発酵を学ぶ
上手に抜け道を探そう。
料理家・今井真実さんが
提案する気楽な料理
2022/05/12
発酵を学ぶ
2022/05/12
コロナ禍での外出自粛の際、長年続けてきた料理教室の休止を決めたという、料理家の今井真実(いまいまみ)さん。SNSを見ていると、孤独や心痛を訴える投稿にまぎれて、日々の食事づくりのつらさを訴える投稿ばかりが目についたといいます。料理に関わってきた人間として、自分にできることは何だろうと自分に問いかけた今井さんが始めたのが、ウェブメディアへのレシピ投稿でした。
毎日の食事づくりも、子供のための食育も、そんなに気負わなくて大丈夫――多くの人の心を動かした、今井さん流の料理との向き合い方についてお話を伺いました。
10年以上にわたり、料理教室の講師として活動していた今井さん。コロナ禍でこれまでの生活が一変し、しばらくは途方に暮れたといいます。
「SNSを見ていると、多くの人が自分と似た状況に置かれていることがわかって、強く共感しました。一方で気になったのが、家族が家にいる時間が増え、食事づくりに追われる毎日を嘆く声が多いことだったんです。料理に携わってきた人間として、何かできることはないかなと思うようになりました」
「ずっとご飯を作り続けて一日が終わる」「献立を考えるのが苦痛」と訴える人の助けになりたいと考えた今井さんは、SNSでレシピを発信し、献立決めのヒントにしてもらうことを思いつきます。料理教室の生徒さんたちにも背中を押され、2020年3月にウェブ上のメディアプラットフォームへレシピ投稿を開始。
普段使いの食材にちょっとした工夫をプラスして、「おいしそう、おもしろそう、自分にもできそう」と感じさせてくれる今井さんの料理は、食事づくりに悩む人の心にそっと火をともしました。
2022年2月には、初めてのレシピ本「毎日のあたらしい料理 いつもの食材に「驚き」をひとさじ」(KADOKAWA)を刊行。「料理を楽しんでほしい」という今井さんの素朴な思いがこもったレシピの数々は、今、日本全国のキッチンで再現されています。
今井さんが「#今井家のご飯」としてアップする料理の撮影を担当するのは、カメラマンであるご主人です。
「撮影するのが夫で、撮影対象は我が家のいつものご飯。だから、映っているのは本当に我が家の日常です。
サボった日は、サボったことがすぐわかる。料理家だからって、毎日手の込んだ料理ばかり作っているわけじゃないよ。もっと手を抜いても大丈夫だよ。レシピだけじゃなく、そんなメッセージもいっしょに伝わればいいなと思っていました」
例えば、大きな土鍋でラーメンを作って、取り分ける。大鍋で煮た味噌汁をテーブルに置き、薬味を小皿にたくさん用意して、それぞれが好みの薬味で食べる。シンプルな料理でも、食卓への提供の仕方を工夫するだけで、ワクワク感は倍増すると今井さんはいいます。
特に、具だくさんの味噌汁は、「野菜もお肉もとれますし、それだけ飲んでいてくれれば何となく安心」と思える最強のアイテムだと今井さん。味噌汁嫌いの上の子と、偏食ぎみの下の子に飲んでもらえる味噌汁を作るために始めた味噌づくりは、今や「梅仕事」と並ぶ今井さんのライフワークになっているそうです。
「発酵しにくくなるので積極的におすすめはできないのですが、味噌を仕込む際に大豆の一部をわざと粗くつぶして食感を残し、『味噌汁の中から大豆を見つけられたらラッキーだよ!』とゲーム感覚ですすめたところ、娘もよく飲んでくれました。
あとは、トマトやとうもろこしなど、酸味や甘味を感じる野菜を入れてみたり、出汁(だし)をとらずに具の出汁だけで煮てみたり。定番以外の食材を使うことや、食材の味を引き出す調理法を工夫することで、作る人も楽しめると思うんです」
今井さんは、なかなか食が進まない子には、「トータルで栄養がとれればそれでいい」と考えて、食卓での食事にこだわらないことも有効だと言います。
「お料理をしているときにちょっとキッチンに子供を呼んで、味見をしてもらうんです。食事として構えて出すと食べない子も、不思議なことに味見だと喜んで食べてくれるんですね。
キッチンの片隅に食材と小皿に取り分けた調味料を並べ、『試食コーナー』を作ったときも、何度も食べに来ていました(笑)」
今井さんは、新著 「いい日だった、と眠れるように 私のための私のごはん」(左右社)でも、子供の食育に頭を悩ませるママたちに向けたアイディアと、具体的なレシピを提案しています。ここではその中から、「生ハムと鯛のちらし」をご紹介します。
「桜の塩漬けがない場合は、梅干しや大葉などの和ハーブを使ってもいいですね。お好みで梅酢を入れたり、レモン、すだちなどを搾ったりしてもおいしく、自分好みの味にアレンジしてみるのもおすすめです」
今井さんのレシピで料理を作ると、「料理って、難しくないんだ。それでいて、こんなにおいしいんだ」と、どこかほっとするような、うれしいような気持ちになります。そして、ついさっきまであんなに面倒だった食事づくりが、少し楽しみになれるから不思議です。
「上手に抜け道を探せば、料理はもっと楽しめるはず。作った人がうれしくなるような料理を、これからも提案していきたいですね」
料理家。作った人がうれしくなる、毎日の新しい家庭料理を提案。東京・世田谷区で料理教室「nanamidori」を主催し、現在はオンラインレッスンにて「農の都の、おいしい食卓。」を不定期開催する。雑誌などのメディアや企業へのレシピ開発、料理のスタイリングなどを中心に活動の幅を広げている。