世界を旅する料理人

中国を代表する発酵食品「腐乳」とは?
中国発酵文化の底知れない魅力

2022/04/07

中国料理と一口にいっても、四川、山東(北京)、広東、江蘇(上海)の中国四大料理に分類されるように、地域によって食べる物や味が大きく異なります。
日本で活動するシャウ・ウェイ(小薇)さんは、中国の上海と新疆ウイグル自治区にルーツを持ち、広大な中国全土の食文化に精通した中国料理研究家です。中国の食文化と発酵との関わりのほか、中国を代表する発酵食品「腐乳」を使った料理について教えてもらいました。

発酵・保存の知恵を
上海の祖母から学ぶ

「お店に来るお客さんも、料理教室に来る生徒さんも、熱心な中国料理愛好家が多いですね。メディアからの依頼も、マニアックな中国料理の取材が多いです。私自身、かなりの料理オタクですので、似た人たちが集まるのかもしれません」

いたずらそうに笑いながら、料理オタクを自認するシャウ・ウェイさん。そのルーツは、上海と新疆ウイグル自治区という異なる2つの食文化、そして祖母の手料理にあるそうです。

シャウ・ウェイさんは、文化大革命の時代に上海からウイグルへと移住した両親のもとに生まれ、さまざまな事情から生後半年で上海にいた祖母に預けられました。

「当時の上海は食材が自由に手に入らず、冷蔵庫もありませんでした。だから、豚肉などはとても貴重で、醤油に漬けたり、塩漬けにしたりして保存し、大事に食べていましたね。高菜も漬物にしてから干した『梅干菜(メイカンツァイ)』にして保存します。豊かではないからこそ、食材を大切に、そして長く食べるための知恵を幼い頃に祖母から学びました」

発酵・熟成を経た長期間の保存がきく食材は、たんぱく質の分解で生じるアミノ酸などによって味わいの複雑さが増します。

「醤油に漬けて旨みが増した豚ばらの脂身を使って、祖母が炒飯を作ってくれましたが、それがすごくおいしくて…。その味は、今でも忘れられません」

小学校からは両親のいるウイグルへ。そこには、上海とはまったく違う食文化世界が広がっていました。

「イスラム文化のため、豚肉はほぼ食べられません。肉はラムか鶏がメインです。主食は上海のお米に対して、小麦粉を使った麺、包子、ナンのたぐいが一般的。そして、なんといってもウイグルは、スパイスの文化なんですよね」

上海料理の発酵とウイグル料理のスパイス。シャウ・ウェイさんが、広大な中国のさまざまな食文化に精通するのは、幼少時代の幅広い食体験がベースにあるのかもしれません。

豆板醤や中国ハムも自作する
発酵料理人

1995年に来日したシャウ・ウェイさんは、アナウンサーや中国語教師を経て、中国料理を教えるようになります。日本で料理家として人気を博してからも、現地中国での料理の研鑽に励みました。各国の要人も利用するという上海の老舗レストラン「緑波廊」で点心を学ぶなど、一流の料理人から技術を習得。あまり知識のなかった台湾料理を知りたくて、台湾に通ったこともあるのだとか。

「料理教室の熱心な生徒さんに宿題を出されるんですよ。例えば、『シャウ・ウェイ先生、台湾の胡椒餅や牛肉麺を知っていますか?今度教えてください』って。私自身、台湾料理にはとても興味があったので、現地に行って研究しました」

シャウ・ウェイさんのお店「小薇点心」では、無添加の本格中華点心が楽しめる。

広く料理文化に関心のあるシャウ・ウェイさんのまなざしは、台湾料理のレシピだけでなく、それが中国料理とどのように異なるのかというポイントにも向けられます。

「台湾の胡椒餅は、肉あんを中華パイ生地で包んで焼いた物で、上海の肉月餅に似ているのですが、ウイグルで使われているようなタンドール窯で焼くのがすごくおもしろいと思いました。
台湾牛肉麺は、日本でも有名になった蘭州牛肉麺とは違い、スープに豆板醤を使っています。さらに、この豆板醤は、辛い四川豆板醤とはまったく違う、唐辛子の入らない台湾式豆板醤なんです」

発酵食品を自作するのが大好きだというシャウ・ウェイさん。ワインセラーの中には自作の中国ハム、火腿(フォトェイ)が吊ってあります。

自作の中国ハムは、温度管理ができるワインセラーへ。手前は熟成途中の物。

「火腿には、鹿児島産の黒豚を使いました。日本では皮付きの腿肉を入手することは難しいので、豚の半身を自分で丸ごと購入して、中国の高級品である金華ハムと同じ手法で作りました。湿度と温度を一定にして保存するのが大事で、そのためにワインセラーに入れているんです」

中国料理を代表する発酵食品
「腐乳」

料理オタクであり、発酵マニアを自称するシャウ・ウェイさんが今回作ってくれたのは、中国料理を代表する発酵食品である、腐乳を使った料理です。
腐乳とは、豆腐に中国の麹を繁殖させ、さまざまな漬け液に入れて熟成した物。

「中国全土にはいろいろな腐乳がありますが、代表的なのは一般的な白い腐乳と、紅麹を使った『南乳』とも呼ばれる紅腐乳の2つです。お粥の味つけや、タレに入れたりするほか、炒め物や煮込みの調味料として使ったりと、用途はいろいろあります。各地で腐乳の味わいが違うのは、それぞれの風土で微生物の種類が異なり、発酵の仕方が違うからでしょうね。乾燥しているウイグルでは、この腐乳は作れないんですよ」

紅腐乳を使った豚の角煮「南乳肉」は、豚ばら肉を、紅腐乳、老抽(中国の濃口醤油)、氷砂糖、紹興酒で煮込んだ広東料理で、八角などのスパイス類は不要。片栗粉なども使用せず、最後に煮汁を煮詰めることでとろみをつけます。

とろけそうにやわらかな豚肉の食感と、紅腐乳の濃厚な風味があいまって、ご飯やお酒が欲しくなります。

「日本のご飯でもおいしいですが、ジャスミンライスが合いますよ。ご飯がいくらでも食べられてしまう、罪な料理ですね(笑)。調理のコツは、最後に煮詰めることから逆算して、醤油や砂糖を入れすぎないこと。あくまで、紅腐乳そのものの味わいをメインにしてください」

こちらは広東料理で、白い腐乳を使った空心菜炒め。空心菜と腐乳以外の材料は、みじん切りにしたニンニクと発酵唐辛子の泡辣椒(パオラージャオ)のみ。塩味は腐乳でつけるので、塩も使いません。これを、さっと手早く炒めていただきます。

「ロメインレタスを腐乳で炒めてもおいしいので、作ってみましょう。本来は中国のチシャトウ、または台湾のA菜を使うのですが、日本で手に入りやすい野菜ではロメインレタスが似ています。こちらには、泡辣椒は入れません。また、広東料理の炒め物には、ピーナッツ油を使います」

シンプルな野菜炒めが、腐乳の旨みのおかげでとてもリッチな味わいに。空心菜は泡辣椒による酸味と辛みのアクセントもすごく効いています。

シャウ・ウェイさんは今、宿泊も可能な大きなキッチンスタジオを計画しています。

「短期間に集中的な訓練が必要な点心の教室を合宿で行ったり、美食イベントも開催できたりするような場所にしたいと思っているんです。庭には羊や豚を、一頭丸焼きにできる窯も作る予定ですよ」

お店、料理教室のほか、テレビ・雑誌などのメディア活動に加え、中国料理の魅力を伝える新たな活動も計画しているという、アクティブなシャウ・ウェイさんからますます目が離せません。

シャウ・ウェイ(小薇)さん

シャウ・ウェイ(小薇)さん

植物学者の父とオペラ歌手の母のあいだに生まれ、上海での幼少時代を経て、18歳まで新疆ウイグル自治区で育つ。1995年に来日、語学講座のスピンオフ企画だった中国家庭料理教室が人気を博し、料理研究家の道へ。モダンチャイニーズレストラン「ローズ上海」オーナーシェフを経て、現在は「小薇点心」をプロデュース。料理教室「幸せ中国家庭料理」を主宰。著書には「小薇の愛しい上海料理」(朝日新聞出版)や「シビレシピ 空前絶後のシビ辛ベストレシピ」(エイ出版社)などがある。

シャウ・ウェイの幸せ中国家庭料理 - クッキングスタジオ