美(うま)し国の食巡礼
国産カカオでチョコレートを!
製油メーカーが挑む、究極の地産地消
2022/09/22
国産カカオでチョコレートを! 製油メーカーが挑む、究極の地産地消
美(うま)し国の食巡礼
2022/09/22
さまざまな体験を通じて日本の豊かな食文化を発信する、三重県にある商業施設「VISON(ヴィソン)」。
スウィーツ ヴィレッジには、パティシエ・辻口博啓氏が手掛けるショコラトリー「LE CHOCOLAT DE H(ル ショコラ ドゥ アッシュ)」と、辻製油株式会社が手塩にかけて育てる国産カカオの温室「カカオハウス」が並んでいます。
「すべて国産のチョコレートを、多気町から」。その思いに応えるように、温室の中では小さなカカオの実が揺れていました。日本初、国産カカオの温室栽培に挑戦する製油メーカーとショコラトリーの取り組みについてお話を伺いました。
「LE CHOCOLAT DE H」は、辻口氏の手によるパティスリー「Confiture H」の一角にあります。厳格な温度管理のために設けられた2つの扉を抜けると、そこにはまるで宝石のように美しいチョコレートが、整然とガラスケースに並んでいます。
「日本の素材や発酵をテーマに、厳選した素材でオリジナルのチョコレートを追求したショコラトリーです。世界最高品質のカカオ豆の個性を感じていただけるよう、シングルオリジンにもこだわっています」と教えてくれたのは、シェフパティシエの小森利英(こもりとしひで)さんです。
シングルオリジンとは、複数の産地の豆をブレンドせずに、単一農園・単一品種のカカオ豆だけを使った「生産者の顔が見える」「カカオ豆ごとの味がわかる」生産方法のこと。「LE CHOCOLAT DE H」では、発酵所を併設した自社農園をペルーに保有しており、シングルオリジンのチョコレートづくりを行っています。
カカオ豆の選定からチョコレートになるまでの工程を一貫して手掛ける「Bean to Bar」を超え、カカオ豆の栽培を担う農園づくりから関わる「Farm to Bar」に取り組んでいるのです。
そもそも、収穫したカカオ豆は、どのような工程を経て美しいチョコレートへと姿を変えていくのでしょうか。
「カカオの木は繊細で、育てるのがとても難しいといわれています。温度や湿度、降水量などの条件を満たした農園で大切に育てたカカオの実を収穫後、中の実と、実を包んでいるパルプと呼ばれる部分を取り出すのが最初のステップです。取り出した実は木箱に入れ、バナナの葉などで包んで発酵させます。発酵が完了した物から乾燥させ、袋詰めして出荷です。届いたカカオ豆は、選別・焙煎・粉砕といった作業を経て、商品になります」
2021年にオープンした「LE CHOCOLAT DE H 吉川美南店」には独自の工房があり、ここでカカオ豆の焙煎や粉砕などの製造工程を管理しています。
「いずれは、自分たちで育てた国産カカオ豆を使って自社工房でチョコレートを作り、国産にこだわったチョコレートを送り出すのが私たちの目標です」
栽培に適した気候といわれる熱帯地域でさえ、徹底した温度・湿度管理が必要で、容易には育たないといわれるカカオを「国内で製造したい」。そんな辻口シェフや小森シェフをはじめとしたパティシエたちの思いに応えるべく立ち上がったのが、三重県・松阪市にある製油メーカーの辻製油でした。
食用油や調味料の製造・開発などを手掛ける辻製油と、カカオ。一見するとまったく畑違いのように見えますが、別事業に関連するビニールハウスを使ってカカオの苗の育成を始めていたそうです。
「当社は、1947年に国産なたね搾油専門工場として創立した会社で、2022年に75周年を迎えました。国産なたねの規制が撤廃された後はとうもろこし搾油に着手。さらに、高純度粉末大豆レシチンの研究開発を開始し、工業的に成功させています。その後も、当社の事業基盤であるとうもろこし搾油は守りつつ、新しい領域にチャレンジし続けてきました。挑戦を良しとする社風が魅力でもあります」(辻副会長)
とはいえ、ここVISONで国産カカオの栽培、発酵を目指すと決まった時点では、「誰も成功するとは思っていなかった」といいます。これまでにほぼ成功例がない国産カカオを、しかも日本初となる温室で栽培する。さすがに無謀な挑戦ではないか――。
そんな思いが渦巻く中、プロジェクトを率いる辻副会長ほか、主力メンバーの黒田正男さん、世古祐貴さんの挑戦は幕を開けました。約225平方メートルの敷地に運びこんだ苗は58本。手探りでの栽培が始まったのです。
「苗を植えてからは、毎日様子を見に来ました。温度管理が重要なので、窓を必ず閉めて帰るんですが、閉めたかどうか不安になってまた見に来たことも(笑)。VISONのオープンに合わせるように最初の実がなったのを見つけたときは、本当にうれしかったですね。1個目は結局育ちませんでしたが、希望がわきました」(黒田さん)
「当社の強みは、さまざまな分野のプロフェッショナルがいること。私は設備にまつわることを主に担当していましたが、発酵の知見が豊富な人、苗の栽培が得意な人も多く、だんだん皆がアドバイスしてくれるようになりました」(世古さん)
水やりと温度管理を自動で行う設備を整えてからは、遠隔カメラを通じて温室内の状態をリアルタイムで把握しながら、すくすくと伸びていく苗木の1本1本を、まるで我が子のように見守り、世話をし続けたそうです。
苦労の甲斐あって、2022年5月時点でVISON温室内の苗木には、10個程のカカオの実がなっています。3人は、「ここからが勝負」と声を弾ませました。
「温室の中でも、カカオの実ができる場所とできない場所があります。どんな条件を満たせばカカオがなるのか、そのメカニズムを解明して、安定的なカカオの生産につなげていきたいですね」(辻副会長)
カカオハウスでできたカカオを収穫・発酵し、「LE CHOCOLAT DE H」で加工したチョコレートが店頭に並ぶ未来は、確実に近づいてきています。「究極の地産地消」ともいえるチョコレートが誕生するその日が、今から楽しみです。
1947年創業。食用油や機能性素材、天然香料などの商品開発のほか、再生可能エネルギーへの転換や地域資源の活用にも取り組む。地域振興施策や環境保護活動、産学連携事業を積極的に推進している。
https://www.tsuji-seiyu.co.jp/