発酵を訪ねる

肉醤油が旨みの秘密。
大麦麹で作る発酵無添加ハム・ソーセージ

2022/09/08

ドイツをはじめとする欧州で発展し、日本でも広く親しまれているソーセージやハム、ベーコン。東京・町田市にあるハム・ソーセージの専門店「クロイツェル」では、本場ドイツの製法・レシピで、一つひとつ商品を手作りしています。
オーナーの吉岡学(よしおかまなぶ)さんが着目したのは、日本の発酵技術。豚肉を大麦麹で発酵させ、世界的にも珍しい「発酵無添加ソーセージ・ベーコン」を誕生させました。開発のきっかけや完成までの道のりのほか、ドイツの伝統製法と日本古来の発酵技術が生み出す新たな味わいについてお話を伺いました。

偶然の出会いが重なって始まった、
発酵ソーセージづくり

クロイツェルの店内のショーケースには、新鮮な材料で手作りしたハムやソーセージ、ベーコンなど、4050種類が常時並びます。
オーナーの吉岡さんは、幼少期から菌や発酵の世界に興味を持ち、東京農業大学醸造学科(現在の応用生物科学部 醸造科学科)で食品製造・加工・発酵学などを学びました。学生時代は登山に熱中。ヨーロッパ・アルプスに遠征した際には現地の食文化を知ることができ、中でも「ヴァイスヴルスト」と呼ばれるドイツの伝統的な白ソーセージの味と食感に感動したそうです。ソーセージづくりに惹かれながらも卒業後は外資系製薬会社に就職しましたが、勤続15年を超えた頃、転機が訪れました。

店内には常時40~50種類の商品がずらり。

「出張先に向かう新幹線の中でたまたま手に取った雑誌で、クロイツェルの先代オーナーが『後継者がいない』と語っている記事を読んだんです。ちょうどその直前に親友の結婚式でドイツに行っていて、ドイツソーセージのおいしさをあらためて実感していたときでした。そこで、先代オーナーに連絡をとってみたところ意気投合し、修業と共同経営期間を経て2010年より店を引き継ぐことになったんです」

さらに数年が経ったある日、食品機械の見本市に出掛けた吉岡さんは、偶然大学時代の同級生と再会します。それが、宮崎県で味噌や醤油を製造する、ケンコー食品工業代表の吉田努さんでした。

「お互い近況報告などをする中で、『味噌や醤油を造るときに使う麹は、肉にも合うのではないか』という話になりました。『じゃあやってみよう』と、彼の会社からいろいろな麹を送ってもらって、肉と麹を組み合わせた試作をスタートしたんです」

現在、お店は吉岡さんご夫婦で切り盛りしている。

豚肉から作った肉醤油で味付けしたソーセージ
「肉醤油ブルスト」

発酵は日本古来の食の知恵ですが、肉と発酵の組み合わせはあまり聞きなじみがありません。その理由を吉岡さんは、「仏教で肉食を禁じてきた日本の歴史が影響しているのでは」と想像します。「豚肉や牛肉が一般的に食べられるようになったのは明治維新以降ですから、歴史が浅いんですよね。製造の過程に発酵技術を取り入れることで、日本独自の肉加工品を生み出せるのではないかと思いました」

七味や山椒が入った肉醤油ブルストは、まさに和風ソーセージ!

とはいえ、吉岡さんの挑戦は試行錯誤の連続だったそうです。

「初めはエイジングビーフ(熟成肉)に麹を使ったり、豚肉と米麹を合わせて『なれずし』のような物を作ったりしてみましたが、あまりうまくいきませんでした。そこで、平安時代頃まで作られていたという『肉醤(ししびしお)』から着想を得て、豚肉と麹で『肉醤油』を作ってみることにしたんです。
一方で同時期に、東京都立食品技術センター(現在の東京都立産業技術研究センター 食品技術センター)と、『TOKYO X』という銘柄豚を使った商品開発を目指し、共同研究を行っていました。そこで、『ソーセージのための肉醤油を作ろう』と、ケンコー食品工業の協力のもと、米や豆、小麦などの麹で試作を繰り返しました」

中でも、豚肉との相性が最も良かったというのが、大麦麹です。たんぱく質を分解する酵素、プロテアーゼの活性が強いため、豚肉の旨みが格段にアップします。こうして作り上げた肉醤油で豚肉に味をつけ、完成したのが「肉醤油ブルスト」です。
肉醤油ブルストは、2020年度に行われたドイツ農業協会主催の食品品質競技会でもあるDLGコンテストで金賞を受賞するなど、国内外で高い評価を得ました。

豚肉そのものを発酵させる、
発酵無添加ソーセージとベーコンへの挑戦

肉醤油ブルストを完成させた吉岡さんの次なる挑戦が、「豚肉そのものを発酵させてソーセージやベーコンを作ること」でした。しかし、それまでの経験から、豚肉には大麦麹が合うとわかったものの、肉自体を発酵させるにはさらに工夫が必要だと感じていたそうです。

「大麦麹そのままでは肉となじみにくかったため、細かく砕いてから使っています。さらに、塩分濃度をどうするか、漬け込み時間はどれくらいかなど、再びトライ&エラーの連続でした。
そうして誕生したのが、『発酵無添加ソーセージ・ベーコン』です。ソーセージは豚肉に大麦麹を練り込んで発酵させ、ベーコンは豚肉を大麦麹で覆って寝かせてから塩漬け、燻製しています。肉と麹の組み合わせを見つけてから、商品化するまで78年かかりましたね」

こちらはお店人気の商品、白カビで発酵させた「カマンベールサラミ」。

豚肉を大麦麹で発酵させることによって旨み成分が増し、肉の酵素が分解されてやわらかく食べやすい口当たりに。加えて、大麦麹特有の香りが、食欲をそそる香ばしさと豊かな風味を生み出します。
また、発酵無添加ソーセージ・ベーコンは、発色剤や結着剤、化学調味料などの食品添加物を使っていません。実は、添加物を使わずにソーセージを作ると、豚肉のくさみが出たり、ボソボソとした食感になったりしやすいそうです。このような無添加の課題も、大麦麹を使ったことで結果としてカバーできたと吉岡さんは言います。

「大麦麹の香りが肉のくさみを消し、発酵させることで肉の結着が良くなってしっとり滑らかになりました。これは、実際にやってみなければわからなかった発見でしたね。スパイスや調味料などとは異なり、良くも悪くも予想外の結果が生まれるのが発酵のおもしろさです。時間はかかりましたが、お子様から高齢の方まで、安心しておいしく食べていただけるソーセージとベーコンができました」

ドイツと日本の食文化を
掛け合わせて新たなおいしさを

クロイツェルはほかにも、肉を使わない豆腐生地100%のハムやソーセージも製造しています。自家製マスタードも人気で、ドイツの伝統的な粒マスタードなどのほか、ワサビマスタードといったユニークな物も並びます。

「これまでに習得したドイツの伝統製法に日本ならではの切り口を加えて、新しいおいしさを生み出していきたいと思っています。『発酵無添加ソーセージ・ベーコン』には大麦麹を使っていますが、研究を進めれば、豚肉に合う麹がもっと見つかるかもしれません。この商品化をきっかけに、肉と発酵の可能性を広げていきたいですね」

吉岡学(よしおかまなぶ)さん

吉岡学(よしおかまなぶ)さん

手づくりハム・ソーセージの専門店「クロイツェル」店主。学生時代に夢中になった登山とスキーがきっかけでヨーロッパ・アルプスに遠征し、現地の食文化にふれる。特に、ドイツの伝統的な白ソーセージ(ヴァイスヴルスト)の味と食感に衝撃を受け、日本でもヨーロッパにあるようなソーセージ店を開きたいと夢見るように。製薬会社勤務を経て、2010年より2代目店主としてクロイツェルを継承し、ドイツの伝統製法にこだわったハム・ソーセージ作りを続けている。

クロイツェル 町田市の手づくりドイツハムソーセージ専門通販サイト