発酵を訪ねる
日本が誇る専門店「チーズ王国」で教えてもらった、
チーズの基礎知識
2022/02/10
発酵を訪ねる
2022/02/10
チーズは家庭でも日常的によく食べられる物のひとつですが、日本においては西洋発祥の発酵食品としての専門知識は、ワインほど定着していないようです。
おうち時間が増えた昨今、ご自宅でチーズを楽しみたいという方に、日本随一のチーズ専門店である「チーズ王国」の久田由美子(ひさだゆみこ)さんから、チーズをよりおいしく楽しむための基礎知識をレクチャーしていただきました。
「チーズ王国」は、1985年にオープンして以来、日本におけるチーズ専門店の草分け的存在です。現在は東京・立川にある本店「サロン・ド・テ・チーズ王国」のほか、日本全国に16の支店を構えています(2022年2月25日時点)。関連ブランドである「フロマジュリー・ヒサダ」は、パリに本店があるチーズ専門店で、こちらも国内に6店舗を展開。ともに多くのチーズ愛好家たちに支持されています。
このグループの創始者は久田寿男さん・早苗さん。現在はお二人の長男である謙さんと由美子さんご夫婦が引き継いでいます。
「久田早苗は、48歳で渡仏してチーズについて学び、その後パリで熟成庫を完備したチーズ専門店をオープンました。後にチーズ熟成士として長年の功績を認められ、チーズ専門家の団体であるギルド・アンテルナショナル・デ・フロマジェ・エ・コンフレリー・ド・サントュギュゾン協会による職人最高位の称号メートルフロマジェを日本人で初めて叙任されました」
チーズ熟成士とは、生産者から仕入れたチーズをその最高の状態に熟成して消費者に届ける、チーズの世界ならではの特別な技術と知識を有する職人のこと。もちろん、由美子さんも熟成士として同協会から称号を受任しており、チーズ王国本店の地下には、チーズ専用の熟成庫があります。
「果物でも土地や生産者ごとにそれぞれ味わいは違いますし、熟成の度合いによってもおいしさが変わりますよね。チーズも同じで、例えばフランスのノルマンディのカマンベールひとつとっても多くの生産者がいますので、私たちはみずから現地まで足を運び、製造や品質、ミルクを搾る牛などの動物がいい環境で健康に過ごしているかといったことを実際に確認し、作り手や商品を厳選。良好な状態で輸送するために熟成指定を自社で独自に行った上で、チーズをお客様に届けています」
最高のチーズを最高の状態で提供することを信念としているチーズ王国。そのショーケースに陳列されている実際のチーズを見せていただきながら、まずはチーズの分類から学んでいきましょう。
一般的にチーズは、7つのタイプに分類されます。その中から、それぞれ代表的なチーズを選んでいただきました。
熟成させずに作り立てを食べるのがフレッシュチーズです。このタイプは、癖のない爽やかな味わいが特徴で、非熟成タイプとも言われます。写真はモッツァレラ・ディ・ブッファラD.O.P.(イタリア産)。フロマージュブラン(フランス産・国産)やリコッタ(イタリア産)もこのタイプです。
青カビ独特の風味や塩味があります。過熟になるとピリッと風味が強くなります。写真はブルースティルトン(イギリス産)。ロックフォールA.O.C.(フランス産)、ゴルゴンゾーラD.O.P.(イタリア産)も有名です。
ハードタイプは、料理にも多用される日本人になじみ深いチーズです。長期熟成にも向いており、良い熟成を施すとうま味が増すため、削ったり、粉チーズにしたり、調味料のように使うこともあります。写真はコンテA.O.Cエクストラとエメンタールドゥサヴォワ(ともにフランス産)。イタリアのパルミジャーノ・レッジャーノD.O.P.も、このタイプとしてよく知られています。
加熱するとトロっと溶けて口当たりが良く、料理への使用頻度も高めなセミハード。写真はゴーダ ドゥメ(オランダ産)。フランス産のラクレットやルブロションA.O.C.も同じタイプです。
白カビタイプは、中のやわらかな組織と白い外皮のキノコのような香りが特徴。比較的食べやすいマイルドなものから奥深い味わいのものまであり、本格チーズへの入門としておすすめです。フランス産のブリーも代表的な白カビタイプのひとつ。写真はカマンベール・ドゥ・ノルマンディA.O.C.(フランス産)。
シェーヴルとは、山羊のミルクで作られるチーズの総称です。独特の風味がし、熟成の幅も広い上級者向けのチーズでもあります。写真はヴァランセA.O.C.(フランス産)。
ウォッシュタイプは、塩水や酒でチーズの表面を洗うことで、ほかのタイプとは異なる微生物による発酵が生じ、個性的な香りを発します。写真はエポワスA.O.C.(フランス産)。マンステールA.O.C.(フランス産)やタレッジォD.O.P.(イタリア産)もこのタイプで、個性豊かな香りが特徴です。
チーズは7タイプの分類が一般的ですが、最近は羊のミルクで作った「ブルビタイプ」のチーズを入れ、8タイプとすることもあるそうです。
7タイプあるチーズの中で、久田さんが一番好きなのはシェーヴルタイプ。
「山羊のチーズは熟成による変化がわかりやすく、熟成次第で味わいもさまざまなんです。熟成士としては一番楽しいチーズですね。久田早苗が渡仏後、あるお店で最初に一目惚れし、熟成士になる決心をしたというクラックビトゥー(フランス・ブルゴーニュ産)は、ぜひ多くの方に味わっていただきたいですね」
シェーヴルタイプのチーズである、クラックビトゥーを熟成庫で1ヵ月半熟成させた物と、4ヵ月熟成させた物は、見た目にもはっきり違いがあります。4ヵ月熟成のほうが、一回りサイズが小さい理由は、水分が蒸発してチーズ全体が濃縮しているから。
実際に食べてみると、1ヵ月半熟成のほうは舌触りもソフトで酸味があり、フレッシュな印象です。一方、4ヵ月熟成のほうは、食感はよりしっかりしており、濃厚な味わいの余韻が長く、旨みや塩味もより強く感じられました。ともに山羊独特の風味や味わいが深く、ワインが欲しくなってしまいます。
「熟成は、長ければ良いというわけでなく、また、置いておけばいいというものでもありません。日々変化するチーズの状態を把握し、そのときに必要な処置をしながら管理することで正しい方向に導くのが熟成士の仕事。それぞれ好みの味わいに熟成された物をいただくのがベストです。熟成期間の短い物は酸味を強く感じるかもしれませんが、その場合はハチミツなどといっしょに食べてもおいしいですよ。」
「これから本格的なチーズを楽しんでいきたいという方に、ぜひ知っていただきたい!」と久田さんが教えてくれたのは、原料のミルクの違いでチーズの味わいが大きく異なるということ。
「お客様によく『カマンベールください』と言われるのですが、多くの方はカマンベールというと白カビタイプのチーズ全般を漠然とイメージされているようです。そんなときは、白カビタイプのチーズにも味わいの違いがあることをご説明した上で、選んでいただいています」
ともに、フランス産の白カビチーズであるブリーとカマンベール・ドゥ・ノルマンディA.O.C.を食べ比べてみると、その違いは原料のミルクが殺菌されているか、いないかということ。
ブリーは見た目も真っ白で、味わいもすっきり。香りもあまり強くありません。一方で、カマンベール・ドゥ・ノルマンディA.O.C.には、はっきりした個性的な香りがあり、味わいも複雑に感じました。同じ白カビタイプのチーズなのに、味の印象はまったく異なります。
「こちらのチーズ王国で取り扱っているブリーは殺菌乳、カマンベール・ドゥ・ノルマンディA.O.C.は無殺菌乳から作られています。白カビタイプに限らず、ミルクの違いが明確に味わいの違いに繋がります。すっきりした風味を求めているお客様には、殺菌乳のチーズをおすすめします。一方で、ワインと合わせてみたいという方には、ぜひ無殺菌乳のチーズを食べていただきたいですね」
ワインとチーズのペアリングは王道ですが、久田さんのおすすめは、なんと日本酒とチーズのペアリング。
「チーズと日本酒はとても合うんですよ。私自身、実はワインより日本酒のほうが好きなので、チーズといっしょにいただくことが多いです。特に、富山県や石川県など北陸で造られている辛口の日本酒は、チーズと合わせるととってもおいしいです」
日本酒と合うチーズはたくさんあるそうですが、その中でも由美子さんの一番のお気に入りはスイス産ハードタイプ・無殺菌乳製チーズのシロネ。
実際、辛口の熱燗や甘口の貴醸酒など、いくつかの日本酒とシロネのペアリングを試してみましたが、どの組み合わせもとてもおいしくいただくことができました。マッチする理由は、どこにあるのでしょうか。
「シロネを食べたときに、少しシャリシャリした食感があると思います。それはうま味成分のアミノ酸が熟成とともに結晶化したもので、それが多いほどおいしいといわれているんです。うま味が強いチーズほど、日本酒と合う。ほかにも、イタリア産のパルミジャーノ・レッジャーノD.O.P.とも合いますよ」
知れば知るほど無限の楽しみが広がるチーズの世界。これからも、おいしいチーズとチーズの文化を届けてくれることを楽しみにしています。
「チーズ王国」「フロマジュリー・ヒサダ」を運営する株式会社久田の販売部長。チーズ熟成士として「ギャルド・エ・ジュレ」の称号を持つ。