一皿のものがたり
“してき”であるということ。
詩人ウチダゴウさんが
スコットランドで出会ったティーポット
2022/02/24
一皿のものがたり
2022/02/24
お気に入りの器になにを盛りつけるのか。大好きな料理を盛りつけるのはどんな器がいいのか。そんな思いをめぐらせる食卓は豊かな時間を生み出します。「一皿のものがたり」では、器と料理にまつわる物語を語っていただきながら、その方の日々の想いや暮らしについてお話をうかがいます。
今回は、長野県安曇野に、詩とデザインのアトリエ「してきなしごと」を開く、詩人・グラフィックデザイナーのウチダゴウさんにお話をうかがいました。
長野県安曇野に、詩人でグラフィックデザイナーのウチダゴウさんを訪ねたのは2月のはじめのこと。私たちの車が到着すると、庭先にいたウチダさんが私たちをご自宅に招き入れてくれました。リビングに入ると、ストーブの中にきれいに組み上げた焚き付け用の細い薪を大きな手で確認しながら、「火が安定するまで、ちょっと待ってくださいね」とウチダさん。その前には、ここが定位置とばかりに愛犬のロッホが眠そうな目でくつろいでいます。
ウチダさんは、2010年に詩とデザインのアトリエ「してきなしごと」を長野県松本市で立ち上げました。2018年に安曇野にご自宅とアトリエを移してからは、詩作や朗読会の主宰、デザイナーとしてのお仕事のほかに、さまざまな作家の作品を展示するギャラリーも運営。また、第2の拠点として英国・スコットランドを定期的に訪れ、作品制作や発表を行っています。
今回、「一皿のものがたり」で紹介してくれるのも、ウチダさんがスコットランドで出会った器たち。
まずはウチダさんにとっての旅のお話から始まりました。
「一人旅を始めたのは中学生の頃ですね。当時は、スマートフォンもGoogle Mapもない時代。それどころか、ガイドブックや旅行雑誌も読まずに地図帳と時刻表だけで場所を決め、宿泊先はタウンページで見つけるというような旅でした。地図帳だと正確な場所がわからず困ったら、大きい本屋さんに入って、詳細が載っている国土地理院の2万5千分の1地図を購入したりして。だから、何もかもわかるのは、その場所に着いてから。宿の主人の顔も、扉を開けて『いらっしゃい』と言われてはじめて、あぁこういう人がやってるのかと初めて知るという感じでした」
何事も現地に着いて初めてわかるといった経験ができた“最後の世代”だとウチダさん。道に迷ったり、駅で不安な気持ちになったことはいくらもあるけれど、そんな旅ができたことは、とてもラッキーだったといいます。
「今は、調べたらわからないことなど、ほとんどありません。その場所に着く前からSNSなどで情報を得ているから、会ったことがない人も会ったことがあるような気になる。人のつながりもSNSなどを介してどんどん広がって、あぁそれなら『繋いであげましょう』ってことも多くて。それはとてもありがたいことです。でも、その反面、情報だけでお腹がいっぱいになってしまい、少し窮屈だなと感じたりもしますね」
そんなウチダさんが、初めてスコットランドを訪れたのは2013年、20代も終わりの頃のこと。スコットランドは、SNSがない頃の旅を思い出させてくれたといいます。
「行ってみて初めてわかることにぶつかるというんですかね。知り合いが少しずつ増えてはいくんですが、スコットランドの人の気質もあるのか、人が人を紹介してくれてどんどん広がっていくみたいなのとはちょっと違っていて。ゼロから街や風景や人に出会っている感じがするんです。ちゃんと旅をする感じが味わえるというか」
その後、何度も訪れるほど、スコットランドの土地が気に入ってしまったのは、そんな“ちゃんと旅をする感じ”が味わえるからなのでしょうか。ウチダさんの言葉にそんな想像をしたのですが、実はそうではないといいます。
「最初にエジンバラの空港からバスで街の中心まで来て、バスのステップを降りたその瞬間から『あぁ、これだ』って思ったんですよ。毎年ここに来ようって」
足先がスコットランドの土地に着いたか着かないかというそのときに、“毎年来よう”と思うことに理由などないのかもしれません。人や街、風景から何かを感じるその前に、直感として、そう思ったとしかいいようがない経験だったようです。以来ウチダさんは、すでに6度、特に冬のスコットランドを好んで訪れています。
今回、ウチダさんが紹介してくださるのは、スコットランドで出会ったティータイムのための器たち。
スコットランドのファーガス・スチュワートさんという陶芸家によるものです。
「スコットランドの友人宅の飾り棚の上の方に、すごく素敵なティーポットを見つけたんです。それであれは何?って聞いたら、見せてくれたのが、ファーガスのティーポットでした。それは、とても深い灰色をした、地味で無骨なティーポットでしたね。ひと目で気に入って、誰のつくったものかと聞くと、彼女の記憶もややあやふやで(笑)。調べてくれてわかったのは、彼女の友人の友人で、ファーガス・スチュワートという人の作品だということでした。それで、ぜひあなたの作品を見せてもらいたいと、公開されていたフェイスブックページから彼にメッセージを送ったんです」
連絡が取れたのは、ウチダさんが日本に戻ってからでしたが、次回滞在の際には、「ぜひ訪れたい」そう伝えると、ファーガスさんから、どうぞ来てくださいとメッセージが届きました。スチュワートさんが作陶する「ファーガス・スチュワート・セラミックス」があるのは、スコットランドのなかでもハイランドというエリア。エディンバラのあるローランドからは、ずいぶん距離があります。もし可能なら訪れたときに泊めてくれたらうれしいのだけど…と書くと、それもOKという返事だったそうです。
「ファーガスからは、<you are most welcome to stay overnight (s)>という返事。(s)という文字を見つけた僕は、数日時間を置いて少し丁寧な調子で、できれば2泊させてくれたら助かるけれど…とメールすると、それにも快く応じてくれました」
会ったことのない陶芸家の家を訪れ、2泊させてほしいと書くのは、少し勇気のいることのように思いますが、ウチダさんはその(s)に、茶目っ気のあるオープンマインドな人という印象をファーガスに持ったといいます。
そして、スコットランド6度目の訪問。
ハイランドへの旅は、「なんにもない、まるで国立公園のような土地をひたすら車で走るような」経験だったそうです。どんなティーポットに出会えるだろうと、道中、楽しみだったのではないですか?そう聞くと、「うーん、もちろん作品を楽しみにしていたのもあるのですが、いったいどんな人がつくっているのかということのほうに、より関心があったかもしれないですね」とウチダさん。
それは、彼と2日間をともにすることになっていたこともありますが、同時にスコットランドの作家の作品を自身のギャラリーで取り扱いはじめていたウチダさんにとって、ファーガスの作品も候補のひとつ。作品はもちろん、今後付き合っていくことができるか、人柄を知りたいという思いもあったそうです。
「到着した僕に、出迎えてくれたファーガスは、最初はちょっと目が合わない感じで、照れくさそうな表情を浮かべる60代の男性でした。その様子から、大丈夫、コワイ人じゃないって、まず思いましたね(笑)」
その夜は、いろいろな話をしたそうです。ウチダさんの英訳された詩集を手土産に自己紹介。そして、パスタを食べながら、互いの国の政治や歴史、芸術について話し込みました。出会ったばかりの二人が話すには、少し踏み込んだ話題だと感じますが、あえて話したかったとウチダさんはいいます。
「ヨーロッパの歴史って過酷な側面もあるので、立ち入るのは難しいです。でも、政治とか、歴史とかそういう話ができるかどうかは、大切なことだから、僕はしちゃうんです。人として話せるかどうか、お互いに踏み込んで話し合って、はりあいがあるかを知りたかったんですね」
同じ意見かどうかは関係がない。話し合える“はりあい”がある人物かどうかが大切とウチダさん。ファーガスはとても熱い人で、さまざまな話題について語り合い、滞在した2日間は、ふたりが互いのことを知り合う大切な時間となりました。
しかし、肝心のティーポットはというとーー、滞在中に手に入れることはできなかったそうです。
「ちょうど窯を新調している時期で、ティーポットはつくれていないということでした。それで、在庫があったティーカップとミルクピッチャー、紅茶の葉を入れておくティーキャディ、それから僕が一目惚れしたティーポットに少し雰囲気が似た花瓶を選びました。お皿はこの時、ファーガスがくれたものです」
ほしかったティーポットがなかった。そのことをウチダさんは残念に感じていないようです。それどころか、“ない”ことを楽しんでいるように見えます。
「あぁ、ないんだという感触が残り続けるのは悪いことではないと思うんです。手に入らなかったというストーリーを手に入れてるっていうか(笑)。それにこの話をすると、みんなティーポットが“ない”ことに思いを巡らせ、この先のことを思い浮かべるでしょう?」
本当は、その翌年には手に入れられるはずだったティーポット。しかし、新型コロナウィルスが流行し、ファーガスと約束したハイランド再訪問は未だ延期されたままです。代わりに使うのは、日本で見つけたイギリス定番のティーポット。“手に入らなかった”というストーリーはいまだ継続中、そんなことを思いながらウチダさんは、持ち帰ったカップに紅茶を注ぎ、ティータイムを楽しんでいるそうです。
また、ファーガスのティーポットをいつか手に入れたいとは思っているけれど、それだってどういう結末になるかわからないと、ウチダさんは続けます。
「コロナが落ち着いて、ようやく行けたけれど、またティーポットがないってこともありえます(笑)。ファーガスの作風が変わったり、もうつくりたくないってなるかもしれない。誰にもわからないですよね。それもまた、ストーリーだと思うんです。どうでないといけないって思うより、これから起こる状況の中で、僕は何をどうするのがいいか、そのつど考えるのが楽しいなって思います」
そんな話を伺っていると、ウチダさんがお茶を入れてくださいました。ここにないティーポットの存在感を味わいながらのティータイムです。
ウチダさんは、今回話しをするのにあたり、このティーセットにどんなお菓子があるといいだろうと考えて、お手製のスコーンを用意してくれていました。スコットランドで食べた素朴な味わいに似せて、強力粉と薄力粉を半分ずつ使ったざっくりとした食感のスコーン。添えられているのは、クロテッドクリームといちごジャムです。
「こうして器を並べると、スコットランドを思い出します。持ち手のないカップは湯呑に似ているし、色も日本の陶器に通じるものを感じます。でも、やっぱりこの色、この佇まいはスコットランドなんですよね。地味で無骨でどしんと重量がある感じは、スコットランドの風土そのままです。このティーカップの底の紫色からエメラルドグリーンまでのグラデーションは、まさにファーガスが暮らす村にほど近いビーチの浅瀬の色と同じだし、赤っぽい黄土色は、ビーチの砂浜の色を思い出させます」
ウチダさんは、いずれファーガスの作品を自身のギャラリーで展示することを考えているそうです。
「詩集をつくったり、朗読会を行ったり、詩に携わる僕が、『してきなしごと』として、スコットランドの製品を扱うことに、どうして?と感じる人もいるかもしれません。“してき(詩的)”って何?って。僕にとっての詩というのは、行ったこともないどこか、会ったこともない誰かを、まるで知っているかのように感じさせてくれるもの。その世界にすっかり入り込ませてくれるものです。もちろん、その詩から何を見て、何を感じるかは人それぞれなのですが、詩が“装置”となって、その先にある、さまざまな感覚とつながることができると思っているんです」
詩をどう捉えるかは人によって違うし、とても平たい言い方になってしまうのだけど、そう言いながら、ウチダさんは詩について、話してくださいました。そして、人のさまざまな感覚を呼び起こす“装置”としての役割を担えるのは、ことばを用いた詩だけではないと、ウチダさん。
「僕がスコットランドの土地に初めて降り立ち感じた感覚、ファーガスとの出会い、一緒にパスタを食べながら話した政治の話、スコットランドの海の色。器を通してこの話を頭に浮かべ、それぞれのファーガス、それぞれの海の色を思い浮かべてもらうことができたら、それはやっぱり“してき”なことだと僕は思うんです。
世の中は、すごい技術とか高いクオリティのものであふれています。そういうものの紹介はいろいろな素晴らしいお店がしてくれる。僕にできるのは、ものの背景にあるストーリーを話したり、その時のことを詩にして届けて、目の前にあるものを“してき”に感じてもらうことです。だから僕は、情報ではなくて、運や縁、個人的な出会いによって導かれたストーリーを、これからも大切にしていきたいって思います」
詩人・グラフィックデザイナー
詩人・グラフィックデザイナー
1983年生まれ。立教大学法学部卒。詩とデザインのアトリエ「してきなしごと」代表。詩人としての活動は、執筆・出版だけでなく、商品コンセプトや企業理念の詩執筆、店舗ディスプレイとしての詩のハンドライティングなど多岐に渡る。グラフィックデザイナーとして、ブランディングを兼ね備えたディレクション・グラフィックデザインを手がける。全国各地で個展・朗読会を開催、出演。近年は英国・スコットランドを度々訪ね、現地での執筆・朗読・個展活動を行っている。またギャラリーを運営し、さまざまなアーティストや作家の作品紹介にも力を入れている。詩集に『空き地の勝手』『原野の返事』(してきなしごと)、『鬼は逃げる』(三輪舎)などがある。雑誌『nice things.』にて連載中。
https://shitekinashigoto.com/