠公レストハウスで提供されているのが、江戸の食を再現した「江戸エコ行楽重」です。江戸時代の文献を紐解き、調味料などもできる限り当時に近い物を使用して忠実に作り上げたという数々の料理が並びます。
江戸の食文化と、「江戸エコ行楽重」に込めた思いについて、皇居外苑の楠公レストハウス総料理長の安部憲昭(あべのりあき)さんにお話を伺いました。
1600年代初頭から約260年続いた江戸時代。さまざまな文化が花開いた江戸の町では、個性豊かな多くの料理が生み出されました。そんな江戸の味を、当時の料理書や文献をもとに現代の食材で再現したのが「江戸エコ行楽重」です。
「皇居外苑は、環境省が所管していることもあり、以前から生ゴミ処理機を導入するなど、環境への取り組みに力を入れていました。しかし、その取り組みを、利用者の皆様になかなかうまく伝えられないもどかしさも感じていたんです。
100万人都市だった江戸の町は、限られた資源を有効に使いきるリサイクル・リユースの『循環型社会』だったといわれています。そこで、江戸城のあったこの場所で、環境にも優しい江戸時代の調理法で江戸の味を再現できれば、もっと多くの方々に楽しんでいただけるのではないかと考えました」
2009年から開発に着手したという「江戸エコ行楽重」の献立は、主に江戸中後期の料理書がもとになっています。約100冊は現存しているそうですが、当然のことながら、現代のレシピ本のような写真や細かい手順は書かれていません。中でも安部さんが苦労したのが、分量の記載がないことだったそうです。
「材料と調味料だけの江戸時代の料理書のレシピから、私が想像で料理を作っても、本当の意味での再現は難しく、説得力もないと思いました。そこで、江戸の食文化に詳しい東京家政学院大学名誉教授の江原絢子先生に監修を依頼し、試作と試食を繰り返しながら、1年程かけてようやく完成したんです」
江戸時代と現代とでは、料理に使用する調味料も異なります。できる限り江戸時代の味に近づけるために、素材や調味料にもこだわったと安部さんは言います。
「現代は、和食に砂糖を多く使いますが、江戸時代では砂糖は薬とされるほど貴重な物だったので、料理には用いません。そのため、砂糖を使わないで調理をしてみたところ、自ずと塩分量が減り、出汁のきいた薄味仕立てになり、驚くほど素材本来の甘さが引き立ちました。江戸時代の食生活は、現代の人たちに求められている、おいしくて健康的な食事なんだという発見もありましたね。
和食には欠かすことのできない出汁も、江戸時代は煮干しや鯖といった『雑節』でとるのが一般的でした。そのため、当時にならって味噌汁や煮物の出汁に雑節を使用していますが、旨みが強くてとてもおいしいと感じますね。醤油や味噌も、昔ながらの製法で造られた物を厳選しました」
また、江戸時代の特徴的な調味料が「煎り酒」です。煎り酒とは、日本酒に塩とシソだけで漬けた梅干しを入れて煮詰めた物で、醤油が普及するまで広く用いられてきた調味料のこと。鰹節や大豆・塩を主原料としたたまり、昆布出汁を加えるなど、料理書や献立によっていろいろなバリエーションがあるそうです。
「現代では、お刺身といえば醤油とわさびが定番ですが、当時は煎り酒で食べることも多かったようです。醤油・煎り酒・お酢の3種の調味料と、わさび・からし・生姜の3種の薬味が、お刺身のネタによってさまざまな組み合わせで使われていたそう。
江戸時代の人々は、現代人以上にお刺身の楽しみ方と工夫を知っていたのかもしれないですね。『江戸エコ行楽重』でも、与の重に入っているお刺身は、自家製の煎り酒にからしで召し上がっていただきます」
江戸時代の調理法は、生・煮る・焼く・揚げる・蒸すの五法が基本。しかし、手間と工夫によって、あっと驚くような料理も生み出されています。
例えば、「凍り豆腐」は、氷が貴重だった江戸時代に、豆腐を寒天で固めて涼しさを演出した一品。黒蜜をかけてお菓子として食べられることも多かったようですが、「江戸エコ行楽重」では、酢味噌でサッパリといただきます。また、「おぼろ大根」は、やわらかく蒸した大根を出汁といっしょにピューレ状にして、わらび粉を混ぜて練り上げた物。モチモチした食感にほんのりと甘さが漂い、大根料理とは思えない味わいです。
「江戸時代の料理は、現代の私たちにとって非常に新鮮に感じるものばかり。料理人の私にとっても、当時の料理書はアイディアの宝庫です。野菜や芋類といったなじみのある食材でも、『こんな使い方ができるのか』と驚かされることが多いですね。食感も大事にしていたようで、シャリシャリした物やホロホロした物など、献立ごとに変化があっておもしろいですよ。
赤・青(緑)・黄・白・黒の五色を意識しながら、お重の盛りつけは、江戸時代の様式を参考にしました。江戸時代の人々が連れ立って花見や芝居見物に出掛ける際に食べるような、ハレの日の行楽弁当をイメージしています」
楠公レストハウスには、修学旅行や社会科見学の子供たちも多く訪れます。「江戸エコ行楽重」を開発した背景には、「学びの場である学校行事で、皇居というこの場所ならではの食事を楽しんでほしい」という思いもあったと安部さんは話します。
「当初は『江戸の味がお子さんに受け入れてもらえるだろうか』と不安でしたが、召し上がった皆さんからは、思った以上に良い反応をいただきました。特に意外だったのは、「煮物が一番おいしかった」というお子さんがとても多かったことです。
大人が思い込んでいる『子供の好きな味』と、実際に『子供がおいしいと感じる味』には、実は大きなギャップがあるのではないかと、あらためて考えさせられました」
「江戸エコ行楽重」には、それぞれの献立や江戸の暮らしなどを解説した小冊子が添えられています。
「召し上がった後は、ぜひ冊子をお持ち帰りいただいて、ご自宅でも江戸の食に思いを馳せてみてください。『こんな物を食べたよ』というご家族との会話が、歴史や食、環境に興味を持つきっかけになれば、とてもうれしいです」
一般財団法人国民公園協会皇居外苑「楠公レストハウス」総支配人、総料理長。フランス料理など西洋料理の経験を積み、2006年より「楠公レストハウス」総料理長に就任。2009年より、エコ・クッキング推進委員会、東京ガス株式会社との協働で、「江戸エコ行楽重」の開発をスタート。調味料のことから和食をあらためて学び、献立の開発にあたった。「江戸エコ行楽重」では、東京近郊の旬の食材と厳選した調味料を使用し、すべて手作りで江戸の味を再現している。