Facebook Twitter -
発酵を訪ねる
発酵の力をもっと身近に。
“命の巡り”に出合える場所、
「こうじ家たらぎ」
2022/11/02
発酵を訪ねる
2022/11/02
地元の人々や近隣の大学に通う学生で賑わう、東京都調布市の仙川駅前商店街。ほんのすこし離れた場所に、木の優しいぬくもりを感じさせる佇まいの店があります。生甘酒と麹料理の専門店「こうじ家たらぎ」は、100年以上も続く老舗の種麹店「石黒種麹店」の麹をふんだんに使った料理やスイーツなど、さまざまな発酵メニューを提供する麹ダイニング。男女問わず、若い人から年配の方までがこぞって通う人気の秘密とは?
駅前から伸びる白百合学園通り沿いに、3周年を迎えた「こうじ家たらぎ」はあります。
新鮮な野菜をふんだんに使った発酵定食や、テイクアウトできる発酵弁当、フルーツを合わせたスイーツ感覚の生甘酒ドリンクなどメニューも幅広く、老若男女が訪れます。まるで街の台所のような「たらぎ」の店主は、シンガーソングライター、ヨガインストラクター、発酵健康アドバイザーと、さまざまな分野で活躍している青井篤子(あおいあつこ)さん。
どのようなきっかけで発酵食の専門店を手がけることになったのでしょうか。
「『たらぎ』という店名の由来でもあるのですが、ヨガのイベントで熊本県南部の多良木を訪れたのが最初のきっかけでした。なかでも槻木(つきぎ)集落では、水道も使わず、目の前の川で採った魚や山菜、山で狩った鹿肉を食べる昔ながらの暮らしが続いていて、ここを訪れたときに、生活のなかにある“命の巡り”を目の当たりにしたんです。あまりにも素晴らしくて、感銘をうけて、当時4歳だった息子といっしょに、『たらぎの森』という曲も作ったほど。2回目の訪問で、改めて、私たちはだれかの命をいただいて生きているということを、広く伝えていきたいと強く思いました。それまでは音楽という形で作品づくりをしてきたのですが、東京にいても感じることのできる “場所”として、お店を作ろうと決心したんです」
そう、話す青井さんですが、飲食業はまったくの未経験。アルバイトですら、携わったことはなかったのだそうです。
「今、考えればすごい勢いでしたよね(笑)!なんでこんな大変なことに果敢に挑んだろうって思います。でも、わたしのやりたいことを実現するには、実際に食べていただけるお店を作るしかない、と思ったんですよね。
発酵をテーマにしたのは、微生物の力を身を持って実感していたこともありました。私自身、生まれつき腸が弱く、体も弱かったのですが、ヨガをするなかで栄養学を学び、発酵食健康アドバイザーの資格も取得。麹を取り寄せて、いろいろ試行錯誤するうちに、最も腸内環境がよくなったという実感できたのが甘酒でした。飲んだ翌朝の効果がすごかった!」
音楽、ヨガ、食。それまでの青井さんの活動や思いが紡がれ、ひとつの形になって生まれた「こうじ家たらぎ」。手触り感のあるお店にしたいと、内装は自分達の手作り。木をふんだんに使った心地よい空間のお店が完成するも、オープン後に世の中はコロナ禍へ。
「大変でしたね。そんなある日、お客様が帰り際に、ここに来るまでは心が弱っていたけれど、美味しいエネルギーをいただいて元気をもらったと、感動を伝えてくださったんですよね。とても嬉しかったのですが、さらにその後、改めて電話もくださったんです。命のパワーをもらって、もっと長生きしようと思いました、と。私がこのお店を作りたいと思ったきっかけの、命の巡り、命の循環を、ちゃんとできていた!と、自信をもらった出来事でした」
「多い方だと、週6回来られるんですよ!」
というように、「たらぎ」のメニューは、毎日食べたくなるものばかり。味はもちろんのこと、健康を実感される方も多く、その決め手となっているのがこだわりの麹。
「発酵食には欠かせない麹は、全国でも10軒しかない種麹屋のひとつ、富山県にある石黒種麹店の麹を分けていただいて、甘酒・醤油麹・塩麹をすべて店内で手作りしています。もっとも麹の味わいと効果を感じていただけるのは、やっぱり『生甘酒ドリンク』ですね。麹と富山県産もち米で作っています」
「野菜の大半は、富山の実家の母が育てたものです。スタッフとみんなで話して、こんな野菜を使いたいから育ててほしいと、リクエストすることもありますし、逆に、こんなのが届いた!どうやって調理しようかと、キッチンは毎日盛り上がっています」
「たらぎ」のメニューを存分に味わうなら、ランチタイムの魚御膳やディナータイムのお食事セットがおすすめ。メインのほかに、野菜を楽しめる麹料理の小鉢がいくつも並び、具だくさんのお味噌汁と甘酒も付いてきます。小鉢は届いた野菜によって変わるのも、通いたくなる理由のひとつかもしれません。取材当日のランチの小鉢は、出汁と醤油麹で煮込んだ里芋、紫大根を梅とじゃこと塩昆布で和えたもの、にんじんの葉と手作りツナの和えもの、極王かぼちゃのラタトゥイユの4品でした。どれもが主役級の、手の込んだものばかり。
「野菜を店内に置いたり、醤油麹の瓶をカウンターに並べたりしているのは、食べるものを知って食べてほしいという思いがあります。麹も野菜も、生産者の顔の見えるところの食材ですから背景も伝えていきたいと思うんです」
発酵食の力を若い人たちにも知ってほしい、もっと手軽に取り入れてほしいと、青井さんはつぎつぎと新しい商品も開発していきました。看板メニューの「生甘酒」は、ストレート以外にも旬のフルーツをミックスして飲みやすさをアップするなど、若い人にも身近なものに。
「うちの生甘酒は、一度飲んだらリピートされる方が多いんです。体の変化を実感できるからなんだと思います。さらに気軽に手に取ってもらいたいと、プリンやシャーベットも作りました。どちらも甘酒の味わいと麹の効果を、もっと美味しく楽しんでいただけたらと。プリンは、プリンを食べている満足感を感じられるように硬さにもこだわり、試行錯誤。カラメルがわりの醤油ソースをかけることで、プリン感をさらにプラス!卵や乳製品を使っていないので、アレルギーをお持ちのお子さんでも食べていただけます」
飲食未経験からスタートした青井さん。今では毎日のように食事を食べにくる方や、プリンを1日ひとつ健康のためにと買い求めてくれる方と、たった3年で、さらにその間にはコロナ禍で閉店期間もあったのにも関わらず、根強いファンがたくさん。
「みなさんそれぞれが、自分と発酵食との付き合い方を身につけられているようなんですよね! それも、きっと体にいいことを実感できるから、続けられるんだと思います。ですから私たちも、甘酒にはどんな成分が含まれていて、どんな効果が期待できるのか。研究所に協力いただいて出したデータを開示するなど、お客様にも納得して安心して食べていただけることにも努めています」
3年間駆け抜けてきた青井さんが、次に見つめる先はどんな世界なのでしょうか?
「食べているもののことを知ることが、命の巡りを知ることだと思っています。コロナになる前に、『たらぎナイト』というイベントを開催していたのですが、何をしていたかというと、多良木に住んでいる方を呼んで、猪の狩猟の様子を映像で見たり、お話を聞いたりしながら、猪肉のパテなどをいただくようなイベントなんです。ようやくコロナも落ち着いてきたので、この場所を中心に命の営みを紹介していけたらいいですね。あとはやっぱり甘酒の魅力をもっと広く伝えていきたい。栄養ドリンクを福利厚生で買われていた会社が、甘酒に変えて社員の方々が心身ともに健康になったという話もありますから。コーヒーやフルーツジュースと同じように、甘酒がスタンドで気軽に買えるようになって、日本中が元気になったら嬉しいですね」