世界を旅する料理人
ミャンマーの酸っぱい味噌!?
発酵豆ペースト「ポンイェージー」とは?
2022/04/14
世界を旅する料理人
2022/04/14
コアなアジア料理好きやカレーマニアたちが熱い視線を注いでいるのが、ミャンマー料理です。東京・高田馬場や池袋周辺にはミャンマー人たちが営む料理店が増えており、そのおいしさに魅了されたファンが急増中です。
そんなミャンマー料理に注目し、研究を続けるミャンマー料理研究家の鈴木ラペ子(すずきらぺこ)さんに、ミャンマーの知られざる発酵料理や食文化について教えてもらいました。
鈴木さんとミャンマー料理の出合いは、リトルヤンゴンの異名を持つ高田馬場の料理店でした。その後、タイ・チェンマイで食べたシャン料理(ミャンマー・シャン州の民族料理)のおいしさが忘れられず、2018年頃からその料理文化について調べ始めたそうです。
「元々、ウェブ系が得意だったこともあってウェブでのリサーチが中心でしたが、ミャンマー料理の情報は思ったほど集まらず…。常に謎解きをしているような感覚でした」
日本国内のミャンマー料理店や食材店に通いつめ、さらに現地への渡航を経て研究を重ね続けた鈴木さん。知識が増えるにつれてわかってきたのは、一国の中に多数の民族が存在し、それぞれに異なる食文化を持つミャンマー料理の驚くべき多様性でした。
「例えば、カチン州の人はカチン料理を、シャン州の人はシャン料理を自分たちの料理だと考えていて、『ミャンマー料理』とひとくくりにされるのを嫌う傾向があります。
例えば、同じシャン州の中でも北に位置するラーショーと、南に位置するタウンジーでも料理の特徴が異なるため、ミャンマー全土で人気のあるシャン州発祥の麵料理であるシャンカウスエも、教えてくれる人によってレシピがそれぞれ違うんです」
これは、ミャンマー料理全体を網羅した情報が、まだあまり紹介されていないということにもつながるようです。
「日本人である私は、ミャンマーの食文化全体を俯瞰で見ることができます。そして、客観的な立場から研究・網羅できるので、そうした強みを活かしていきたいですね」
今回、鈴木さんが紹介してくれたのは、ミャンマー全土でよく食べられている発酵食品で、中央部のマンダレー地方域にあるバガン周辺で作られているという発酵黒豆ペースト「ポンイェージー」です。
栄養価が高いスーパーフードとして知られる豆類のホースグラム(ヒマラヤフジマメ)を茹でてからペースト状にし、発酵させた酸っぱい調味料です。
「豆の発酵ペーストなので日本の味噌のような物をイメージされるかもしれませんが、塩分はほとんどなく、酸味が主体の味わいです。現地ではどのように作られているのか知りたくて、バガンの隣町であるニャウンウーの工場にも見学に行きました」
現地ガイドなどを雇わず、独力でポンイェージー工場を探り当て、その製造工程を突撃取材したという鈴木さん。
「eバイク(電動バイク)をレンタルして、地図を見ながら、ひたすら現地の人たちに『ポンイェージー』という言葉を投げかけて走り回っているうちに、工場を見つけることができました」
茹でたホースグラムをこしあんに近い滑らかなペースト状にし、そこへ豆のゆで汁と、種菌となる完成したポンイェージーを加えてから、かめで発酵させます。そして、最終的に煮詰めて仕上げる製造工程を確認した鈴木さんは、日本に戻ってから自作にもトライしたそうです。
「自作したポンイェージーは、ニャウンウーの工場の物より酸っぱさが穏やかな味わいになりました。日本とミャンマーの気温の違いが原因かもしれませんが、高田馬場のミャンマー食材店で購入した物は、私が自作した物と同じくらいの酸味だったので、酸味が強い物と、マイルドな物と2種類あるのだと思います」
このポンイェージーは、混ぜご飯の味つけに使ったり、和え物のような副菜として食べたりもしますが、鈴木さんのおすすめはポンイェージーのポークカレーだそうです。
「豆独特のコクは感じられるのですが、味噌カレーのような物とは違って、味わいとしてはポークビンダルー(ビネガーを使用するインド・ゴア州の名物)に近いかもしれません。ミャンマー料理には豚肉のような脂っぽい素材に酸味を合わせるパターンがあるのですが、この料理もそのひとつですね」
料理研究家として活動を続けている鈴木ラペ子さん。「ラペ子」というユニークな名前が気になってしまいますが、これもミャンマーの発酵食品に由来しているのだそう。
「ラペ子は、ミャンマーの食べる発酵茶葉である、『ラペソー』にちなんでいます。自分としてはこれからも一生かけてミャンマー料理を研究していくつもりですので、年齢を重ねていった後でもさまになる名前ということで、友達がつけてくれました。ラペソーの和え物、ラペットウッも大好きです」
鈴木さんは、自身の料理研究家としてのスタンスを、こう形容します。
「ミャンマー料理研究家を名乗っていますが、今の自分はまだ途上の研究家です。一般的な料理研究家の場合、ひとつのジャンルをすべて学び終えてから名乗るものだと思いますが、私の場合、蓄えた情報はすぐに発信するようにしています。
研究家として一人前になってからでは、ニーズのある情報が死蔵されてしまうのでは…と感じるから。でも、それは一般的な研究家のスタイルではないとも思うので、どちらかというとアウトローなのかもしれませんね」
発信は、自身の運営するウェブサイトをはじめ、間借り形式の料理イベントやワークショップ、さらに料理教室などで行っています。
「イベントでは、東京のミャンマー料理店をリスペクトしつつ、私なりに解釈したミャンマー料理の魅力をアレンジして紹介しています。例えば、とても酸っぱいローゼルの葉の炒め物チンバウンジョーをメインに、ミャンマーの酸っぱ辛い料理というテーマのランチイベントを開催したこともあります」
オンライン料理教室では、事前に食材の一部を参加者に送付し、当日は鈴木さんの指導のもとリアルタイムで実際に料理を作る形式です。参加者全員がそれぞれ複数品目を2、3人前ずつ作るため、「オンラインとはいえかなり集中力のいる料理教室かもしれない」と言います。
今後の目標はレシピ本を出版すること。そして、「タイ料理ならガパオ」というように、ミャンマー料理の定番も日本で認知させていきたいそうです。
「ミャンマーのチキンカレーであるチェッターヒンは日本でも知られるようになってきていますが、発酵茶葉のラペソーと、揚げ豆・野菜・ご飯のライスサラダであるラペッタミンなども多くの人に知ってもらいたいですね。ミャンマーでは料理を手で和える文化があるんですが、その所作も美しく、もっと気軽にミャンマー料理を食べてもらえたらと思っています。あとは、やっぱりミャンマーに行きたいです。コロナ禍とクーデターで渡航しにくい時期は日本での活動しかできませんでしたが、その間の研究成果を、ミャンマー全州を旅して答え合わせのように確認する日が今から楽しみです」
ミャンマー料理研究家。ミャンマー料理をポップに伝える自身が運営するウェブサイトでミャンマー料理情報を発信しながら、料理教室やワークショップ、ミャンマー料理イベントなどを開催。「W01 地球の歩き方 世界244の国と地域 2021~2022」(学研プラス)では、ミャンマー料理のナビゲーターとして料理を紹介している。
ミャンマー料理情報サイト| バーミーズ東京|Burmese Tokyo