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発酵を訪ねる
過去から未来へ。
「五味醤油」6代目が
発酵文化を、楽しくつなげていく方法。
2022/10/13
発酵を訪ねる
2022/10/13
「 “醤油”とありますが、みそ屋です」と話すのは、甲府市で創業150年、まちのおみそ屋さんとして親しまれている「五味醤油」6代目の五味仁(ごみひとし)さん。妹の洋子(ようこ)さんと発酵デザイナーの小倉ヒラク(おぐらひらく)さんとともに「発酵兄妹」として、発酵醸造文化の魅力や素晴らしさを楽しく広める活動もしています。代々受け継がれてきた伝統的なみそ作りと、「発酵兄妹」としての活動についてお話を伺いました。
山梨県甲府市、国道沿いの住宅地。この地で150年、「五味醤油」が創業時から作り続けているのが『甲州みそ』です。米と麦、2種類の麹が入るのが特徴で、山梨県の郷土料理「ほうとう」にも使われています。武田信玄が食べていたという記録も残されており、500年も続く伝統食として、地元の人々に親しまれてきました。この、歴史あるみそ作りを守るのが、「五味醤油」6代目の五味仁さんです。
「ウチのみそは天然醸造。昔ながらの製法で、仕込みの段階から米と麦の2つの麹を使います。それぞれ処理が必要なため、手間は2倍。たとえば、米の浸水時間は一晩ですが、麦は90分。蒸しは、米が1時間で、麦は1時間20分。だから、一度には作れないんですよね。こんなにも大変なのに、なぜ麦麹も使うのかというと、盆地で狭い土地のため、米をたくさん収穫できなかったから。そこで、麦麹も混ぜるようになったんですよね。つまり、麦を入れたほうが美味しくなるからというポジティブな理由ではなくて、この土地で採れるもので工夫して作り、受け継がれてきたものなんです。それが、いつしか親しまれるようになり、現在まで残っているんです」
大学では醸造やバイオビジネスを学んだという仁さん。代々受け継がれてきた「五味醤油」のみそ作りは、先代であるお父さんから受け継ぎました。
「天然醸造ですから、気温や湿度など環境に影響されますし、毎回仕上がりも違うんですが、材料も作り方も、すでに完成されているので、あえて変える必要はないと思っています。つい先日も、暑い日が続いて、予定よりもちょっと色が濃く出たのですが、ガングロですみません!と謝りながら出荷しました(笑)。新しい機械を導入し、電気の力を借りて手間をかけずに均一な商品を作るほうがラクなのもしれませんが、その方向にシフトするよりも、クラシックに作って謝りながら売るのが、本来の意味での昔ながらの伝統を守る意味でもいいのではと思うんです」
食文化ごと伝統を守りたいという仁さんですが、さらに過去にさかのぼり、去年より麹の原料となる米作りも始めたそう。
「米も自分たちで作ってみようかなと始めたのですが、やはり大変ですね、米作り。実際手を動かしてみてよく分かりました。でも、楽しいです!」
「五味醤油」の敷地には、みそ蔵、店舗、そしてもうひとつ、山の形をした真っ白な建物「KANENTE(かねんて)」があります。みそ作りを学べる「手前みそ教室」を始め、さまざまなワークショップを行うスペースとして2017年にオープンしました。
「大学卒業後、一度は外の世界を見てみようと、タイにある醤油メーカーで3年間働きました。帰国後、2008年に最初に任されたのがみそ作り教室の運営。それから2013年くらいまでは、1人で出張教室をしていたのですが、妹が甲府に戻ってくることになったことをきっかけに、自由に活動ができる場所を作ろうと計画。通りかかった人が、あそこなんだろう?と気に留めてくれるように、屋号の『ヤマゴ』の“山”の形にしました」
自分たちの場所ができたことで、教室をはじめ、活動の幅がぐんと広がったそうです。
「『KANENTE』のすぐ裏には蔵があり、材料も道具もすべて揃っているので、できることや、受け入れられる人数も増えました。毎年来てくれる方もいますし、美味しくできたみそをお裾分けする方もいれば、友達を連れて来てくれる方も。みそ作りの輪が広がっている実感があります。また、みそ蔵の一角には、35年も使われていなかった元醤油製造所だったスペースをリノベーションして作った『Tane』という空間もあります。現在は甲府市内でコーヒースタンドを展開しているAKITO COFFEEさんにお菓子の厨房と焙煎所として活用いただいています。こんなふうに、みそ作りだけじゃなく、コミュニケーションのきっかけとなるような場所になればいいなと思っていたので、ここを中心に人が集まり、つながりが広がるのはとても嬉しいですね」
そして、仁さんにとってもうひとつのフィールドが、妹の洋子さんと発酵デザイナーの小倉ヒラクさん(本サイトにも登場していただいたことがあります! https://www.marukome.co.jp/marukome_omiso/hakkoubishoku/20201224/13859/)と3人で活動している、「発酵兄妹」です。
「実は『発酵兄妹』が、いつから3人で始めることになったのかは、記憶が定かではないのですが、もともと妹とヒラクさんが同じ会社に勤めていたことがきっかけでした。あるとき、2人の会社の会報誌の取材でヒラクさんがウチに来たことがあったのですが、伝統的な発酵食に携わっている僕にとって、文化人類学を学んできたヒラクさんの話はとても面白く、すぐに親しくなったんです」
その後、小倉さんも会社から独立。「五味醤油」のウェブサイトや商品のパッケージデザインを手伝うようになったそうです。
「あるとき、僕がずっと続けていたみそ作り教室の流れで、子どもたちにもっとみそに興味をもらえたらと、2人に相談し、軽い気持ちと勢いで始めたのが歌作りでした。でも、せっかく作るんだから中途半端なものにはしたくないと思い、プロフェッショナルのチームで制作。そうして完成したのが『てまえみそのうた』です」
『てまえみそのうた』は、2014年のグッドデザイン賞を受賞。絵本も出版されるなど、大きな反響がありました。YouTubeの再生回数はなんと21万回!(2022年9月現在)。
現在は、甲府市や企業などと共に発酵にまつわるイベントの企画に携わるなど、活動が多岐に渡る「発酵兄妹」ですが、YBS山梨放送で毎週土曜日に放送されているラジオ番組「発酵兄妹のCOZY TAKE(コージートーク)」もそのひとつです。
「『発酵兄妹』として決めていることは、3人全員ともが“それいいじゃん!”と思ったことだけをするということ。そうやってスタートしたラジオも、もう7年も続いていますね。番組の内容は、基本は発酵をベースにしながらも、その時々のゲストとともに世界を広げていきます。週1回の放送ですが、ネタはまったく尽きないですよ。ラジオも、イベントも、場所作りもそうですが、発酵をツールにした人が集まることで、どんどん面白くなっていく感じがするんです。そもそも発酵自体が、保存性や栄養価を高めたり、美味さをアップさせたり、大学時代の恩師である小泉武夫先生は“+臭くなる”も追加していましたが、錬金術のようにいいことしかないんです。同じように、面白い人が集まると、もっとずっと面白くなので、まるで発酵のようだなって思うんです」
「小さい頃の記憶は、父の匂い。夜に蔵から戻った父から香る、麹の甘い香りです」
そう話す、みそが当たり前のように生活の中心にあった仁さん。どのような思いで、発酵文化を伝える活動を続けているのでしょうか。
「先ほども言ったように、『甲州みそ』はそれほどポジティブではない背景から生まれたもので、志高く残ってきたものでもありません。なんとなく皆んなが食べていて、山梨ではみそを作る家庭も多かったことから、ウチでも麹を作ったりして。時代の流れのなかで、歴史的な背景、土地や発酵の条件、食文化などの文化人類的な要素のすべてが絡み合って、残ってきたもの。食文化って歴史的な視点で見るととても面白いんですよね。例えばものすごく変な食べ物でも100年ぐらい続くと文化になっちゃうんですよ。もし僕がなにかを発明して、ひ孫ぐらいの時代になったら、あのじじいが考えたものがまだ残っているな!って、きっとなるんです。そう考えると食文化はとても壮大。僕はそこに魅力を感じていて、一番興味のあるところなんです。
発酵食もそうですが、ウチのみそ作りも手間暇がかかり時代に合わない部分もあるかもしれません。でも、時代が一周回りして『木桶』が見直されているのも事実。ですから、今後も続けていくとしたら、多少の強い意思のもとで、伝統を継承し、歴史をつなげていきたいと思っています」