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世界を旅する料理人
トルコ人は健康志向が高め!?
発酵食品の宝庫・トルコの食文化のこと
2022/03/03
世界を旅する料理人
2022/03/03
トルコ料理といえば「ケバブ」のイメージが強く、日本ではあまりどのような料理なのかわからないという人も少なくないかもしれません。実はトルコは、世界有数の発酵食品大国なんです。
現地に住んで26年になるというトルコ料理研究家の大濱裕美(おおはまひろみ)さんに、トルコ料理の食文化とその魅力について教えていただきました。
トルコ人である旦那様と、留学先のイギリス・ロンドンで出会った大濱さん。結婚後の1995年からは、トルコ・イスタンブールで暮らしています。移住当初は、親戚4世帯が1つの建物に住まう大家族の暮らしに、大きなカルチャーショックを受けたそうです。
「私たち夫婦が1階に、その上に義父母が、そのまた上に弟夫婦が、さらにその上に兄夫婦が住んでいました。古風な家柄だったので、嫁たちは朝5時から夜寝るまでキッチンに集まって、ずっと食事の用意をしているような生活でしたね。朝、昼、晩の食事はもちろん、トルコ人はお茶会が大好きで、午後、そして夕食後のお茶の準備も嫁たちの仕事だったんです」
毎日の生活からトルコの家庭料理を習得した大濱さんは、さらにトルコ現地の料理学校「MSA(mutfak Sanatlari Akademisi)」でプロの技術と知識を学び、在住日本人向けに料理教室「イスタンブルのキッチン」をスタートしました。
そんな大濱さんにトルコ料理の魅力について聞いてみると、その多様さにあると言います。
「トルコは地方によって、それぞれ食文化の違いが顕著です。エーゲ海に近い場所ではオリーブオイルが多用され、黒海の沿岸ではバターやとうもろこし、東へ行くと肉料理が豊富だったりして、料理の種類の多さが特徴です。ある研究家による調査では、ナス料理だけでも156種類、キョフテ(ミニハンバーグ)は291種類、発酵食品のタルハナは50種類もあるそうです。また、基本的にトルコはお酒を飲まないイスラム教徒が多いものの、前菜のメゼを食べながら、水をそそぐと白濁するトルコ名物でもある蒸留酒のラクを飲む食文化も共存しています。
お酒といえばワインも有名で、絶滅の危機に瀕していたトルコの固有ブドウ品種であるカレジックカラスを、国立アンカラ大学が復活させたことでも注目されていますね」
トルコの食文化の多様さは、もちろん発酵食品にも及びます。日本でもなじみ深いトルコの代表的な発酵食品のひとつが、ヨーグルトです。実はヨーグルトは、古いトルコ語で「攪拌する」「混ぜる」という意味の「yoğurmak」がその語源ともいわれており、トルコの食卓には欠かせないもの。その種類や食べ方もいろいろあるそうです。
「家庭でもヨーグルトはたくさん使いますので、2kg以上入った大容量の通称『バケツヨーグルト』を常備しているところがほとんどです。地方に行くと手作りのヨーグルトが一般的ですね。山羊や羊のミルクを売りに来るので、各家庭がそれに菌種を入れ、発酵させて作っています。山羊のヨーグルトはかなり強いクセがありますが、夫は『これがおいしい!』と好んでいますね」
牛乳のほか、山羊や羊、さらに水牛のミルクのヨーグルトもあるそうです。これを水切りしたり、塩漬けにしたり、乾燥させたり、さまざまな加工をして使います。
ピラフにかけて食べるのも日常的ですが、メゼや水餃子に似たマントゥのソースの材料にもなります。さらに、肉のマリネや、小麦粉で作る生地に混ぜて使うこともあるそうです。
「にんじんのタラトル(にんじんのヨーグルトサラダ)は、一般的にヨーグルトとにんにく、クルミを使ったメゼのことを指します。タラトルとは、ギリシャ語源でオスマン宮廷でも作られていたといわれる料理のことです。そのままでもディップにしても良し、サンドイッチのスプレッドとしても肉や魚のソースとしてもおいしいです。簡単なヨーグルト料理ですので、日本のご家庭でも楽しんでほしいですね」
「ヨーグルトはギリシャヨーグルトのように水切りされた濃厚の物が好ましいです。見つからない場合にはコーヒーフィルターで普通のヨーグルトを水切りすることをおすすめします。出た水分はたんぱく質やミネラルなどの栄養が豊富なホエーなので、こちらは捨てずにお飲みいただきたいですね」
ヨーグルトをさらに加工した、とても興味深い発酵食品がタルハナです。これは、ヨーグルト、小麦粉(ブルグルと呼ばれる挽割り小麦の場合も)、トマト、玉ねぎなどを合わせた物を発酵させてから乾燥させ、砕いて粉状にした保存食です。
写真左から、小麦、ヨーグルトで作られたマラティアタルハナ、最低でも21日間発酵させ、シヴァス産のパプリカ、ヨーグルト、小麦粉、玉ねぎ、トマト、ミントから作るウシャックタルハナ、セイヨウサンシュのタルハナ、果実の酸味があるボル地方のクズルジュックタルハナ、そしてオレンジ色の物が一般的に多く流通しているタルハナで、一番右はカフラマンマラシュのタルハナチップス。
「タルハナは、世界最古のインスタントスープともいわれていて、16世紀から作られているそうです。戦時中に食料を持ち運びできるように工夫した結果、保存のきく食品として生まれたのでしょう。また、サルチャというトマトの発酵ペーストをバターで炒め、水で溶いたタルハナを加え、タルハナチョルバスというスープにしていただきます」
タルハナチョルバスに使われるサルチャも、トルコの食文化を代表する発酵食品です。
「サルチャは、日本でいうところの味噌や醤油にあたるものです。我が家でも嫁たちが集まって、皆で作っていました。
切ったトマトを40Lくらいのバケツで塩漬けにして、天日にさらして発酵させ、ペーストにします。おいしいトマトが出回る夏のうちに仕込んで保存しておけば、一年中使えます。地方によってはパプリカで作るサルチャもあって、日本の米味噌に対する麦味噌のような存在でしょうか」
サルチャは煮込み料理に使われることが多く、定番料理は白いんげん豆の煮込みのクルファスリエ。ほかに肉の煮込みにも多用されたり、スープに使われたり、バターで炒めてソースにすることもある基本調味料で、まさに「トルコの味噌」です。
トマトのサルチャとパプリカのサルチャを混ぜて使うこともあるそうで、合わせ味噌を連想させます。
トルコでは、野菜も発酵ピクルスにして保存するのが一般的です。
「専門の漬物屋さんがあるくらいで、キュウリ、キャベツ、オクラ、ナス、青い未熟トマト、ビーツ、玉ねぎなど、ありとあらゆる野菜を漬けます。漬け液は水、塩、酢、にんにくに、菌種として乾燥ひよこ豆を加える場合もありますね。
ひよこ豆はタルハナでも菌種になりますし、パンの酵母を起こすときにも使われています。メソポタミアの時代から食べられているともいわれるひよこ豆はトルコ人にとって豊穣のシンボルであり、とても大切な食材です」
さらに、発酵ドリンクも豊富なのだそうです。
「赤にんじんとカブを塩水で発酵させて、その赤い漬け汁をジュースとして飲むのがシャルガムです。お肉の油っぽさもすっきりさせてくれるので、ケバブのお供として飲むことが多いですね。
小麦や大麦などの穀類を発酵させたボザは、白くてどろっとした甘酒のようなものです。冬の飲み物で、日本の石焼き芋のように『ボザー、ボザー』と呼び声を上げながら売りに来ます。体にいいとされていて、健康飲料のようなイメージもありますね」
イスタンブールではあまり見かけない、郷土色豊かな発酵ドリンクがハルダリエです。
「ブドウを発酵させるとワインになりますが、あえてワインにならないように、ブドウ果汁にマスタードシードを加えるんです。そうすると、発酵はするけれど、アルコール発酵は進まず、お酒にならない。ハルダリエは、日本でほとんど知られていない発酵飲料かもしれませんね」
発酵食品が豊かな背景には、トルコの人たちの健康志向の強さがあるのではと大濱さんは言います。
「全般的にトルコ人は手作りを好み、工場で作られた食べ物を嫌います。スーパーに行くと、インスタント食品の棚の割合がすごく少ないんですよ。サルチャやタルハナなどの発酵食品も、自分で作るか、知り合いから自家製の物を分けてもらうか、青空市などで売られている物を買ってきて利用することが多いです」
健康的で多様性に満ちたトルコの食文化と発酵食品。大濱さんの料理教室で、これからも多くの人たちがそのすばらしさに魅了されるのは間違いなさそうです。
トルコ料理研究家。1995年よりトルコに在住。料理学校MSAにてプロフェッショナルシェフコース卒業後、料理教室「イスタンブルのキッチン」を主宰。トルコ料理を日本人に伝えるだけでなく、現地企業やレストランに寿司をはじめとする日本料理を指導するといった活動も行っている。
イスタンブルのキッチン