発酵を訪ねる
古くて新しい日本の酒。
どぶろくを楽しむ「平和どぶろく兜町醸造所」
2022/10/17
発酵を訪ねる
2022/10/17
皆さんは「どぶろく」というお酒に、どのようなイメージを抱いていますか?もし、「飲みにくそうな昔のお酒」という印象であれば、ぜひ最先端のどぶろくを体験し、認識を新たにすることをおすすめします。
近頃、若き経営者やクリエイターたちを中心にエッジの効いた飲食店が集まり、食通たちが熱い視線を向ける街、東京・日本橋兜町。そこで2022年6月にオープンした「平和どぶろく兜町醸造所」は、どぶろくの固定観念を鮮やかに覆してくれる、おしゃれなどぶろくブリュワリーパブです。
今回は、店を運営する平和酒造の代表取締役社長・山本典正(やまもとのりまさ)さんに、新時代のどぶろくについてお話を伺いました。
「平和どぶろく兜町醸造所」は、コの字型のカウンターがメインのバー形式で、お酒に合うおつまみといっしょに、店内で醸造したてのフレッシュなどぶろくを味わうことができます。自社製の日本酒やクラフトビールのほか、梅酒などのラインナップも豊富で、幅広い層のグルメたちをうならせています。
母体である平和酒造は、1928年に和歌山県で創業の日本酒蔵。その4代目である山本典正さんは、日本酒の「紀土」(キッド)、クラフトビールの「平和クラフト」、リキュールの「鶴梅」といった自社ブランドの立ち上げだけでなく、新世代の日本酒イベント「若手の夜明け」や、全国の酒造が出店する日本酒マーケット「AOYAMA SAKE FLEA」の運営も担うなど、日本酒業界に新風を巻き起こしてきた一人です。
モダンなインテリアと木のぬくもりが感じられる店内では、お店のBGMにもちょっとした秘密があるそう。
「店内に流れる音楽は、オリジナルのものです。お酒を造るときに出る音などを集めました。例えば、『もろみ』が発酵すると泡がプチプチはじける音がするのですが、それらをレコーディングしたんです」
発酵サウンドがBGMとは、実に魅力的なアイディア。醸造への強いこだわりを感じます。
兜町で醸造されている3種のどぶろくは、それぞれ小豆、黒豆、ホップ入り。どれもふくよかな甘味と爽やかな酸味が感じられ、意外なほど飲みやすいのが特徴です。
お米そのものの味わいをしっかり感じられる満足感があり、豆類の風味が絶妙にマッチしています。何より驚くのは、ビールに入れるホップとお米のお酒がこんなに相性がいいということ。
「どぶろくは日本酒に親しむための入り口になりやすいお酒だと思うんです。日本酒とどぶろくは、共に米と麹が原料で、基本的な違いは搾るか、搾らないか。ただ、どぶろくのほうが格式張っていないというか、よりカジュアルに楽しめる感覚があるんです。そういうお酒を、飲食の新しいトレンドが感じられるこの兜町という街で、ぜひ多くの方に味わってほしいですね」
さらに山本さんは、興味深いどぶろくの歴史についても教えてくれました。
「最も古く、最も新しい日本のお酒、それがどぶろくだと思うんです。日本酒の歴史をたどると、どぶろくと清酒(一般的な日本酒)は、いわば生き別れになった兄弟のようなものといえます。その理由は、日本に稲作が伝来すると、間もなく米の酒が造られるようになるのですが、最初は濁酒(だくしゅ)だった。つまり、濁ったどぶろくに近いお酒だったからです」
室町時代になると、どぶろく(もろみ)を搾った澄んだお酒、すなわち清酒が普及し始めます。搾って火入れ(低温殺菌)した清酒のほうが、どぶろくよりも長期保存が可能で、流通に好都合であることも、清酒普及の理由のひとつと考えられています。
これが江戸時代に大発展した灘(兵庫県)などの銘醸地に受け継がれ、今に至るまで、日本酒といえば清酒を指すようになりました。
一方の濁酒、つまりどぶろくはどんな運命をたどったのでしょうか。
「清酒が普及すると、どぶろくは農家や家庭で自家醸造、自家消費するお酒になりました。しかし、明治時代になると、酒造税法(現在の酒税法)が導入された関係で、どぶろくの自家醸造が法律で全面的に禁止されてしまったんです」
自家醸造はもちろん、一般的な日本酒蔵でも酒税法の制約からどぶろくは造れません(粗く搾ったにごり酒であれば可能)。とはいえ近年は、「どぶろく特区」の制度がスタートするなど、徐々にどぶろく復活の機運が高まり、さらにここ数年は、どぶろくを醸造できる「その他の醸造酒」製造免許を取得した酒造メーカーの起業がニュースになるなど、新しいどぶろくのムーブメントが起こっています。「平和どぶろく兜町醸造所」も、そんな状況下でオープンしました。
「米と麹から生まれたどぶろくと清酒。両者は、まったく違う運命をたどり、長い歴史を経て、現代の新しい醸造文化の中で再び出合うことになったといえるでしょう」
では、平和兜町どぶろく醸造所では、どのようにどぶろくが造られているのでしょうか。
「米は和歌山県産の食用米『にこまる』をメインに、酒造りに好適米の『山田錦』や『五百万石』も使用しています。水については、和歌山の清酒蔵で使う仕込み水を、そのまま東京まで運んで使用。和歌山の水質はすばらしいですし、和歌山の酒蔵であることのアイデンティティにはこだわりたいですね」
店内のカウンター裏手にある醸造室は、わずか6畳ほどのスペースですが、ここでお米を蒸し、麹を製造し、仕込み水とともに発酵させるという、どぶろくづくりの全工程を行っているそうです。
「蒸米(じょうまい)と製麹(せいぎく)を、スチームコンベクションオーブンで行っています。これは、うちでしかやっていない手法かもしれませんね。発酵と貯蔵には、カレー鍋大の7L容器を使います。
このように、ごく少ない容量で仕込むことで、さまざまな醸造の実験が可能になりますし、小さなブリュワリーパブで手作りしているというクラフトマンシップも、お客様に感じてもらえると思うんです」
業務用調理器具を駆使して、ごく小容量で造られる貴重などぶろく。これを出来上がってすぐに、その場で飲めるというのは大きな魅力です。
醸造を担当する宿南俊貴(しゅくなみとしき)さんは、どぶろくづくりの魅力のひとつに、副原料の多彩さがあるといいます。清酒には添加できない、ホップ、フルーツ、豆類、穀類、ハーブといった材料を加えられるのが、どぶろくの楽しさだそう。
「小豆、黒豆、白麹、ホップが定番ですが、黒糖、そしてミントやレモングラスなどのハーブを入れたどぶろくも造りました。個人的に気に入っているのは、イタリア料理に使うスイートバジルを入れたどぶろくですね。見た目も緑がかったきれいな色になって、味わいも爽やかでおいしいんです」(宿南さん)
代表の山本さんは、和歌山と東京、さらには海外へと飛び回る超多忙の日々を送られています。そして、現在力を入れているのが、ベトナムのクラフトビールメーカーが新たに手掛ける日本酒醸造の支援です。
「世界の食文化がボーダレス化していることに加えて、特にアジアはローカルな食においても米や魚、さらに味噌や醤油といった発酵食品にも親しんでいるという共通性があることから、日本酒を受け入れてもらえる状況がそろっているんです」
古代日本から続く酒の文化を未来につなぎ、さらには海の向こうの国々へも伝えて行く――日本酒やどぶろくのファンならずとも、平和酒造の取り組みからは目が離せません。
1978年生まれ、和歌山県にある平和酒造4代目。京都大学経済学部卒業後、東京のITベンチャー企業勤務を経て、家業である酒蔵のブランド開発に携わる。日本酒の「紀土」(キッド)、クラフトビールの「平和クラフト」、リキュールの「鶴梅」を世に送り出し、2019年に代表取締役社長に就任。2022年6月、東京・日本橋兜町に「平和どぶろく兜町醸造所」をオープンした。