発酵人
幸せ料理人・寺井幸也さんの
作る人も食べる人も幸せにする料理のコツ
2022/03/17
発酵人
2022/03/17
赤、緑、茶、黄、白…。小判型のお弁当箱をのぞくと、鮮やかな食材の色が目に飛び込んできます。それぞれが際立って美しいのに、箱の中では不思議なほど調和がとれていて、まるで一枚の絵画のよう。食欲をそそるのにどこか非現実的、それでいて口に広がるのは優しく懐かしい家庭料理の味――。
幸せ料理人・寺井幸也(てらいゆきや)さんが生み出す料理は、見たときと食べたときの二度、人を魅了する力に満ちています。五感を刺激する食へのこだわりと、心と体が喜ぶ料理を作るヒントを聞きました。
ヴィヴィッドな色使いで、見て楽しく、食べておいしい――。
2015年、寺井さんが一人で始めたケータリング事業である「幸也飯」で提供した料理の数々は、流行に敏感なモデルや女優たちを一瞬で虜にし、CMや雑誌の撮影現場を起点に口コミでその評判が広がっていきました。
2018年には、より多くの人に「幸也飯」を楽しんでほしいと、東京・中目黒にデリ&ケータリング店「YUKIYAMESHI」をオープン。現在は、商業施設初出店となる渋谷店とともに、幅広い世代に人気を博しています。
「幸也飯」誕生のきっかけは、SNSでいわゆる映えが意識され始める少し前のこと。寺井さんの独特のセンスは、フォトジェニックなものを賛美する時代を先取りして、すでに業界人たちの鋭い嗅覚を刺激していたのです。
とはいえ、見栄えの美しさだけでは、人の心と胃袋はすぐ離れていってしまいます。きらびやかなものが流行っては消えていく中で、「幸也飯」が今日まで多くの人に愛されてきたのは、寺井さんが作る料理の味が真に魅力的だったからにほかなりません。
寺井さんの料理は、華やかな見た目に反して、奇をてらいすぎない家庭の味が魅力です。塩麹で漬け込んだやわらかな唐揚げ、焼き鯖、自家製味つけ卵といった一般家庭にもなじみ深いメニューはもちろん、小ぶりのおいなりさんにのったふっくりとした牡蠣、サーモン、黒納豆など、使用する食材はどれも化学調味料不使用で、体に染み込むような優しい味わいです。
「ケータリングもデリも、基本的には出来立てを食べてもらう料理ではありません。だから、冷めてもおいしく食べられるのが鉄則。僕は『旬』『香り』『食感』をキーワードに、時間が経っても食欲を刺激する見た目と味を意識しています」
寺井さんの原点は、生まれ育った故郷・鹿児島の家庭環境にありました。実家は民宿で、祖父は寿司職人だったそうで、仕事で多忙を極めていた母や家業を手伝う兄に代わり、寺井さんが台所に立つようになるまでに、そう時間はかかりませんでした。
「小学校3年生くらいから、三兄弟のご飯は僕が作っていました。元々料理が好きだったんでしょうね。特に苦にならなくて、中学校に上がってからは祖父の酒の肴になりそうな物を作ってみたり、定番料理にちょっと工夫を加えたりして、家族に喜んでもらえるのがうれしかったんです」
飲食業界やアパレル業界に身を置いた後、自分の内面を見つめ直し、最終的に戻ってきたのが料理の世界でした。「幸也飯」を始めてからも、幼少期と同じように、誰かに「おいしい」と言ってもらえるのがただうれしくて、「食べた人に幸せになってほしい」という一心で料理を作り続けてきたといいます。
「レパートリーが少ないと、料理を作るのがおっくうになるし、誰かに『おいしかったよ!』と褒めてもらえないと家政婦気分になってしまう…。きっと、家庭の主婦(主夫)も同じですよね。
つい、相手に理解や賞賛といった見返りを求めたくなりますが、レパートリーを増やし、食べた人が幸せになる料理を作る努力をしてみると、自然と見える景色も違ってくるんです。そうすると、作り手と食べる人のあいだに好循環も生まれると思います」
寺井さん自身も、作ることに重圧を感じて楽しめなくなった時期もあったといいます。事業開始後、1万食近くの注文を一人でさばくという怒涛の1年が過ぎ、自分の料理に期待してくれている人が確実に増えていることを実感した頃でした。
自信を持って料理を提供するには、「人が食べる物を作っている」ことにより真摯に向き合う必要があると考え、週2日はケータリングを休止して九州へ。半年で60軒弱の農家を訪問して生産者とふれ合い、野菜づくり、米づくりをゼロから学び直すことで、素材を活かした「心と体が喜ぶ料理」を極める方向に着地しました。
今、「YUKIYAMESHI」で使用しているお米は、当時知り合った米農家さんのお米から、おかずに合う物を厳選してブレンドした物です。
壁を乗り越え、食べる人の幸せを思って、いきいきと料理に取り組む寺井さん。寺井さんのように日々の台所仕事を楽しむには、どのようなことを意識すればいいのでしょうか。
「よく皆さんにお伝えしているのは、『買い物の仕方を変えましょう』ということ。つい使い勝手の良い物や見慣れた物から、買い物かごに入れたくなりますが、何か1点でもいいので、できるだけ旬の物、珍しい物をピックアップしてみてください。王道の食材と旬の食材を組み合わせるようにすると、飽きずに新しい料理を作り続けられるようになりますよ」
ウェブで調べれば、いくらでもレシピが見つかる時代だからこそ、初めましての食材を使った料理は、作り手にも、食べる人にも刺激を与え、マンネリ化した食卓に花を添えてくれるでしょう。
「ほかにも、食材の色が重ならないように買い物をするのもポイント」と寺井さん。旬の物が緑なら、黄色いにんじん、紫のなすというように、1つのかごにさまざまな色が入るように工夫してみることで、色鮮やかで、栄養バランスの整った食事に近づけるそうです。
「あとは、みりんやオイスターソース、塩麹、酒粕、オリーブオイルなど、発酵の力を借りて食材の自然な甘さや旨みを引き出す力を持った調味料を使うのもおすすめです。時代によっていろいろな調味料が流行りますが、塩麹のように定番化している物はやっぱり日本人の舌に合っていて、料理を引き立ててくれるんだと思います。
『これ、なんだろう?』『どうすればおいしくなるかな?』という素朴な疑問を大切に、旬の食材や調味料と丁寧に向き合う時間を増やしてみてはいかがでしょうか」
料理家。彩り豊かな家庭料理をメインに、2015年よりケータリング事業「幸也飯」をスタート。2017年には初のレシピ本「幸也飯 彩り映える・おもてなしの作りおき」(辰巳出版)を出版。飲食店プロデュースや企業との商品開発など、活動の幅を広げている。
幸也飯 | 幸也飯は、料理家・寺井幸也がプロデュースしたデリ&ケータリング店です。